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大学3年冬

第53話:年が明けても_1

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 年が明け、気持ち的にも新しい空気に触れる日々。結局、クリスマス航河君が誰のプレゼントを貰ったのかは分からないままだが、『明けましておめでとう。今年もよろしく』の定型的な新年の挨拶は交わしていた。バイト先のみんなで初詣に行く案も出たが、それぞれ予定がある人達も多く、航河君もその1人だった。予定はもちろん美織さんとの初詣で、ニアミスしたくない私は、2人の行き先が自分の行こうと思っていた場所だと知り、急遽予定を変更した。元旦に行けなくても構わない。新年早々気まずい思いをしたくなかった。
 航河君からはおみくじの結果や屋台の写真が送られてきたが、いつもの世間話と共に流していた。

 以前に比べて美織さんの話を聞くのは心苦しくなっており、メールの文面だけでも胸が締め付けられるようだった。自分の横恋慕なのは当然重々承知している。それでも、片思いの身としては、好きな人の彼女の話を聞くのは辛い。特に、こう、嬉しそうに話されると余計に。

 年末年始は稼ぎ時だ。祝日扱いで時給も上がっている。その分忙しいが、思い切って私はバイトを多めに入れていた。摩央が何件かオフ会の予定と合コンの予定を拾ってきてくれたのだ。それに参加するために、軍資金が必要だった。ある程度貯金もあるし、お小遣いとして使っている分も残ってはいるが、使ってしまった後が心もとない。自分の心の安定のために、このお金は必要なものだった。

 反対に、航河君は遊びの予定が詰まっているようで、休みが多くなっていた。それは直人も同じだったようで、ほとんど一緒にはならなかった。

 ……直人については、ひとつ進展があった。

「……広絵ー! 帰ろー!」
「ちょっと待ってて! 着替えるから! ……っていうか、あんまり大きな声で言わないでくれる? 今私店員なわけだし」
「あっ、ごめん」

 直人は広絵とはれて付き合うようになっていた。思いが実ったのである。あんなにバレバレの状態でここまで引っ張ったのも凄いと思うが、その思いに全く気が付いていなかった広絵も凄い。――そう、気が付いていなかったのだ。

 周りからのフォローも相当あったはずなのだが、まったく気に留めていなかったらしい。直人の誘いや日々のメールも、単純になつかれているだけだと思っていたそうだ。

(いやー、無事に付き合えて良かった気がする。直人の好好き好き攻撃凄かったもんなぁ。気が付いてないって言うのも凄いけど)

 あれだけ表に出しているつもりだった直人も、気付かれていないのは相当堪えたらしく、こちらが知った時には既に告白は終わり見事広絵と付き合えたようだった。

 そんな直人は、自分はシフトに入っていないが、今日も広絵を迎えに行くべく、いそいそとバイト先へ顔を出していた。そのために車の免許も取り、家の車を借りて迎えに来ているらしい。

(凄いよ直人、免許まで取って、シフト入ってる時は迎えに来るし、同じ日は一緒に帰ってるし……)

 その行動力と愛情に、素直に感心していた。

「千景、先帰るね、お疲れ様!」
「お疲れ!」

 いそいそと帰る広絵を見ていると、きっとまんざらでもないのだろう。心なしか嬉しそうに見える。

(……良いなぁ。好きな人と付き合えるって。広絵はフリーだったし、何より直人の行動力かな……)

 私にはまだその行動力は出せそうにない。相手が自分のことを好きで、今の彼女と別れようとしている……くらいのはっきりした状態にならなければ、告白することは出来ないだろう。

 好きな相手への片思いは、片思いしている期間が一番楽しいのかもしれない。知らない一面は沢山あるだろうが、きっとフィルターがかかっているから気が付かないだろうし、向こうも彼女ほど素を出しては来ないだろう。色々思いを馳せるのが楽しいのだ。結果が伴わない分悲しいかもしれないが、その分責任もない。

「あれ? 千景ちゃん何時までだったっけ?」
「今日ですか? ラストですよ? 相崎さん半休とかです?」
「ほんと助かるわ。俺もラストまでだよ。あ、今日佳代ちゃんが夜ヘルプで来てくれるって」
「えっ? ほんとですか?」
「キッチンが1人休みになっちゃったから、あっちのお店今日は人数多いから貸し出し」
「やった、一緒に仕事出来る!」
「それでも厳しいんだけど。三連休だから混むと思うんだよね」
「中日ですしね。そういえば日曜日に成人式やるところが多いんですっけ」
「そうそう。あー、航河がいてくれたらなぁ」
「航河君が成人式参加組じゃないですか」
「……あれ? 今日直人迎えに来てなかった? アイツも今日成人式だったんじゃないの?」
「直人は参加しなかったみたいですよ。めんどくさいって」
「……直人らしいと言えば直人らしい……」

 今の直人は無敵だ。成人式をすっぽかして広絵に会う方を優先するのは容易に分かる。

「それなら直人バイト入ってくれれば良かったのに!」
「広絵とデートだから無理ですよ。何とか頑張りましょう。ね?」
「……うん、頑張ろう……」

 他にバイトもいるし、佳代さんも来てくれるのだ。そこまで恐れることはないと思いたい。のだが。
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