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58. 捕り物をする俺2
男の剣は妙な軌道を描き、ミカエルの横へと逸れた。
『…ッがァ…!!』
呻き声を上げたのは男の方で、剣もダガーと同じように扉へと突き刺さった。
剣を離した男は両手で両目を抑えており、悶絶し上半身を暴れさせた後、糸の切れた人形のように不自然に横倒しに倒れ込んだ。
「……、…?」
膝が震え、ミカエルは扉に背を預ける形で凭れ掛かった。
力が抜けて座り込みそうになるのを堪え、男の様子を確認すべきか迷っていると、横から声をかけられ飛び上がった。
「ミカエル、生きてるか」
「ひ…っ、…っひぇ、び、びっくりした、」
「良かった。怪我は」
「な、ない、」
「そうか」
安堵した様子のアルヴィスも、無傷のようだった。
腰が抜けそうだったが、扉を支えにしながら辛うじて立ち続け、ミカエルは深呼吸をした。
「も…もしかしなくても、助けてくれた、んだよね…ありがとう」
「どういたしまして。危なかったな」
「うん…いやホントに…死ぬかと…」
「死なせないが?」
「あ、うん…?うん、…助かったよ…」
とてつもなく冷静なアルヴィスを見ていると、動揺している自分が馬鹿みたいに思えてくる。
未だに指先が震えており、持っていた剣を落としそうになるのを両手で抱えた。
いやホント、しっかりしよ?俺。
殺されかけたけど、アルが助けてくれたんだし。
「…もう、大丈夫だ。後一人は沈めたんだろう?」
震えるミカエルの手を包み込むように、アルヴィスの両手が添えられた。
安心させるような温かなそれに、少しずつ鼓動も落ち着いてくる。
「うん。キッチンで一人…そこでこいつに見つかっちゃって」
「そうか」
アルヴィスの瞳が、紅く輝いていた。
カーテンの隙間から漏れ入る月明かり程度では、こんな風に反射しないのでは、と思う。
おかしいな、とは思うが、なぜだか怖くはないし、嫌でもなかった。
まぁいいかで済ませてはいけないものだと思うのだが、今は、そんなことを考えている余裕はなかった。
「二階は?」
「縛り上げて転がしてある。こっちも縛っておかないと」
「仕事完璧すぎない?」
「さっさと終わらせれば、寝られるだろう」
「ね、…眠れるかなぁこれ…」
首を傾げ、目を瞬かせたアルヴィスの瞳は、元に戻っていた。
不思議。
持ち込んだロープでアルヴィスが手早く男を後ろ手に縛り、足を縛り、猿轡のかわりにロープを噛ませて口も縛り、持ち物を漁っていた。
「…やけに縛り慣れてない?」
「緊縛の趣味はないが?」
「いや待って緊縛はこう…縛り方違うよね?」
「詳しいな」
「いや全然?詳しくないですよ!」
「ふーん?」
「いやいや待って。変な誤解はしないように!」
「誤解とは?」
「…次行こう、次」
「……」
何かを言いたそうな視線を遮り、ミカエルは調理場へと歩き出す。
男の両目に刺さった、針。
恐ろしい腕前だった。
ドラマの世界の、必殺な仕事人かと思った。
彼のチートぶりがすごすぎて、自分が矮小に見えすぎて困る。
首を絞めて意識を落とした男も手早く縛り上げ、持ち物を漁った後に、アルヴィスは立ち上がった。
「こいつらはこのまま放置でいいだろう。最初に来た誰かが騎士どもを呼ぶ」
「…逃がしたりしないかな…」
「寝室のベッドの脚に一人、ボス格のヤツを縛り付けてるから大丈夫だろう」
「…さすがすぎる」
寝室の隠し通路は、閉じなければならない。
隠し通路から敵が来ていることは、宰相には報告していた。
それはつまり、国家機密が漏洩している、という重大事案であって、調査は慎重に進めなければならないということだった。
夜が明けて駆けつけてくるだろう騎士団員に、軽率に知られるわけにはいかない。
階段を上がりながら話していると、前を歩いていたアルヴィスが、不意に振り返った。
「…体調不良はないな?」
「うん、大丈夫だよ…?」
「ならいい。さっきの男、おまえを追いかけながらデバフを撒いていた」
「えっ」
気づかなかった。
身体を見下ろすが、これといった異常は感じなかった。
「…ちなみに、どんな…?」
「毒と麻痺」
「うえぇ」
逃げることに必死で、全く気づかなかった。
ありがとう、魔力と引き替えの加護!
