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春
第30話:父の料理_5
しおりを挟む長くなりそうな母の話を前に、私は司を受け取る。縦抱きで抱っこをすると、また眠たそうに目を擦って、私の胸元へ顔を埋めてきた。機嫌は悪くなさそうだ。眠たくて仕方なくてすこぶる機嫌が悪いと、ふにゃふにゃと泣き出したと思ったら、酷く大きな声で叫ぶように泣いてしまう。そして全然泣き止まない。本当に泣き止まない。抱っこをしていれば幾分か控えめだが、布団へ寝かせることはできない。癇癪を起こしたかのように、パワーアップしてしまうから。
「んー、司、もう眠たいね」
「私じゃあイヤイヤするのよねぇ。ホラ、司君、ばぁばですよー」
母は両手を伸ばしてみたが、司は一切見ようとしない。仕方なく私の背後に母は回ってきたが、司は母を見る気はないようだった。
「司君! ばぁばですよ! ホラホラ、抱っこしようねぇ。ねぇ司くーん」
「司もう眠いんだって」
「わかってるわよ。司くーん! ばぁばが抱っこしてあげるわよぉ。ホラホラ、おいでねぇ?」
「……放っておいてあげたら? 今はそういう気分じゃないんでしょ。ばぁばの抱っこじゃないって」
「寝たら抱っこできないんだから。泣いてたって起きてる間に抱っこしたいじゃない? ……あら、中々こっち向いてくれないわねぇ……。ほぅら、ばぁばですよー!」
「……しつこいから嫌なんじゃないの? 私が今抱っこしてるから、ここで寝たいんだって」
「何でよ! そんなことないでしょう⁉︎ ホラホラ! 司くーん! こっち、こっち!」
「寝かせられないんだからちょっと静かにしててよ! いつもそうやって抱っこしたがるけど、結局泣き止まなかったらすぐ渡してくるじゃん! 今寝るなら寝かせたいの! 余計に泣かせたくないの!」
私の言いぶんに少しムッとした表情を見せたが、変わらない司の反応に諦めたのか、出していた手を引っ込めて、母は空いているダイニングテーブルの席へとついた。ダイニングテーブルは六席。今日は、私の隣に俊君、その隣に雪が座って、雪の向かいがコウ、その隣に母で、私の正面、母の隣に父が来るような形で座ってもらっている。
知らない人の隣は嫌がるかと思ったが、元々私、俊君、雪に父が来た時に既に座っていたからか、何も言うことはなかった。雪が『ゆきはコウくんの前の席が良い!』と言ってきかなかったのも大きいかもしれないが。
「はい司、もうねんねしようね? 眠たいねぇ」
背中をトントンと叩きながら、身体を横にゆらゆらと揺らす。限界が近かったのか、司は『うぅうぅ』言いながら、すぐに寝てしまった。私は目を覚まさないようにと、そのまま抱っこし続けて、俊君が作ってくれていたフルーツティーが運ばれてくる頃に、司をバウンサーへと寝かせた。
(……よかった、そのまま眠ってくれそう)
司は起きることなく、私の手を離れて行った。
ダイニングテーブルには、フルーツティーの入ったガラスポットが置かれている。私が席に着くと、俊君が氷の入ったグラスへと注いでくれた。流れる紅茶は、瑞々しい果物の良い匂いがする。氷がパキパキと音を立てて崩れ、熱々の紅茶を冷やしていき、濃い目に淹れられていた紅茶は、幾つかの氷を残して薄まると、綺麗な色のミントによって着飾られ、コースターの上を陣取って私の目の前へとサーブされた。
「シロップどうする?」
「……蜂蜜入れておけば良かった」
「好き嫌いあるからなぁ」
「ガムシロップ、ひとつもらおうかな」
「はいはい」
用意してあったガムシロップが、グラスの隣に置かれた。そして、俊君は私のときと同じようにアイスフルーツティーを作るとコースターの上に載せて、な二も言わずに大きいほうのガムシロップ二個と一緒に、父の前に置いた。
「……あら、そのサイズふたつは多くないかしら?」
「え?」
「ガムシロ、ふたつ使われるんですか?」
「えぇ」
「とっしー君、良くわかったわね?」
(もうやだ! 何かこんなのばっかり!)
私自身は、甘味料無し、ミルク入りが好きではあるが、それでも甘味料を入れたり入れなかったりする。だから、俊君は私に使うかどうか聞いたのだろう。だが父は、毎回甘味料を入れていた。だから、俊君は聞かずに甘党の父に適正と思われる個数を目の前に置いたに違いない。
思わず俊君の顔を見る。一瞬『どうしたの?』と言いたげな表情をしていたが、私の視線が父のガムシロップに移ると、自分が何の気なしに取った行動が、母の目に留まっていることに気が付いたようで『やばい』と言いたげな表情へと変わった。
「紅茶は甘いほうが好きでして」
「ちょっと、入れ過ぎじゃないかしら?」
「きっと、気を遣って二個置いてくれたんだと思います。ホラあの、追加って、言いにくいんじゃないかと」
「あら、そうなの。ごめんなさいね、何だか邪魔したみたいで……」
「いえいえ。……じゃあ、遠慮無くいただきます」
ガムシロップの量を考慮して、少し少な目に入れられたフルーツティーに、それでも控えめに大きなガムシロップをひとつ入れると、クルクルとマドラーでかき混ぜて、父は美味しそうに飲み始めた。
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