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大学3年冬

第45話:クリスマスとお誘い_1

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 もう年の瀬にも近付いた頃、毎年同じようにやってくるクリスマスが、今年は今までと違っていた。

「摩央ー! 12月24日って、世間は俗に言うクリスマスイブだよね!?」
「え、あんたそんなことも確認しないと分からないなんて、一体どうしちゃったのよ」

 眉をひそめて摩央がこちらを見た。別に、本当に分かっていないわけではない。ただ――ただ念のために確認したかっただけだ。

「はぁー。……だよねぇ、クリスマスイブだよねぇ。ただの24日って日じゃないですよねぇ」

 私ははぁ……っと溜息を吐き、講義室の机に突っ伏した。

「何かあったの?」
「……んー。まぁ、そうですねぇ……。ちょっと、どうしようかなって」

 私は意味ありげに答えた。

「何が?」
「聞く? それ聞いちゃう?」
「含みありそうだから一応聞いた方が良いのかと思って。……聞いてほしいんでしょ?」
「……そーですねぇ。聞いてほしいかなぁ……」
「じゃあそのまま聞くけど。24がどうかしたの? ……まさか、航河君に誘われた!?」
「はーそんなまさか!」

(そんなのだったら、もっと小躍りしちゃうくらい嬉しさ滲ませちゃうよ……!)

 残念ながら、摩央が言うような出来事は起こっていない。……起こっていたら、もっと盛り上がりながら話をしただろう。彼女持ちに誘われて、喜んで良いのかは別としてだが。本当に特殊だなと、その場合は痛感させられていただろう。

「違いますー!」
「じゃあ何なのよ。関係あるんでしょ? その24日って日が。キーワードなのよね?」
「……そうなんですよ。……あのね、誘われたのよ。祐輔に。クリスマスイブ、一緒に出掛けないかって」
「えー! 良かったじゃん! 祐輔やるね! クリスマスイブに誘うなんて! デートデート!」
「いや、まぁ、そうなんだけどさぁ……」
「どうしてそんな微妙なお顔するのよ?」
「クリスマスイブに誘われるっていうのが……気軽に行けないというか……。行くのが怖いというか……」
「え、でも、用事ないんでしょ?」
「……夜にバイト先のクリスマス会兼忘年会ある」
「それはそれで行けばいいんじゃないの?」
「そうなんだけどさぁ」

 歯切れ悪く答えるのにも、ちゃんと理由がある。――どうも、祐輔は私のことが好きらしい。『らしい』というのは、私と祐輔が喋っているとニヤニヤしながら離れていくキッチンの人達の態度と、周りからの極端な祐輔推しが始まったからだ。
 直接本人から言われたわけではない。だが、こうも露骨な反応を取られては、勘繰ってしまう。

 ――祐輔は良い子だ。けれど、私が好きなのは航河君である。それは例え周りにそんな態度をとられたって変わらない。
 主に祐輔と同じキッチンの人達に、急にあんなイケイケの態度を取られても、こちらとしても反応しづらい。

 ……そう。良い子ではあるし、話しやすい。ただ、私の恋愛対象としては違っていた。可愛い後輩というか、まるで弟みたいというか。食指が動かない、というやつである。
 2人で出かけるのに抵抗はないが、【恋愛対象の男性】として見られるかどうかは別だ。

「それでもさぁ。物は試しじゃん? もしかしたら、こっからずーっと長いこと付き合うかもしれないし。いきなりビビビっと結婚を考えるほど、好きで好きで仕方のない相手になるかもしれないし」
「でも、私航河君好きだし」
「そんなの知ってる。もちろん分かった上で言ってるわよ。でもさ、千景まだ告白してもないし、そもそも現状航河君彼女いるでしょ? それならどうせクリスマスはデートでいないだろうし。カップルっぽくイベント過ごしても良いんじゃないの?」
「それがね、彼女は24と25仕事なんだって」
「……不憫」
「仕方ないよねー、仕事って言われちゃうと」
「航河君さ、大体のイベント全滅してない?」
「今年は酷いって本人が言ってた」
「それは御愁傷様だわ。……まぁ、私は行ってみればいいと思うけど? ……ははぁ。心配なら航河君に聞いてみたら? 『祐輔に誘われたんだけど』って」

 笑いながら摩央が言った。

「え。流石に、航河君も普通に返してくるでしょ。『行けば?』とか、『その後飲み会これば?』とか。イベント楽しめないから、『俺デート出来ないのに千景ちゃんばっかりずるい!』って言われるかもね」

 ……何となく『ずるい』は想像出来た。
 心のどこかで『祐輔と二人で出かけちゃダメ!』と言われることを期待しているのも事実だ。そんなこと言われてって、私と航河君の関係は、何も変わらないのに。

「ほれほれ、航河君に送ってみ? 摩央さんが隣で見ていてあげるよ?」
「私で遊ばないでよ」
「千景だって、何で帰ってくるか気になってるんでしょ? ……っていうか、航河君の反応見たいでしょ?」

 相変わらず、摩央は笑っている。

「……そんな面白いことにはならないと思うけど」

 そう言いながら、私は航河君にメールを送った。結局は、クリスマス誘われたことを、航河君に連絡したのだ。黙っていれば、きっと何事もなく時間が過ぎて行くだけなのに。おかしな話だが、今の私にはこれが普通だった。麻痺してどうにかなっているのかもしれない。
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