「無事で良かった」
「…うん、ありがとう…」
いや、ホントに。
書庫に一人、寝室に一人、縛られて転がされ、意識を失っていた。
手際の良さに感心すると同時に、自分の情けなさが際立つというものだ。
もっと頑張らないと。
ため息をつきながら隠し通路を閉ざした所で、アルヴィスがミカエルの剣と自分の剣をまとめてサイドボードに置き、そのままベッドに潜り込んだ。
「…え、アル…?」
「眠い。寝ろ」
「えっホントに寝るの!?」
足下には暗殺者が転がっているのに!?
愕然とするが、アルヴィスに服の裾を引っ張られ、引き込まれて隣に転がった。
「眠れる気がしないけど…」
「…俺は眠い。香のせいかも。…んなわけないが」
「あ」
完全に失念していた。
そしてアルヴィスの語尾は、聞き逃した。
ミカエルには効果がない香も、アルヴィスにはそうではない、と思ってしまった。
香炉は結局、隠し通路の通風口付近に置かれており、消しはしたがすぐに効果が消えるものではなかった。
ぎゅっと抱きつかれてしまっては、引き離すのも気が引けた。
時刻は、一時を回った所だった。
少しは眠れ…たらいいな。
同じようにアルヴィスの身体に手を回し、ミカエルは目を閉じた。
「おやすみ、アル」
「ああ、おやすみ、ミカエル」
おかしい。
本当に、おかしい。
こんな状況で、なぜ眠れてしまうのか。
朝六時。
料理長と料理人がいち早く出勤したのだろう、一階から悲鳴が聞こえて、目が覚めた。
バタバタと走る音がして、おそらく玄関の扉が激しく開けられ、しばらく間が空く。
七時までにはたくさんの足音が聞こえ、侍女達の悲鳴が聞こえ、騒がしくなった。
二階の様子を見に来たのは侍女ミルラで、書庫の前を通り過ぎたのだろう、彼女の悲鳴が木霊した。
またバタバタと階段を上がってくる音が聞こえる中、ミルラは居室の扉を無造作に開け、寝室をノックすることなく扉を開けて飛び込んできた。
「で、殿下!!曲者が…ッギャアァアアアアア!!ここにもぉおお!!」
アルヴィスと共に、ベッドから身体を起こしてミルラを迎え、駆け込んで来る騎士達を迎えたのだった。
『…ッがァ…!!』
呻き声を上げたのは男の方で、剣もダガーと同じように扉へと突き刺さった。
剣を離した男は両手で両目を抑えており、悶絶し上半身を暴れさせた後、糸の切れた人形のように不自然に横倒しに倒れ込んだ。
「……、…?」
膝が震え、ミカエルは扉に背を預ける形で凭れ掛かった。
力が抜けて座り込みそうになるのを堪え、男の様子を確認すべきか迷っていると、横から声をかけられ飛び上がった。
「ミカエル、生きてるか」
「ひ…っ、…っひぇ、び、びっくりした、」
「良かった。怪我は」
「な、ない、」
「そうか」
安堵した様子のアルヴィスも、無傷のようだった。
腰が抜けそうだったが、扉を支えにしながら辛うじて立ち続け、ミカエルは深呼吸をした。
「も…もしかしなくても、助けてくれた、んだよね…ありがとう」
「どういたしまして。危なかったな」
「うん…いやホントに…死ぬかと…」
「死なせないが?」
「あ、うん…?うん、…助かったよ…」
とてつもなく冷静なアルヴィスを見ていると、動揺している自分が馬鹿みたいに思えてくる。
未だに指先が震えており、持っていた剣を落としそうになるのを両手で抱えた。
いやホント、しっかりしよ?俺。
殺されかけたけど、アルが助けてくれたんだし。
「…もう、大丈夫だ。後一人は沈めたんだろう?」
震えるミカエルの手を包み込むように、アルヴィスの両手が添えられた。
安心させるような温かなそれに、少しずつ鼓動も落ち着いてくる。
「うん。キッチンで一人…そこでこいつに見つかっちゃって」
「そうか」
アルヴィスの瞳が、紅く輝いていた。
カーテンの隙間から漏れ入る月明かり程度では、こんな風に反射しないのでは、と思う。
おかしいな、とは思うが、なぜだか怖くはないし、嫌でもなかった。
まぁいいかで済ませてはいけないものだと思うのだが、今は、そんなことを考えている余裕はなかった。
「二階は?」
「縛り上げて転がしてある。こっちも縛っておかないと」
「仕事完璧すぎない?」
「さっさと終わらせれば、寝られるだろう」
「ね、…眠れるかなぁこれ…」
