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81. 空を飛ぶ俺
ドラゴンの背に乗せられて、ミカエルは生まれて初めて北方大陸へと足を踏み入れた。
正確な高度はわからないものの、感覚としては、飛行機の窓から外の景色を眺める感じによく似ていた。
こ、高度一万メートル…?
いやでもまさか、そこまでは?
その割には、呼吸は出来るし寒くもなければ、風で飛ばされることもなかった。
何層にもなった雲を下に見て、水平に見て、さらに上にも雲がある。
雲の切れ間、さらに眼下には陸と海が流れ行く。
都市があり、村があり、川があり、山があり、緑があって、荒野があって、雪山があった。
乗り心地もまた飛行機のように安定しており、機械音がない分、静かだった。
…おかしい。
風の音も聞こえないし、寒さも何も感じなかった。
ただただ快適である。
おそらく防御系の魔術…魔法?の一種だろうと予想できたが、遮音だけでなく、断熱や断風などの複合術式と考えれば、超高度なレベルが要求されるはずである。
ドラゴン、恐るべし。
それだけは、よくわかった。
ミカエルと騎士レイヴンが崖下に落ち、ドラゴンが眼前へ降り立った時には死を覚悟したが、そうはならなかった。
ゆらりと形がぶれて靄のような儚さを見せた後には、ドラゴンの姿は消え、そこには人が立っていた。
黒と見紛う深紅の髪、金色の瞳の、とんでもなく美形の男だった。
二メートル近くはありそうな身長に、細身に見えるが体格はしっかりとしていた。
騎士、と言えば納得するような、隙のない立ち姿である。
だが騎士と言い切れないのはその服装で、軍服のようではあるが、黒と赤、金の縁取りと襟には繊細な刺繍が施され、襟章にエポレット、飾緒もサッシュも勲章も階級章も、ド派手で豪奢にゴテゴテしており、どう見ても一介の騎士ではありえなかった。
マントは黒、裏地は深紅で、どこの戦勝祝賀会に参加されるのかと、聞きたくなるような完全武装である。
正装と思われるが、どこの国かはわからなかった。
過去生きた世界の歴史に見る、大元帥とか、そんな階級では????
え、そんな階級採用してる国、この世界にあったかな?
二十前後に見える若い男は、喜色満面に溢れており、弾むような足取りでこちらへと向かって歩いてきたが、視線が合うと硬直し、やがて震え出し、泣きそうに顔を歪めながら駆け寄って来た。
「あぁ!俺のミカエルがっ!泣いてる!!」
「……?」
何を言われているのか、わからなかった。
ただ自分よりも大きな体格の男が走り寄って来て、汚れるのも構わず膝を付き、両手で頬を挟まれ、至近に寄られてただ、驚いた。
覗き込んで来る金の瞳は、爬虫類の瞳孔のように、黒く縦に割れているのが印象的だった。
「どうして泣いてるの?どこか怪我をした?痛い?大丈夫?」
「……?」
声は低く艶があり、腰に来るような低音であるにも関わらず、発する言葉と表情が、声と合っていなかった。
何を言っているのだろう。
そんな風にぼんやりと見ている間に、男はミカエルに回復と浄化魔術を使い、指先でそっと優しく涙を拭った。
覗き込んでくる瞳は、心配そうに揺れている。
「…あの?」
「ああっ可愛い!ミカエルの声帯が、俺の為に使われている…!!」
「…?????」
この人は、何を言っているのだろう。
「もう大丈夫!迎えに来たよ。一緒に行こう、ミカエル」
「……あなたは先程の、ドラゴンですか?」
「うんそう。あっごめんね、驚かせちゃったかな?」
「あ、はい。…あの」
ずっとミカエルが騎士レイヴンの手を握りしめていることに気づくや否や、男は不快そうに騎士レイヴンを睨みつけた。
「…ソレは、一緒にいた騎士かな?」
「そうです。…あの、彼を回復して頂けませんか?」
「…うーん…」
「お願いします」
頭を下げると、男は頭を撫でて来た。
「ミカエルのお願いは何でも聞いてあげる主義だけど、その必要はないかな」
「…なぜですか…?」
「ソレの仲間が、そこまで来てるから」
「え」
騎士イアンとミルラが、来ているのか。
ならば王都まで、彼を連れて帰ってくれることだろう。
「俺は、ミカエルを迎えに来ただけだから」
「…どこに、ですか?」
「オシウィアド帝国」
「…北方大陸の、新興国、でしょうか?」
「えっ知ってくれてる…嬉しい…俺頑張ってきたかいあった…!」
自身の頬に両手を当てて目を輝かせる男は、見かけ年齢よりも随分と幼い印象を受ける。
「どうして、私を?」
その新興国には、全く関わりはなかった。
…いや、あった。
五年前、カノラド連邦で誘拐された時、主犯とされたオースティン・ガーランドの滞在先が、確か、その国だった。
五年前には「帝国」ではなく、「王国」だったが。
血の気が引く音が、聞こえた気がした。
五年も経って、また誘拐しようとするのが、その国なのか。
どんだけ。
俺、どんだけ神様に嫌われてるの。
騎士レイヴンの手を握ったまま、身体が震えた。
恐らく恐怖が、男にも伝わった。
男は素早くミカエルの手を取り、騎士レイヴンから引き離すように立ち上がらせた。
逆らえず立ち上がったミカエルを、男は抱き上げる。
小さな子どもにするように、両脇の下に手を入れて高く持ち上げ、男はにこりと笑みを浮かべた。
「絶対に、君を傷つけたりしない。俺は、ミカエルを守る為にここに来たんだ。それは信じて欲しい。この国に置いておいたら、君が正妃の代わりにされちゃうなんて、許し難いじゃないか。ちゃんと徹底的に殺さないと」
「…え…?」
今なんて?
