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1 幸せな結婚生活など来ないのです

⑬ メイドの告白

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「家族が死んだのです」
朝食の後のお茶会。アンジェルに準備をしてもらい、リリーと二人でテーブルに向き合って座っている。
まずは、世間話でもと思っていたら、いきなり本題からのスタートだった。
(しかも、なかなか重い話)
予想外にヘビーな内容に焦るが、何とか取り繕って会話を続ける。
「それは…お悔みを…それで家族のどなたが亡くなられたのですか?」
(お父様だろうか?)
予想を立てて見たが見事に外す
「全員です。一族で処刑されたようです。一か月程前の事らしいのですが、昨日の夜に連絡が有りました」
「え、そんな?一か月も前なのに、それに何故処刑なんて…」
一気に頭が混乱する。
そうならない為にリリーは人質として、ここに居るわけだし、一か月も連絡が来ないなんて信じられない。
「反乱の疑いだそうです。事実かどうかは分かりませんが、父と弟。母も処刑されたそうです」
そこで一息ついて
「ここは、基本的に連絡が来ませんから。今回の事も本当は連絡しない予定だったみたいですし…」
「まさかそんな事!」
あまりの事に絶句する。
「奥様も覚悟しておいた方が良いですよ。ここは、そういう場所なんです。閉ざされた場所なんです」
自虐的な表情でリリーが言ってくる。
「そうして、みんな変わっていくんです。ナターシャ様も最初はあんな方じゃ無かったですし、メラニー様も元々は優しい性格だったと聞いています」
予想外の名前が出てきた。
(え!そんな。まさか信じられない)
あの二人が優しかったなど、あるのだろうか?
そこで急に先日の二人の同情的な表情を思い出す。
(ああ、あれは、昔の自分を思い出してたのかも)
そう考えていると
「奥様は、なんていうか、ずっとお変わりにならずに、すごいと思います。でも」
一旦区切り、なにかを決心したようにリリーが続ける。
「もう無理しないで下さい。無理に耐えて悲しまれている姿は見たくありません。このままじゃホントに壊れてしまします」
リリーの目から涙がこぼれる。
なんていう事だ、心配するつもりが心配されてしまった。
(なんて強い人なんだろう。それに比べて私は…)
尊敬と自己嫌悪の混ざった複雑な感情がおこる。
だが今はリリーを慰める番だ。
「そうですね。心配ありがとうございますリリー。でも今は貴方の方が心配よ。本当に大丈夫なの?」
そう聞くとリリーは、涙をぬぐい笑顔で
「大丈夫です。これでも、しょっちゅうストレス発散はしてるので平気です」
と答えてくる。
ん?ストレス発散?
(こんな場所にストレスを発散出来る事なんて有るのかしら?あるなら私も知りたいのだけど?)
少しでも楽しみが、あるのなら教えて欲しい。そう思いリリーに尋ねる。
「あら、そんな楽しい事があるのかしら。良かったら私にも教えてもらえないかしら?」
何の気なしに聞いたのだが、リリーが急に焦りだす。
「あ、その、奥様にとても言えることじゃ無くて…いえ、あの」
珍しくしどろもどろだ。何かを隠しているのだろう。
(聞かないほうが良い事かしら?)
一瞬そう思うが、どうせこれ以上無くす物もないのだ、何でも平気な気がするので、しつこく問いただす。
「あら、それは私には言えない事かしら?それなら仕方ないけど」
ずるい聞き方だ。メイドからしたら拒否できない聞き方だ。
「いえ…あの…聞いても不快な気分になられるだけかと」
なかなか抵抗が強いが、もう一押ししてみる
「不快になんてなりませんわ。例え何であっても。さあ教えてください」
強引に命令を下す。
(これじゃあラファエルと同じよね)
襲ってくる自己嫌悪の嵐は、一旦無視してリリーの話に集中する。
もじもじしながらリリーが口を開く。
「えーと…あの…恋人が居るんです。こんな場所ですけど」
恋人?この建物で?