首を傾げ、目を瞬かせたアルヴィスの瞳は、元に戻っていた。
不思議。
持ち込んだロープでアルヴィスが手早く男を後ろ手に縛り、足を縛り、猿轡のかわりにロープを噛ませて口も縛り、持ち物を漁っていた。
「…やけに縛り慣れてない?」
「緊縛の趣味はないが?」
「いや待って緊縛はこう…縛り方違うよね?」
「詳しいな」
「いや全然?詳しくないですよ!」
「ふーん?」
「いやいや待って。変な誤解はしないように!」
「誤解とは?」
「…次行こう、次」
「……」
何かを言いたそうな視線を遮り、ミカエルは調理場へと歩き出す。
男の両目に刺さった、針。
恐ろしい腕前だった。
ドラマの世界の、必殺な仕事人かと思った。
彼のチートぶりがすごすぎて、自分が矮小に見えすぎて困る。
首を絞めて意識を落とした男も手早く縛り上げ、持ち物を漁った後に、アルヴィスは立ち上がった。
「こいつらはこのまま放置でいいだろう。最初に来た誰かが騎士どもを呼ぶ」
「…逃がしたりしないかな…」
「寝室のベッドの脚に一人、ボス格のヤツを縛り付けてるから大丈夫だろう」
「…さすがすぎる」
寝室の隠し通路は、閉じなければならない。
隠し通路から敵が来ていることは、宰相には報告していた。
それはつまり、国家機密が漏洩している、という重大事案であって、調査は慎重に進めなければならないということだった。
夜が明けて駆けつけてくるだろう騎士団員に、軽率に知られるわけにはいかない。
階段を上がりながら話していると、前を歩いていたアルヴィスが、不意に振り返った。
「…体調不良はないな?」
「うん、大丈夫だよ…?」
「ならいい。さっきの男、おまえを追いかけながらデバフを撒いていた」
「えっ」
気づかなかった。
身体を見下ろすが、これといった異常は感じなかった。
「…ちなみに、どんな…?」
「毒と麻痺」
「うえぇ」
逃げることに必死で、全く気づかなかった。
ありがとう、魔力と引き替えの加護!
「無事で良かった」
「…うん、ありがとう…」
いや、ホントに。
書庫に一人、寝室に一人、縛られて転がされ、意識を失っていた。
手際の良さに感心すると同時に、自分の情けなさが際立つというものだ。
もっと頑張らないと。
ため息をつきながら隠し通路を閉ざした所で、アルヴィスがミカエルの剣と自分の剣をまとめてサイドボードに置き、そのままベッドに潜り込んだ。
「…え、アル…?」
「眠い。寝ろ」
「えっホントに寝るの!?」
足下には暗殺者が転がっているのに!?
愕然とするが、アルヴィスに服の裾を引っ張られ、引き込まれて隣に転がった。
「眠れる気がしないけど…」
「…俺は眠い。香のせいかも。…んなわけないが」
「あ」
完全に失念していた。
そしてアルヴィスの語尾は、聞き逃した。
ミカエルには効果がない香も、アルヴィスにはそうではない、と思ってしまった。
香炉は結局、隠し通路の通風口付近に置かれており、消しはしたがすぐに効果が消えるものではなかった。
ぎゅっと抱きつかれてしまっては、引き離すのも気が引けた。
時刻は、一時を回った所だった。
少しは眠れ…たらいいな。
同じようにアルヴィスの身体に手を回し、ミカエルは目を閉じた。
「おやすみ、アル」
「ああ、おやすみ、ミカエル」
おかしい。
本当に、おかしい。
こんな状況で、なぜ眠れてしまうのか。
朝六時。
料理長と料理人がいち早く出勤したのだろう、一階から悲鳴が聞こえて、目が覚めた。
バタバタと走る音がして、おそらく玄関の扉が激しく開けられ、しばらく間が空く。
七時までにはたくさんの足音が聞こえ、侍女達の悲鳴が聞こえ、騒がしくなった。
二階の様子を見に来たのは侍女ミルラで、書庫の前を通り過ぎたのだろう、彼女の悲鳴が木霊した。
またバタバタと階段を上がってくる音が聞こえる中、ミルラは居室の扉を無造作に開け、寝室をノックすることなく扉を開けて飛び込んできた。
「で、殿下!!曲者が…ッギャアァアアアアア!!ここにもぉおお!!」
アルヴィスと共に、ベッドから身体を起こしてミルラを迎え、駆け込んで来る騎士達を迎えたのだった。
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