ツッコミどころしかないことを、言われた。
騎士レイヴンが死にかけているのは、ドラゴンのこの人に煽られて崖から落ちたからなんだが、ということだとか。
守るという割には、王宮を破壊したり執拗に追いかけてきたりと、恐怖しか与えられていないことだとか。
…それに、何よりも。
愕然と男を見つめると、男は照れたように頬を染め、くるくるとミカエルを抱えたままその場で回った。
「ああっ、ミカエルの視線を独り占めなんて、幸せ過ぎる…っくっでも今は早く国に連れて行きたいんだ。後のことは任せて。ソレも、死なないから大丈夫だよ!」
ほんの一瞬、男が視線を動かした先にいる騎士レイヴンを見て、ミカエルは唾を飲み込んだ。
「…ほ、本当ですか」
「ミカエルに嘘はつかない。絶対に。俺の国に行こう。そこが一番安全だよ。保証する!」
「……彼が、死なないなら、行きます」
他に手はない。
騎士レイヴンが、生きていられるのなら。
それに、ドラゴンから逃げることなど、出来るはずもなかった。
…この国に残っても、碌なことにならなさそうでもあることだし。
ドラゴンのせいにして、逃げたい。
おそらくこの後の展開は、自分にとってそう悪いことにはならないだろう、と予想した。
ミカエルが頷くと、男はそれはもういい笑顔で、ミカエルを抱きしめた。
「五年!五年待ったかいがあった!!俺もう幸せ過ぎて死にそう…!!」
「…??????」
男のテンションが高すぎて、ミカエルには理解出来なかった。
なんで???という疑問がずっと脳裏を巡っているが、その質問は落ち着いてから、すべきだろうとわかっていた。
「さ、行こう!俺のことはジルって呼んで、ミカエル」
「…じ…ジル殿?」
「呼び捨てで呼んで。俺とミカエルの仲だから!」
「じ…ジル?」
どんな仲でしょうか?
「くぅ…っまだあと五年…五年…」
「……」
思っていたドラゴンのイメージとは随分違ったが、再度ドラゴンへと変化した男の背に乗り、ミカエルは騎士レイヴンを見下ろして、声をかけた。
「騎士レイヴン、また会おう。どうか無事で!」
返事はなかった。
ドラゴンは地上を飛び立ち、高度を上げてカノスズ王国から離れていった。
およそ十年程前。
オシウィアド帝国の前身となるオシウィアド王国は、滅亡の危機に瀕していた、と言われる。
国交のない国の情報は入り辛く、最新の情報が届くのはいつだって遅れてからだったが、同じ北方大陸にあるイングジェラ王国とは同盟国である為、経由して情報が入って来てはいた。
獣人族の国によって、滅亡の危機に瀕していたオシウィアド王国は、一人の少年王子の登場によって危機を脱した。
彼は破竹の勢いで獣人族を支配し、周辺の小国を平定して掌握した後、自国に取って返して家族である王族を皆殺しにした。
その後自らが王位に就き、国権の全てを手に入れた。
王となってからも領土を拡大し、獣人族のみならず亜人族も、人族の小国も平らげて、気づけばイングジェラ王国と並ぶ、北方大陸の二大国となっていた。
名をオシウィアド帝国とし、皇帝と名乗るようになったのが三年前。
たった七年で大陸の半分を支配した天才皇帝の次の狙いは、イングジェラ王国だと言われていた。
北方大陸を統一するつもりだろうと。
だが、彼が狙ったのは、中央大陸のカノスズ王国だった。
皇帝の名は、ジルフィウス・カール・オシウィアド。
公表されている年齢は、二十八歳。
「…え、うっそ…」
思わず呟き、ミカエルは身震いした。
ジルって、皇帝…?
