22 / 37
春
第22話:父と息子_4
しおりを挟む(たかが十分、されど十分。……こんなに、人が何話しているのか気になる時間はないよ……)
そう、祈るしかない。父がコウの質問に問題なく答えられることを。コウが父に対して意地悪な質問をしないことを。司と遊ぶ雪を見ても、私の心は落ち着かなかった。それを察してか、俊君が私の手を握った。
「待つしかないよ」
「わかってるんだけど……。でも……」
「心配だよね。どうなるのか」
「……うん」
「でも、なるようにしかならないから。俺たちにはどうしようもないよ」
「……うん」
「お義父さんと浩一君を待とう」
「……うん」
わかってはいても、私の心はざわついて落ち着かない。……それから、しばらくして。
コンコン――。
「あっ! はい!」
「……終わったよ、姉ちゃん」
自分の心臓の音が聞こえる。キリキリとした痛みを伴い、ドクドクと脈を打つのが手に取るようにわかった。
ガチャリ――。
そっとドアノブを回す。落ち着きたい気持ちとは裏腹に、音を立てて父と弟を隔てた扉が開かれた。
「……えっと」
「……はぁ」
「ど、どうだった……?」
まだ、心臓の音は鳴り止まない。コウの表情を見ても、私は結果を読み取れなかった。
「あー……なんつーか……」
「……うん」
「……親父、だったわ」
ポリポリと頭を掻くと、恥ずかしそうに浩一は目を伏せた。反対に父は、相変わらずニコニコとしていた。
「……良かった」
「……何だよこれ。ほんと、意味わかんねぇわ」
わしゃわしゃと頭を掻き、ぶっきらぼうに呟いた浩一。私は気付いた。毒を吐きながらも、その声が震えていたことを。
「焼肉、食べに行くよ?」
「……うん」
「もちろん、お父さんも」
「あ、いきなり行って空いてんの?」
「もう予約取ってあるから」
「……こうなると思ってたわけね」
「当たり前じゃん。だからちゃんと確認とったでしょ? 『夜ご飯、予約しとく?』って。絶対行くと思ってたから、そのまま予約取ったよ。姉ちゃん大正解」
「……何か、すげぇ今負けた気分」
「はっはっはっ。姉の勝ちですわ」
「腹立つ」
「いいじゃん! 悪い気分じゃないでしょ? これで負けるのは」
「まぁ、そうだけどさ……」
「焼肉行くのは久し振りだな、浩一」
「……そうだな」
「そろそろピーマン食べられるようになったか?」
「そう簡単には食べられません」
「何だ、雪は食べられるみたいだぞ」
「こうくんより、ゆきのがえらいでしょ?」
「おお、そうだな、雪のほうが偉いな。うんうん」
「……親父、孫には激甘なんだから……」
「こうくんもほめて! ゆきのことほめて!」
「あーはいはい。雪は偉い偉い。おりこうさん」
「でしょー? いえーい!!」
実家にいた時はあんなに意固地になっていたのに、父と話したコウはすっかりおとなしくなっていた。それはもう、面白いくらいに。何なら、もう父のことを『親父』と呼んでいる。
私たちは、久し振りに同じテーブルを囲んだ。まだ照れているのか、コウは『あぁ』だとか『うん』だとか、父に向って気の抜けた返事しかしない。それでも『親父はイカ好きだろ?』と言わんばかりに、自分の目の前で焼いていたイカを、父の取り皿の上に山積みで置いていったのには声を殺して笑ってしまった。しっかりと、父が好きだったものは覚えていて、それを取り分けるなんて。ちゃんと認めているのではないか。
どんどんと置かれていくイカに父は笑いながら、今度は自分が焼いていた鶏皮を、コウの取り皿に乗せ始めた。父も、鶏皮は好物だったはずだ。しかし、その姿を見ていると、まだまだ自分の子どもには好きな物を食べさせてやりたい、そんな気持ちが窺えた。親心だ。自分も親になってみて、同じことをするようになった。
「なんだよこれ。鶏皮ばっかじゃん」
「おとうさんのお皿だって、浩一の置いたイカしか乗ってないんだぞ」
「だって、親父イカ好きだろ?」
「そりゃ好きだけど。浩一だって、鶏皮好きだろ?」
「好きだけど、親父だって好きじゃん」
「親は良いんだ親は。もうな、この年になるまでに沢山食べたからな」
「でも別に、全部載せなくても良いよ」
「それはおとうさんも同じだ」
二人はお互いのお皿を見て、笑い合っていた。何だか昔に戻ったような気がして、うっかり今の状況を忘れてしまうところだった。
「追加注文すれば良いんだし、とりあえず二人とも、好きな物を好きなだけ食べたら? なんだかんだ、食べ切れるでしょう」
