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春
第23話:準備_1
しおりを挟む――死んだ父の父と再会して、もう一か月が経った。まだ、母と姉にはこのことは伝えられていない。何度か伝えようと思いもしたが、結局辞めてしまった。良い言葉もタイミングも、見つからなかったのだ。こんなことは当然ながら初めての出来事だし、人生何十年と生きてきて、死ぬまでのあいだに一回だって本来なら有り得ないことだと思っている。
まさかの神様からのプレゼントは、その神様の気まぐれか、父が生前よほどの徳を積んだか。宮内さんとやらを助けたことが起因だと言うが、それまでの行いもあったと思う。人の生死をどうにかするなんて、よっぽどもよっぽど、天地がひっくり返ったって本来なら誰にも起こせない奇跡だ。それに選ばれた父は、恐ろしいくらいに運が良い。そして、その父に会えた私も。
息子である司を父に会わせ、雪のランドセル姿も見せられたことで、私は随分と気持ちが楽になっていた。今までふと思い出しては、誰にもわらぬようこっそり泣いていたのにそれもなくなったし、流産しなければ父に会わせることができたのに、と、私の力ではどうしようもなかったことで自分を責めることもなくなった。類を見ない幸運が、私の気持ちを救ってくれたのだ。
とはいえ、今後の課題はまだある。父は、母に会いたがっていた。父が亡くなってから、ハッキリと痩せて元気の亡くなった母が、父も心配なのだろう。娘である私も心配だったのだ。そりゃあ当事者であり配偶者である父が心配しないわけはない。
しかし、母がすんなり現状を受け入れてくれるとは思えない。もしかしたら……とも思うが、馬鹿にしていると怒り出す可能性もあるし、うっかり妙なタイミングで会わせたら、下手したら二度と連れてくるな、そんな話をするなと言われてしまうだろう。
愛するがゆえ、そんな態度になってしまうに違いない、そう感じていた。
――よって、一か月経っても母にはなにも言えないままだった。
だが、父も母に会いたいというし、実家に置いてある骨壷……自分の骨も見たいと言う。最悪、私が中身を見てそれを伝えるでも良い、とは言ってくれたが、何か大事な理由があるのかもしれない。
聞いてみたが『それを見れば思い出す気がする』と言っていた。なぜ骨壷を、骨を見たいかは思い出せないらしい。神様に身体を得たら見ろと言われたらしいが、理由は思い出せないと言っていた。流石にこればっかりは、私もわからないし、想像すらつかない。
コウは、たまに連絡を取っているらしい。なんだかんだ、父と会話できることが嬉しいのだろう。かくいう私も、毎日とはいかないが父と連絡をとっていた。やっと登録したkiccaのIDも教えてもらい、それからやり取りはこっちに移行している。
まだまだ、慣れない身体での生活に苦戦しているらしい。生き返ったわけではないから、戸籍は除籍になっている。戸籍がないから身分証がない。スマホも住処も宮内さんが何とかしてくれなかったら、私たちがどうしようと悩んでいたはずだ。宮内さんには感謝しかない。
怪我や病気はしないと言っていたが、どこまで本当かわからない。けれど、死んでいるからこそ、それはそうかもしれないと説得力はあった。
ふと考えてみたら、一か月経ったということは、父がこの世に存在できる時間をもうそれだけ使ってしまったということなのだ。早い。ものすごく、早い。一か月がこんなにあっという間だったなんて。同時に、私の育児休暇も残り七か月ほどとなっていた。もし七か月の間父と一緒に過ごすことができたら、嬉しいことこの上ない。……もし、残された時間がもっと短いとしたら……。
「――というわけで、そろそろお母さんに切り出したほうが良いかな? って思うんだけど。お父さんはどう思う?」
「そうだなぁ……。おとうさんも、そろそろ言ったほうが良いかなぁとは思うけど、なんせ相手がお母さんだからなぁ」
「失敗すると、全部拒絶されちゃうよね」
「そうだなぁ。きっと」
私が新しく購入した抹茶オレを飲みながら、父は深く溜め息を吐いた。今日は作戦会議の日。父は勿論母の性格を理解しているし、私も私なりに理解しているつもりだ。だからこそ、お互いに中々良い案が浮かばない。
「そうだ美代、昔よく豚の角煮を作っただろう? 覚えてるか?」
「覚えてるよ? すごく美味しかったもん。何でかなぁ、再現したいのに全然上手くできないんだよね」
私は首を傾げた。父の作る豚の角煮は最高だった。箸で崩せるほど柔らかい身に、脂の部分は臭みがなくトロトロになっている。甘辛く煮付けた味はご飯が進んで、一緒に煮られた大根と卵も、よく味が染み込んでいてたまらなかった。あれは家族みんはが好物だったと思っている。
「今度、教えてやろう。おとうさん、最近また料理やりたいと思っててなぁ。外食や市販品がどうしても多いから」
「そんなのする余裕あるの?」
「うーん、まぁ、ないと言えばない」
「ないんだ」
「でも、気分転換というか、ストレス発散というか。苦じゃないんだな」
「趣味みたいなものね」
「そうそう。角煮はちゃんと作りかた覚えてるから。今度一緒に作ろう」
「やった!」
「……母さんにも食べさせてやりたいなぁ」
(お母さんに、父の手料理を……?)
「それだ!」
私は気付かぬうちに大きな声を出していた。
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