正確な高度はわからないものの、感覚としては、飛行機の窓から外の景色を眺める感じによく似ていた。
こ、高度一万メートル…?
いやでもまさか、そこまでは?
その割には、呼吸は出来るし寒くもなければ、風で飛ばされることもなかった。
何層にもなった雲を下に見て、水平に見て、さらに上にも雲がある。
雲の切れ間、さらに眼下には陸と海が流れ行く。
都市があり、村があり、川があり、山があり、緑があって、荒野があって、雪山があった。
乗り心地もまた飛行機のように安定しており、機械音がない分、静かだった。
…おかしい。
風の音も聞こえないし、寒さも何も感じなかった。
ただただ快適である。
おそらく防御系の魔術…魔法?の一種だろうと予想できたが、遮音だけでなく、断熱や断風などの複合術式と考えれば、超高度なレベルが要求されるはずである。
ドラゴン、恐るべし。
それだけは、よくわかった。
ミカエルと騎士レイヴンが崖下に落ち、ドラゴンが眼前へ降り立った時には死を覚悟したが、そうはならなかった。
ゆらりと形がぶれて靄のような儚さを見せた後には、ドラゴンの姿は消え、そこには人が立っていた。
黒と見紛う深紅の髪、金色の瞳の、とんでもなく美形の男だった。
二メートル近くはありそうな身長に、細身に見えるが体格はしっかりとしていた。
騎士、と言えば納得するような、隙のない立ち姿である。
だが騎士と言い切れないのはその服装で、軍服のようではあるが、黒と赤、金の縁取りと襟には繊細な刺繍が施され、襟章にエポレット、飾緒もサッシュも勲章も階級章も、ド派手で豪奢にゴテゴテしており、どう見ても一介の騎士ではありえなかった。
マントは黒、裏地は深紅で、どこの戦勝祝賀会に参加されるのかと、聞きたくなるような完全武装である。
正装と思われるが、どこの国かはわからなかった。
過去生きた世界の歴史に見る、大元帥とか、そんな階級では????
え、そんな階級採用してる国、この世界にあったかな?
二十前後に見える若い男は、喜色満面に溢れており、弾むような足取りでこちらへと向かって歩いてきたが、視線が合うと硬直し、やがて震え出し、泣きそうに顔を歪めながら駆け寄って来た。
「あぁ!俺のミカエルがっ!泣いてる!!」
「……?」
何を言われているのか、わからなかった。
ただ自分よりも大きな体格の男が走り寄って来て、汚れるのも構わず膝を付き、両手で頬を挟まれ、至近に寄られてただ、驚いた。
覗き込んで来る金の瞳は、爬虫類の瞳孔のように、黒く縦に割れているのが印象的だった。
「どうして泣いてるの?どこか怪我をした?痛い?大丈夫?」
「……?」
声は低く艶があり、腰に来るような低音であるにも関わらず、発する言葉と表情が、声と合っていなかった。
何を言っているのだろう。
そんな風にぼんやりと見ている間に、男はミカエルに回復と浄化魔術を使い、指先でそっと優しく涙を拭った。
覗き込んでくる瞳は、心配そうに揺れている。
「…あの?」
「ああっ可愛い!ミカエルの声帯が、俺の為に使われている…!!」
「…?????」
この人は、何を言っているのだろう。
「もう大丈夫!迎えに来たよ。一緒に行こう、ミカエル」
「……あなたは先程の、ドラゴンですか?」
「うんそう。あっごめんね、驚かせちゃったかな?」
「あ、はい。…あの」
ずっとミカエルが騎士レイヴンの手を握りしめていることに気づくや否や、男は不快そうに騎士レイヴンを睨みつけた。
「…ソレは、一緒にいた騎士かな?」
「そうです。…あの、彼を回復して頂けませんか?」
「…うーん…」
「お願いします」
頭を下げると、男は頭を撫でて来た。
「ミカエルのお願いは何でも聞いてあげる主義だけど、その必要はないかな」
「…なぜですか…?」
「ソレの仲間が、そこまで来てるから」
「え」
騎士イアンとミルラが、来ているのか。
ならば王都まで、彼を連れて帰ってくれることだろう。
「俺は、ミカエルを迎えに来ただけだから」
「…どこに、ですか?」
「オシウィアド帝国」
「…北方大陸の、新興国、でしょうか?」
「えっ知ってくれてる…嬉しい…俺頑張ってきたかいあった…!」
自身の頬に両手を当てて目を輝かせる男は、見かけ年齢よりも随分と幼い印象を受ける。
「どうして、私を?」
その新興国には、全く関わりはなかった。
…いや、あった。
五年前、カノラド連邦で誘拐された時、主犯とされたオースティン・ガーランドの滞在先が、確か、その国だった。
五年前には「帝国」ではなく、「王国」だったが。
血の気が引く音が、聞こえた気がした。
五年も経って、また誘拐しようとするのが、その国なのか。
どんだけ。
俺、どんだけ神様に嫌われてるの。
騎士レイヴンの手を握ったまま、身体が震えた。
恐らく恐怖が、男にも伝わった。
男は素早くミカエルの手を取り、騎士レイヴンから引き離すように立ち上がらせた。
逆らえず立ち上がったミカエルを、男は抱き上げる。
小さな子どもにするように、両脇の下に手を入れて高く持ち上げ、男はにこりと笑みを浮かべた。
「絶対に、君を傷つけたりしない。俺は、ミカエルを守る為にここに来たんだ。それは信じて欲しい。この国に置いておいたら、君が正妃の代わりにされちゃうなんて、許し難いじゃないか。ちゃんと徹底的に殺さないと」
「…え…?」
今なんて?
