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春
第24話:準備_2
しおりを挟む「どうしたんだ、急に大きな声を出して」
「……あ……ごめん。でもね、思いついたの! ご飯だよご飯! お母さんに、お父さんの作った料理食べてもらおうよ」
「料理を……か?」
「うん! お父さん、料理の本とか見てご飯作らないタイプだったじゃん? だから完全に【お父さんの味】だよね? それなら、お母さんももしかしたらわかるかも!」
「そりゃあ、お母さんに食べさせたいとは思うけど。……そんなに上手くいくかなぁ」
「わかんない……けど、やってみる価値はあるよ! あと、私もお父さんのご飯やっぱり食べたいし」
後半の本音のほうが大きいかもしれないが、母は父の作る料理が好きだった。私も、母の味は口に馴染みがあるが、父の味も馴染み深かった。父は料理好きだった。お菓子は作らなかったが、普段の夜ご飯から酒のつまみ、ちょっと変わったオードブルまで、何でも独自のやり方で作っていた。母はやらなければならないからやる、父は好きだからやる、と言った状態で、私は母似だ。料理に対する情熱と好意は、できれば父に似たかった。好きになれたら、私ももっと楽しめただろう。
「それなら、豚の角煮を作るときでどうだ? どうせ沢山作ることになるし、残したら勿体ない」
「それが良いね! 我が家はみんな大好物だったし」
「決まりだな。浩一も呼ぶか?」
「そうだね、ちょっと、今回は援軍多いほうが良いかなとも思うし。コウもお父さんの角煮食べたいだろうし」
「だと嬉しいなぁ。よし、それならおとうさんが浩一に連絡を入れておくよ」
「うん、お願いね」
こんなに早く、母に伝えるときが来るとは思わなかったが、伝えなければどんどん時間だけが過ぎて行ってしまう。これで、父が戻ってしまうタイムリミットを迎えてしまっては、この後悔だけは、例えどんなに頑張ったとしても、一生拭うことはできないだろう。折角、神様がプレゼントをくれたのに、やればできたはずなのに、なぜやらなかったのか……と。
「コウも来るなら、やっぱり土日のどっちかが良いよね?」
「あぁ、土日なら、とっしー君もいるだろう?」
「いるよ。きっと、雪も喜ぶんじゃないかな」
「早いほうが良いか?」
「じゃあ、今月中にする?」
「そうだな」
「うちは今のところ予定ないから、お父さんとコウに合わせるよ」
「助かる」
父は嬉しそうに笑っている。そんな表情を見て、私も嬉しくなった。
「材料はこっちで用意するから、必要なものはメールかkiccaで送ってね」
「わかったよ。一回作ってみないといけないなぁ。……キッチンがないな、ホテル」
「ウチで作る?」
「いや、まずは宮内さんに頼んでみるよ。味見係も」
「お父さんは失敗しなさそう」
「そんなこともないぞ? 人の好みもあるし」
「……みんな、お父さんのご飯は大好きだよ」
これは本当だ。そして、ずっとちゃんと、本人に直接言えば良かったと思っていたことのひとつ。父が料理をすることはとくに珍しくなく、子どものころから当たり前だと思っていた。だが、世間では珍しいとまではいかなくとも、メジャーではないということを、ある程度大きくなってから知った。父は家事全般やった。帰りも早かった。どの家もそんなものだと思っていた。
こんな父の元で育ったからこそ、結婚相手は料理ができる人が良い、共働きでもある程度家事をしてくれる人が良い。そう思ったのかもしれない。ちなみに俊君は、そんな私の希望に大きく沿った人物だった。
「それじゃあ、今日は帰るよ」
「良いの? 雪の帰り待たなくて」
「あぁ。またすぐに会えるからな」
またすぐに会える。
今だけ言える、優しい言葉。
「そうだね、角煮のときは絶対に会えるし」
不意に涙が込み上げてくる。そんな状況でも何でもないのに。父の口から『また』だとか『すぐに』会えるなんて言葉が出たことに、父がここにいることの喜びを強く感じた。
何度も思うが、自分は別にファザコンだとは思っていないし、多分子どものころに『わたしはおおきくなったらおとうさんとけっこんする!』何てのも言わなかったと思う。父は好きだった。反抗期もなかったし『お父さん嫌い!』にもならなかった。
意見が合わないこともあったし、言い合いをすることもあった。心配が疎ましく思うことも、口煩く感じることも。それでも、今ここにいる父の存在は、とても大きくて大切だった。それは変わらない。
「一度作ってから、必要な材料を送るよ。しっかり」
「うん、お願い」
「しっかり昔みたいに作らないとなぁ。……あ、米は用意しておいてくれよ? いっぱい」
「大丈夫だよ。五合炊いておく」
「頼んだぞ。それじゃあ、またな」
「うん、またね」
「あ、クッキー、相変わらず美味しかったぞ」
雪の帰りを待たずして、父は宣言通り去っていった。父が居なくなり、誰も座っていない席に置かれた、マグカップとクッキーの乗っていたお皿を下げる。このクッキーは、私が作ったものだ。父はそれに気が付いていたのだろう。家で作るクッキーと、お店のクッキーはどこか味が違う。
想定していなかった父からの言葉に、思わず笑みがこぼれた。
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