最初で最後のサヨナラを。

三嶋トウカ

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第25話:準備_3

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 「えーっと、お父さんから何てきてたっけ」
「ママー! ママー! ゆき、チョコレートたべたい! かって! かって!」
「チョコレートは後だよ! ママの用事のほうが先! 全部終わってからね」
「えー⁉︎」
「ちょっとだけおとなしくママのお買い物に付き合って? そうしたら、後でちゃーんとお菓子売り場にいってあげるから」
「ぶー! はやくー!」
「ちょとだけ! 雪だって、美味しいお肉食べたいでしょ?」
「おいしいおにくも、おかしもどっちもたべるの!」
「じゃあ買い物の間いい子に待ってて!」
「ぶぅぅぅぅ! はやくね! はやくだよ!」
「わかってる!」
「あとじゅうびょう?」
「そんなに早くない!」
「えぇぇ? すぐだよ! すぐね!」
「はいはい、わかった、わかったからちょっとだけほんとちょっとだけ黙ってて!」

 まだ何にも買えていないのに、我関せずお菓子をねだる雪を宥めて、私はお肉コーナーへと向かった。俊君は、抱っこされた司がキョロキョロと辺りを見回すたびに、アレは何でコレは何だよ、と、ひとつずつ説明していた。司はわかっているのかわかっていないのかわからないが、どこか楽しそうに見えた。

 父からは思っていたよりも早く材料の一覧が届き、かくいう私は中々買い物へいくことができなかったが、ようやく今日、それを買い揃えにきたのだ。
 明日、父、母、浩一が我が家にやってくる。そして、父が豚の角煮を作ってくれる。私ももちろん台所に立つが、メインの角煮を作るのは父だ。私はそれを忘れないように記憶して、そして、作れるようにならなければならない。必須事項のようだが、実は別に必須事項ではない。作る瞬間はビデオに残そうと思っているし、自分も何度か作って、父にオーケーをもらえるまで味見をしてもらうつもりだ。

 ――大事なのは、角煮を作った痕、それを母に食べてもらうこと。

 相談した結果、まずは父にうちで角煮を作ってもらい、その痕に母と浩一を呼んで、何も言わずに振舞う。浩一は父が作ったことはもちろん知っているから、口に運んだあと『親父の味だね』と言ってもらう。母がその気になったところで、父に登場してもらう算段だ。
 それだけでは、母は信用しないだろう。死んだ人間がそっくりそのままの姿でこの場にいるなんて、普通は信じられない。そこは、私と浩一が話をするつもりだ。それでもし駄目なら、浩一や私の時のように、父しか知らない母のことを話してもらう。

 もしかしたら、この手順自体が上手くいかない可能性もある。そのときは仕方ない。何とかして、父と母を一緒の場へ連れ出すだけだ。このやり方なら、無理やり連れだすとか、強引に認めさせるだとか、そういう手荒いことをしなくて良いと思っている。だから、一番いい方法なのではと思っていた。

 ……見た目は父で中身も父……だと私は思っているが、今はまだ何も知らない母から見たら、生前の父と同じ外見とはいえ知らない人扱いだ。知らない男の人と一緒の空間にいることを、母は嫌がるかもしれない。だから、欲を言えば。母には問答無用で信じてほしい。ひたすらに否定される父なんて見たくない。『あぁ、お父さんだ』と、笑顔を見せてほしい。まだまだ話したかっただろうことを、ふたりで話してほしい。

 この馬鹿らしくて信じられない時間を、一秒でも良いから愛しくて忘れられない時間にしてほしいのだ。

 そのために、私も浩一も責任重大なポジションにいることを忘れてはいけない。ちょっとでも怪しまれたら、そこで作戦は終わってしまう。だから違和感を覚えられたら臨機応変に対応しないといけないし、最悪作戦の延長だって考慮しなければならない。やりたいことも、目標も口に出すのは簡単なのに。失敗した時のことを考えると頭が痛い。二度目が想像できない。

 ……なんて、難しいことを考えながら、どんどんと食材をカゴの中に入れてゆく。

「ママー? なにかおこってるの?」
「えっ? 怒ってなんかないよ?」
「ほんと?」
「どうして?」
「ムッとしたかおしてるー!」
「……やだ、顔に出てた?」
「やっぱりおこってた!」

 怒っているつもりはなかったが、雪にはそう見えたらしい。考え事をしているのが、思い切り表に出ていたようだ。

「雪、違うよ。ママは怒ってるんじゃなくて、きっとちょっと、難しくて大変なことを考えていただけだよ」
「ふーん? そうなの?」
「そうだよ。ゆっくり考えながら買い物できるように、雪はパパと司と一緒に、お菓子見に行こうか」
「いくー!」
「じゃあ美代、俺、二人と一緒にお菓子見てくるから。何買うか決めたら探すけど、こなかったら連絡して」
「うん、わかった」
「じゃあ、後で」

 サクッと雪と司を連れて、俊君はお菓子売り場へと歩いて行った。雪は小さく手を振ると、嬉しそうに俊君のあとをついて歩く。残された私は、足りない食材を探しに向かった。

 父と母の笑顔を思い浮かべながら食材を選ぶと、心なしか自分も笑顔になるような気がした。

 上手くいくかどうか、それは今の私にはわからない。ただ『上手くいったら良いな』とは思っている。それは、きっと私だけではないだろう。

 はやる胸の高鳴りを抑えながら、私は父から送られてきた材料一覧を、何度も何度も見返した。
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