ツッコミどころしかないことを、言われた。
騎士レイヴンが死にかけているのは、ドラゴンのこの人に煽られて崖から落ちたからなんだが、ということだとか。
守るという割には、王宮を破壊したり執拗に追いかけてきたりと、恐怖しか与えられていないことだとか。
…それに、何よりも。
愕然と男を見つめると、男は照れたように頬を染め、くるくるとミカエルを抱えたままその場で回った。
「ああっ、ミカエルの視線を独り占めなんて、幸せ過ぎる…っくっでも今は早く国に連れて行きたいんだ。後のことは任せて。ソレも、死なないから大丈夫だよ!」
ほんの一瞬、男が視線を動かした先にいる騎士レイヴンを見て、ミカエルは唾を飲み込んだ。
「…ほ、本当ですか」
「ミカエルに嘘はつかない。絶対に。俺の国に行こう。そこが一番安全だよ。保証する!」
「……彼が、死なないなら、行きます」
他に手はない。
騎士レイヴンが、生きていられるのなら。
それに、ドラゴンから逃げることなど、出来るはずもなかった。
…この国に残っても、碌なことにならなさそうでもあることだし。
ドラゴンのせいにして、逃げたい。
おそらくこの後の展開は、自分にとってそう悪いことにはならないだろう、と予想した。
ミカエルが頷くと、男はそれはもういい笑顔で、ミカエルを抱きしめた。
「五年!五年待ったかいがあった!!俺もう幸せ過ぎて死にそう…!!」
「…??????」
男のテンションが高すぎて、ミカエルには理解出来なかった。
なんで???という疑問がずっと脳裏を巡っているが、その質問は落ち着いてから、すべきだろうとわかっていた。
「さ、行こう!俺のことはジルって呼んで、ミカエル」
「…じ…ジル殿?」
「呼び捨てで呼んで。俺とミカエルの仲だから!」
「じ…ジル?」
どんな仲でしょうか?
「くぅ…っまだあと五年…五年…」
「……」
思っていたドラゴンのイメージとは随分違ったが、再度ドラゴンへと変化した男の背に乗り、ミカエルは騎士レイヴンを見下ろして、声をかけた。
「騎士レイヴン、また会おう。どうか無事で!」
返事はなかった。
ドラゴンは地上を飛び立ち、高度を上げてカノスズ王国から離れていった。
およそ十年程前。
オシウィアド帝国の前身となるオシウィアド王国は、滅亡の危機に瀕していた、と言われる。
国交のない国の情報は入り辛く、最新の情報が届くのはいつだって遅れてからだったが、同じ北方大陸にあるイングジェラ王国とは同盟国である為、経由して情報が入って来てはいた。
獣人族の国によって、滅亡の危機に瀕していたオシウィアド王国は、一人の少年王子の登場によって危機を脱した。
彼は破竹の勢いで獣人族を支配し、周辺の小国を平定して掌握した後、自国に取って返して家族である王族を皆殺しにした。
その後自らが王位に就き、国権の全てを手に入れた。
王となってからも領土を拡大し、獣人族のみならず亜人族も、人族の小国も平らげて、気づけばイングジェラ王国と並ぶ、北方大陸の二大国となっていた。
名をオシウィアド帝国とし、皇帝と名乗るようになったのが三年前。
たった七年で大陸の半分を支配した天才皇帝の次の狙いは、イングジェラ王国だと言われていた。
北方大陸を統一するつもりだろうと。
だが、彼が狙ったのは、中央大陸のカノスズ王国だった。
皇帝の名は、ジルフィウス・カール・オシウィアド。
公表されている年齢は、二十八歳。
「…え、うっそ…」
思わず呟き、ミカエルは身震いした。
ジルって、皇帝…?
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