25 / 37
春
第25話:準備_3
しおりを挟む「えーっと、お父さんから何てきてたっけ」
「ママー! ママー! ゆき、チョコレートたべたい! かって! かって!」
「チョコレートは後だよ! ママの用事のほうが先! 全部終わってからね」
「えー⁉︎」
「ちょっとだけおとなしくママのお買い物に付き合って? そうしたら、後でちゃーんとお菓子売り場にいってあげるから」
「ぶー! はやくー!」
「ちょとだけ! 雪だって、美味しいお肉食べたいでしょ?」
「おいしいおにくも、おかしもどっちもたべるの!」
「じゃあ買い物の間いい子に待ってて!」
「ぶぅぅぅぅ! はやくね! はやくだよ!」
「わかってる!」
「あとじゅうびょう?」
「そんなに早くない!」
「えぇぇ? すぐだよ! すぐね!」
「はいはい、わかった、わかったからちょっとだけほんとちょっとだけ黙ってて!」
まだ何にも買えていないのに、我関せずお菓子をねだる雪を宥めて、私はお肉コーナーへと向かった。俊君は、抱っこされた司がキョロキョロと辺りを見回すたびに、アレは何でコレは何だよ、と、ひとつずつ説明していた。司はわかっているのかわかっていないのかわからないが、どこか楽しそうに見えた。
父からは思っていたよりも早く材料の一覧が届き、かくいう私は中々買い物へいくことができなかったが、ようやく今日、それを買い揃えにきたのだ。
明日、父、母、浩一が我が家にやってくる。そして、父が豚の角煮を作ってくれる。私ももちろん台所に立つが、メインの角煮を作るのは父だ。私はそれを忘れないように記憶して、そして、作れるようにならなければならない。必須事項のようだが、実は別に必須事項ではない。作る瞬間はビデオに残そうと思っているし、自分も何度か作って、父にオーケーをもらえるまで味見をしてもらうつもりだ。
――大事なのは、角煮を作った痕、それを母に食べてもらうこと。
相談した結果、まずは父にうちで角煮を作ってもらい、その痕に母と浩一を呼んで、何も言わずに振舞う。浩一は父が作ったことはもちろん知っているから、口に運んだあと『親父の味だね』と言ってもらう。母がその気になったところで、父に登場してもらう算段だ。
それだけでは、母は信用しないだろう。死んだ人間がそっくりそのままの姿でこの場にいるなんて、普通は信じられない。そこは、私と浩一が話をするつもりだ。それでもし駄目なら、浩一や私の時のように、父しか知らない母のことを話してもらう。
もしかしたら、この手順自体が上手くいかない可能性もある。そのときは仕方ない。何とかして、父と母を一緒の場へ連れ出すだけだ。このやり方なら、無理やり連れだすとか、強引に認めさせるだとか、そういう手荒いことをしなくて良いと思っている。だから、一番いい方法なのではと思っていた。
……見た目は父で中身も父……だと私は思っているが、今はまだ何も知らない母から見たら、生前の父と同じ外見とはいえ知らない人扱いだ。知らない男の人と一緒の空間にいることを、母は嫌がるかもしれない。だから、欲を言えば。母には問答無用で信じてほしい。ひたすらに否定される父なんて見たくない。『あぁ、お父さんだ』と、笑顔を見せてほしい。まだまだ話したかっただろうことを、ふたりで話してほしい。
この馬鹿らしくて信じられない時間を、一秒でも良いから愛しくて忘れられない時間にしてほしいのだ。
そのために、私も浩一も責任重大なポジションにいることを忘れてはいけない。ちょっとでも怪しまれたら、そこで作戦は終わってしまう。だから違和感を覚えられたら臨機応変に対応しないといけないし、最悪作戦の延長だって考慮しなければならない。やりたいことも、目標も口に出すのは簡単なのに。失敗した時のことを考えると頭が痛い。二度目が想像できない。
……なんて、難しいことを考えながら、どんどんと食材をカゴの中に入れてゆく。
「ママー? なにかおこってるの?」
「えっ? 怒ってなんかないよ?」
「ほんと?」
「どうして?」
「ムッとしたかおしてるー!」
「……やだ、顔に出てた?」
「やっぱりおこってた!」
怒っているつもりはなかったが、雪にはそう見えたらしい。考え事をしているのが、思い切り表に出ていたようだ。
「雪、違うよ。ママは怒ってるんじゃなくて、きっとちょっと、難しくて大変なことを考えていただけだよ」
「ふーん? そうなの?」
「そうだよ。ゆっくり考えながら買い物できるように、雪はパパと司と一緒に、お菓子見に行こうか」