(兵士とかかしら)
男など兵士かコックしか居ない。
そう当たりをつけて確認してみる。
「あら、兵士の方かしら、素敵ね。でもバレないように気を付けないと」
優しく理解ある上司を演じながら、しっかりと咎める。バレたら兵士もリリーも処刑されるだろう。
今、リリーが居なくなるのは、かなり困る。
だが返事は予想外の物だった。
「いえ、その、女性の方です」
「はい?」
恥ずかしそうなリリーの答えが理解できず、思わずバカみたいな声を上げてしまう。
そこで、リリーが堰を切ったように喋りだす。
「だって…ここには女性しか居ないじゃないですか。それに奥様ご存じ無かったのですか?ここに居る男性は皆さん去勢されているんですよ」
リリーの言葉の内容が理解できるまで一瞬、間が開き
「きょせい!?去勢ってどういう?」
またしてもバカみたいな声を上げてしまう。
だがリリーは真面目に答えてくれた。
「何でも、手術で切り取るらしいですよ。でもわたし、あの…殿方の物を見た事無いので分からないのですけど」
パメラだってラファエルの物しかない。
ただ痛そうな事は分かる。
全身に鳥肌が立つ
「なので、ここでの恋愛は女性しか居ないんです。あ、でも…恋愛とか恋人と言っていいのか…」
どういう事だろう。
「ここでは、人の入れ替わりが少ないので、みんなが家族みたいというか…その…恋人というか…」
「結局みんな、似たような境遇なので、慰めあうというか…その一対一の恋愛とかじゃなくて…」
もの凄く歯切れが悪くリリーが何かを伝えたがっている。
ただ顔はさっきまでの悲壮な表情では無く、恋愛話をする年頃の乙女の様な顔だ。
(ああ、きっと誰かに話したかったのね)
当然秘密の関係だ。当事者達以外には、喋れない。
「えっと…その…正直に言うと…全員と寝てます。きゃー!すいません。」
促してもないのに告白して照れて謝られた。
なかなか忙しい女の子だ。
そう、女子だ。今までの礼儀正しいメイドの姿はそこには無く。赤い顔で照れながら楽しそうに喋る女の子がそこには居た。
(少しうらやましいな)
そんな感情が生まれる。
そこで、意地悪な質問をしてみる。
「寝てるって?一緒に寝るだけかしら?」
多分悪魔みたいな笑顔で聞いているんだろうな。と自分の顔を思い浮かべる。
「きゃ!その、えっと…寝るだけじゃ…無いです。最後までします」
リリーの顔が真っ赤になる。
「最後までって?セックスの事?」
パメラが追撃を入れる。
「それは…その…はい。すいません奥様もう勘弁してください」
真っ赤な顔でうつむいてしまうリリー。
(イジメすぎたかな)
目の前でりりーが真っ赤になってモジモジしているが、嬉しそうなので、まぁいいかと思う。
そこで、ふと気になる
「そういえば、さっき全員って言ったけど、それってメイド全員って事よね」
反射的にリリーが顔を上げて答える。
「え、はい。あ、いえ側室の方もいますよ」
当然のように答えるリリー。
(側室って…メラニーとナターシャも)
「ちょっと!リリー?それホント?」
いきなり勢いよくパメラに詰め寄られ、リリーが正気に戻ったようだ。
「いや。その。メイドです!メイドだけです」
普通に考えて側室の不貞は大罪だ。バレたら皆タダでは済まない。
なんとか誤魔化そうとするが、もう手遅れだ。
そこで、ある計画が頭に浮かぶ。
計画を考えつつ出来るだけ優しい声で、真っ直ぐリリーの顔を見つめて喋る。
「あのね。リリー。絶対に他言はしないから教えて。もし教えてくれるなら…そうねえ」
「私も同じ罪を背負ってあげる」
すぐには何を言っているか理解できなかったのだろう。
ぽかんと口を開けてリリーが、こちらを見つめている。
数秒経ってから、意味を理解したらしく
「え!え!それは奥様が…メイドと…」
上手く言葉に出来ないようなので、代わりに言ってあげる。
「ええ。私も混ぜて貰うわ。でも女性同士は初めてだし、最初は…そうね。貴女とお願いできるかしら?それとも私じゃ嫌?」
女性どころか男性も経験無いのだが、それは言わない。
ラファエルに一度も抱かれてないなど、さすがにリリーも混乱するだろう。
だが、そのラファエルのおかげで覚えた、性的に媚びるような表情と声が今は役に立った。
リリーが真っ赤な顔で
「と、と、とんでもありません奥様。私で良ければ喜んでお相手いたします」
立ち上がって直立不動で言ってくる。
(ああ、まるで、ここに嫁いで間もない頃の私みたいだな)
遥か昔の頃のように思い出す。
そこでパメラも立ち上がり、そっとリリーに抱き合えるくらいまで近づいて、背中に手をまわし、官能的に微笑みながら耳元で囁く。
「じゃあ今晩から始めましょう。ラファエルの寝室から帰ってきたら私のベットにいらっしゃい」
リリーは耳まで真っ赤になり
「はい。奥様」
と潤んだ声で答える。
ナターシャから学んだテクニックも役に立つものだ。
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