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春
第26話:父の料理_1
しおりを挟む食材を買い込み、当日のシミュレーションを何度もした結果、今、私の目の前に母がいる。嬉しそうに、司をあやしていた。その後ろには雪が居て、私のスマホでまるでカメラマンのように二人の写真を撮っていた。いっちょ前にポーズを決めて、独り言を言いながらぐるぐる二人の周りを回っている。写真を撮られている母もまんざらではないようで、時々カメラ目線をしたり、司にカメラの存在を教えたりしていた。非常に楽しそうだ。
――そして、要の父はと言うと、私と一緒に台所に立っている。
始めは父に料理を作ってもらってから、母とコウを呼ぶはずだった。……のだが、変な勘繰りを入れられないように、できればその場で父と会わせたいと思い始めてしまった。いざ顔を合わせる瞬間まで、父の存在を隠しているつもりだったが、それでは父が母が食べ終わるまで、どこにいてもらえばいいのかわからなくなったのだ。隠れていて出てくるのは、母が驚きすぎる可能性がある。そして、信じなかったときに酷く父が詰め寄られる気がしたのだ。
仕方なく、どうやったら母と父を一緒の空間に居ても違和感がないか考えた結果、どう頑張っても何も思いつかなかった。苦肉の策で『自宅で料理を習うことになった。なので、司と雪の面倒を見てほしい』と、半ば強引な誘い方をしたのだ。無理があるのは自分でもわかっていた。当然休みの日だから、俊君は家にいる。それに、コウも誘っているのだ。人手はある。母は何で私が……と言っていたが、司に会えることもあってか、意外とすんなり家に来てくれた。
これで来てくれなかったらどうしよう、と、本気で心配もしていたが、ちゃんと来てくれてホッとしている。それは私だけではなく、俊君もコウも、父本人も同じだろう。
料理を教えてくれるのはもちろん父だ。亡くなる前に料理を習いたいと思っていた私にとっては、とても魅力的な時間である。材料の事前準備は問題ないし、俊君とコウとも連携はとれている。……ひとつだけ、雪が突然『ばぁば、この人じぃじなんだよ!』と言い出さないかが心配だ。一応、『死んだと思った人が居たら、とてもビックリするでしょう? 簡単には信じられないでしょう? だから、まだばぁばには内緒だよ』と、口止めはしてある。だが、何かの拍子に口走ってしまう可能性はゼロではない。したがってそこは雪を信じ、祈るしかない。
俊君とコウは、いつでも動き出せるように、ダイニングテーブルでお茶をしている。何か起きたらフォローするために。今回、一番神経を使うポジションかもしれない。
「えぇっと。始めても良いかな?」
「あ、はい! ……お願いします!」
ぎこちない会話。
父は母にも挨拶していたが、当たり障りない感じだったからか、とくに母は疑問に思ったりはしていないように思えた。
流石にそのままの姿で出たらバレてしまう。なので、三角巾とマスク、それから伊達メガネをつけて話してもらった。こういうことができるから、今料理を選んで良かったと思っている。他だったら、どう変装するかも考えなければならなかった。
「じゃあ、まずは肉の下拵えから……」
「はい!」
父は慣れた手付きで準備を始めた。
私は、ずっと父と台所に立ちたいと思っていた。それは、父が亡くなってからの話であるが。父が亡くなったからこそ、父の料理を覚えていなかったこと、一度も教えを請おうともしなかったこと悔やんだ。だって、急に、いや、正確にはそこまで急にではないが、いなくなるなんて思っていなかったから。
これは、やっぱり私にとっても神様からのプレゼントなのかもしれない。
「一応、メモも用意したので。必要な部分はチェックしてくださいね」
「わかりました、ありがとうございます」
「急いで書いたから、もし読めないところがあったら教えてください」
父が私に敬語を使っている。母にバレないよう、気持ち声も高めだ。動きにも気をつけているのか、何だかぎこちない。それがおかしくて吹き出しそうになるのを堪えつつ、渡されたメモをチェックした。
そこには、見慣れた父の文字。父は字が上手かったと思う。私は字がとても下手だから、父が羨ましかった。何度か字が上手くなるように練習したり、間違った書き順を修正しようと思ったが、飽きっぽい私はどちらも続かなかった。
こういうのも、達筆と言うのだろうか。汚いのではないが、ちょっと崩してある部分は、慣れない私には少しばかり読みにくかったりする。だが、父の字だ。なんとなくわかるし『ちょっと読めないから書き直してほしい』なんて言うつもりはなかった。
……残せるものは、全てこの世にいた証として残しておきたい。
「どうかしましたか? 読めない部分、ありましたか?」
「……あ、いえ。そうじゃないです。ちゃんと一度、全部に目を通して確認しておこうかと思って」
心配そうに覗き込む父に、慌てて取り繕う。『ちゃんと読めてますよ』と言わんばかりに書いてある文字を上から順に声に出して読んでいくと、父は安心したのか食材の準備の続きを始めた。
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