「いくー!」
「じゃあ美代、俺、二人と一緒にお菓子見てくるから。何買うか決めたら探すけど、こなかったら連絡して」
「うん、わかった」
「じゃあ、後で」
サクッと雪と司を連れて、俊君はお菓子売り場へと歩いて行った。雪は小さく手を振ると、嬉しそうに俊君のあとをついて歩く。残された私は、足りない食材を探しに向かった。
父と母の笑顔を思い浮かべながら食材を選ぶと、心なしか自分も笑顔になるような気がした。
上手くいくかどうか、それは今の私にはわからない。ただ『上手くいったら良いな』とは思っている。それは、きっと私だけではないだろう。
はやる胸の高鳴りを抑えながら、私は父から送られてきた材料一覧を、何度も何度も見返した。
0
あなたにおすすめの小説
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
あなたの隣は私ではないけれど、それでも好きでいてもいいですか、レオナルド様
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢エリアーナには、三年間ずっと抱えてきた秘密がある。
婚約者であるヴァルフォード公爵・レオナルドへの、誰にも言えない恋心だ。
しかし彼の隣にいるのは、いつも幼馴染の伯爵令嬢・ソフィア。
儚げな笑顔と上目遣いで男性を虜にするあざとい彼女に、レオナルドも例外ではないようで——
「レオ、私のこと嫌いにならないでね?」
「……そんなことにはならない」
また始まった二人の世界。
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
【3月中――完結!】
積み上がった伏線の回収目前!!
夫にも子どもにも、私は選ばれなかった。
長年の裏切りを抱え、離縁状を置いて家を出た――。
待っていたのは、凍てつく絶望。
けれど同時に、それは残酷な運命の扉が開く瞬間でもあった。
「夫は愛人と生きればいい。
今さら縋られても、裏切ったあなたを許す力など残っていない」
それでも私は誓う――
「子どもたちの心だけは、必ず取り戻す」
歪で、完全な幸福――それとも、破滅。
“石”に翻弄された者たちの、狂おしい物語。
【完結】どうか私を思い出さないで
miniko
恋愛
コーデリアとアルバートは相思相愛の婚約者同士だった。
一年後には学園を卒業し、正式に婚姻を結ぶはずだったのだが……。
ある事件が原因で、二人を取り巻く状況が大きく変化してしまう。
コーデリアはアルバートの足手まといになりたくなくて、身を切る思いで別れを決意した。
「貴方に触れるのは、きっとこれが最後になるのね」
それなのに、運命は二人を再び引き寄せる。
「たとえ記憶を失ったとしても、きっと僕は、何度でも君に恋をする」
熱い風の果てへ
朝陽ゆりね
ライト文芸
沙良は母が遺した絵を求めてエジプトにやってきた。
カルナック神殿で一服中に池に落ちてしまう。
必死で泳いで這い上がるが、なんだか周囲の様子がおかしい。
そこで出会った青年は自らの名をラムセスと名乗る。
まさか――
そのまさかは的中する。
ここは第18王朝末期の古代エジプトだった。
※本作はすでに販売終了した作品を改稿したものです。
あなたの片想いを聞いてしまった夜
柴田はつみ
恋愛
「『好きな人がいる』——その一言で、私の世界は音を失った。」
公爵令嬢リリアーヌの初恋は、隣家の若き公爵アレクシスだった。
政務や領地行事で顔を合わせるたび、言葉少なな彼の沈黙さえ、彼女には優しさに聞こえた。——毎日会える。それだけで十分幸せだと信じていた。
しかしある日、回廊の陰で聞いてしまう。
「好きな人がいる。……片想いなんだ」
名前は出ない。だから、リリアーヌの胸は残酷に結論を作る。自分ではないのだ、と。
さようなら、お別れしましょう
椿蛍
恋愛
「紹介しよう。新しい妻だ」――夫が『新しい妻』を連れてきた。
妻に新しいも古いもありますか?
愛人を通り越して、突然、夫が連れてきたのは『妻』!?
私に興味のない夫は、邪魔な私を遠ざけた。
――つまり、別居。
夫と父に命を握られた【契約】で縛られた政略結婚。
――あなたにお礼を言いますわ。
【契約】を無効にする方法を探し出し、夫と父から自由になってみせる!
※他サイトにも掲載しております。
※表紙はお借りしたものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる