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32.ピョートル・ニコライエフって誰?
しおりを挟む「だけどさ、その頃には、あたしの方も……心が疲れちゃってて。あいつらの前では何されてもなんでもないような顔してたけど限界で……されちゃうんだろうな……ってあきらめてた」
マリーは、周りに全く味方がいない状態で、1年半近く抗った。
オレが側にいれば……何か出来ただろうか?
「行きの馬車の中でもさ、筋肉どもと一緒にされて、しかも御者さんは耳が聞こえない人でさ、あたしの悲鳴とか聞かれないようにってことだったんだろうね……もうだめだと思った」
「え……どっ、どうやって逃れたの?」
あんな筋肉どもと一つの馬車で。逃げ場なんかないじゃないか!
「王都を出て、さびれた街道へ入った途端、奴ら服を脱いで、見たくもないものを見せつけながら襲ってきて……思い出したくない光景だわ……」
狭い馬車の中。筋肉ムキムキの男たち。辱める気まんまんのゲスども。
しかも奴らはすでに全裸!
マリーの身に、どんな奇跡が起きたんだ!?
「そしたらさ、道がひどすぎて馬車がすごく揺れて揺れて。あいつら舌噛んだり、天井に頭ぶつけたり、股間をひどくぶつけて泡吹いて悶絶したり、車外へ放り出されたり。あいつら裸だったから余計ひどい目にあってた」
「ああ……あの道ひどいもんな」
納得。
車外に放り出された奴は、素っ裸で馬車を追いかけたんだろうな……バカだな。
「それでも、あいつら本当にケダモノでさ……しつこく触ってきたけど、最後には3人とも乗り物酔いで何もできなくなって。途中の宿屋でも、奴ら寝込んでて……そのあとは静かなもんで、なんとか助かったんだ……」
街道のひどさがマリーを辛うじて守ってくれたなんて。人生ってわからない。
「だけどさ……ここについたら、ついにあたしの幸運も尽きて何もかも奪われるんだって覚悟してたの。それにヒースだって、あんな恰好したあたしを見てデブの愛人になりさがったって思い込んだでしょ?」
「……ごめんな」
「ううん。仕方ないよ。だけどさ、あたし……ヒースにまでそう思われてしまったってことで……完全に心がくじけちゃって……」
だから、あんな風に触られるがままになってたのか。
「何もかも諦めてたのに……あんたがやって来て、まるで昔みたいで、しかも、あんなに情熱的に迫ってくれて……予想外すぎて夢かと思っちゃった……夢じゃないんだよね」
マリーは確かめるみたいに、オレの胸板に頭を押し付けて来る。
オレは、ぎゅっと抱きしめた。
「もちろん夢じゃないよ」
ちゃんと仕事をしててよかった。
仕事をしてただけだったけど、そのおかげで関所の兵隊さんたちにはなんとか認めてもらえて。
今回の件にしたって、バルガスやセンセイがいなかったら、こうしてふたりきりになることは、できなかったろう。
もしオレが、この関所の前任者達と同じようだったら。
マリーは、オレのすぐ近くで、あのデブ達におもちゃにされていただろう。
絶望して、何もかも諦めてデブのモノになってしまっただろう。
それが今、誰よりも近くにいてくれる。
仕事しかできないオレだけど、まさにその仕事がオレもマリーも救ってくれた。
マリーは顔をあげると、
「そんなに泣きそうな顔しないでよ。あたしもなんだか泣きそうになっちゃうじゃない。それに、ただおもちゃにされるつもりはなかったんだ。あんたに伝えたいことがあったから」
「も、もしかして、おっオレを好きだってこと……?」
今更なことなのに、マリーは、真っ赤になって。
「な、なにをきゅ急に! そうじゃなくて! あたしは、さっきだって、言うつもりなんかなかった! デブたちにされちゃうくらいなら、最初はせめて、あんたにされたい、そう思ってただけで……」
オレは、重大なことに気づいた。
「ちゃんと言ってなかった! オレは、マリーのことが好きだよ。きっと昔から。2年前よりも前から」
「うわ、わ、わわわわ、わかったからそれは。その、もう伝わってるから! そうじゃなくて、そういう話じゃなくて!」
「それよりも重要な話?」
マリーはちいさくうなずいた。
「あんたを、第三室に告発したヤツが誰か、あたし知ってるんだ」
「元奥方の婚約者の実家のアンナン侯爵家か? 元奥方の実家のブーベ侯爵家か?」
アンナン侯爵家は、慰謝料代わりに、この役職をくれた。
多分。アホボンボンの後始末をオレにおしつけたことへの慰謝料。
だが、オレは、元奥方と離婚。後始末から降りてしまったのだ。
向こうから見れば、暗黙の契約を破られたも同じ。
それとも、元奥方の実家。ブーベ侯爵家か?
目障りな元奥方をオレに押し付けたのに、オレは離婚。
なんてことしてくれるんだ。と逆恨みしているのかも。
マリーは告げた。
「ピョートル・ニコライエフ」
誰?
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