私がそう言うと、それもそうかとお皿の中身を空にして、お互いがお互いの好きな物を注文していた。お互いを思いやれるのは大変良いことだが、揃って同じをことをするものだから、二人の顔を見て今度は声を出して笑ってしまった。
「何だよ姉ちゃん」
「ごめんごめん、二人とも、あんまりにも同じことしてるから。面白くなっちゃって」
「こうくんとじぃじ、そっくりー!」
雪がそう言うと、今度はみんなが笑った。そうしてなぜか、次は雪が私のお皿にエビを置き始めた。『ママはエビがすきでしょう? ゆきもエビすきだけど、ママにあげる』そう言いながら。私は代わりに雪の好きなベーコンを注文すると、お皿にどんどん積み上げていったのだった。
0
あなたにおすすめの小説
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
あなたの隣は私ではないけれど、それでも好きでいてもいいですか、レオナルド様
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢エリアーナには、三年間ずっと抱えてきた秘密がある。
婚約者であるヴァルフォード公爵・レオナルドへの、誰にも言えない恋心だ。
しかし彼の隣にいるのは、いつも幼馴染の伯爵令嬢・ソフィア。
儚げな笑顔と上目遣いで男性を虜にするあざとい彼女に、レオナルドも例外ではないようで——
「レオ、私のこと嫌いにならないでね?」
「……そんなことにはならない」
また始まった二人の世界。
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
【3月中――完結!】
積み上がった伏線の回収目前!!
夫にも子どもにも、私は選ばれなかった。
長年の裏切りを抱え、離縁状を置いて家を出た――。
待っていたのは、凍てつく絶望。
けれど同時に、それは残酷な運命の扉が開く瞬間でもあった。
「夫は愛人と生きればいい。
今さら縋られても、裏切ったあなたを許す力など残っていない」
それでも私は誓う――
「子どもたちの心だけは、必ず取り戻す」
歪で、完全な幸福――それとも、破滅。
“石”に翻弄された者たちの、狂おしい物語。
熱い風の果てへ
朝陽ゆりね
ライト文芸
沙良は母が遺した絵を求めてエジプトにやってきた。
カルナック神殿で一服中に池に落ちてしまう。
必死で泳いで這い上がるが、なんだか周囲の様子がおかしい。
そこで出会った青年は自らの名をラムセスと名乗る。
まさか――
そのまさかは的中する。
ここは第18王朝末期の古代エジプトだった。
※本作はすでに販売終了した作品を改稿したものです。
【完結】どうか私を思い出さないで
miniko
恋愛
コーデリアとアルバートは相思相愛の婚約者同士だった。
一年後には学園を卒業し、正式に婚姻を結ぶはずだったのだが……。
ある事件が原因で、二人を取り巻く状況が大きく変化してしまう。
コーデリアはアルバートの足手まといになりたくなくて、身を切る思いで別れを決意した。
「貴方に触れるのは、きっとこれが最後になるのね」
それなのに、運命は二人を再び引き寄せる。
「たとえ記憶を失ったとしても、きっと僕は、何度でも君に恋をする」
さようなら、お別れしましょう
椿蛍
恋愛
「紹介しよう。新しい妻だ」――夫が『新しい妻』を連れてきた。
妻に新しいも古いもありますか?
愛人を通り越して、突然、夫が連れてきたのは『妻』!?
私に興味のない夫は、邪魔な私を遠ざけた。
――つまり、別居。
夫と父に命を握られた【契約】で縛られた政略結婚。
――あなたにお礼を言いますわ。
【契約】を無効にする方法を探し出し、夫と父から自由になってみせる!
※他サイトにも掲載しております。
※表紙はお借りしたものです。
あなたの片想いを聞いてしまった夜
柴田はつみ
恋愛
「『好きな人がいる』——その一言で、私の世界は音を失った。」
公爵令嬢リリアーヌの初恋は、隣家の若き公爵アレクシスだった。
政務や領地行事で顔を合わせるたび、言葉少なな彼の沈黙さえ、彼女には優しさに聞こえた。——毎日会える。それだけで十分幸せだと信じていた。
しかしある日、回廊の陰で聞いてしまう。
「好きな人がいる。……片想いなんだ」
名前は出ない。だから、リリアーヌの胸は残酷に結論を作る。自分ではないのだ、と。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる