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春
第29話:父の料理_4
しおりを挟むあぁ、やってしまった……。そう思いながら、愛想笑いで『そうだね』と、招かれたダイニングテーブルへ向かう。父も困った顔をして、私のほうを見ていた。顔を見合わせて、仕方なしに席へ着く。折を見てキッチンへ父を帰さないと、モロに顔を見てしまうから厳しい。だって、休憩に飲み物はつきもので、それを飲むためにはマスクを外すことになる。
「美代、何飲む?」
「あ、じゃあアイスティーお願いできる? 牛乳もほしいな。ミルクティーにするや」
「はいはい。……えっと、宮内さんはどうされますか?」
「……それじゃあ、同じものをお願いします」
「わかりました。……ちょっと、待っててね」
ニコッと笑って俊君は私と入れ替わりでキッチンへと向かった。こういう時、進んで手伝ってくれるのは本当にありがたい。いつも感謝している。
「……あ、そういえば、フルーツティーできるけど。モモとリンゴ、オレンジにキウイ。イチゴとブルーベリーも買ったんじゃなかった? 普通に食べてもいいけど、どうする?」
「飲みたい! ……それ用に果物買ったの忘れてたわ……私が飲みたくて買ったのに……」
「俺もすっかり忘れてた。デザートで出してもいいけどね。折角なら、フルーツティーがいいかなって思っただけ。思い立たないと中々作らないしね。宮内さんはどうしますか? ミルクティー飲みます?」
「同じものをいただくのは、贅沢ではないかな?」
「全然。なぁ、美代?」
「うん、そうだ……そうですよ。ひとりで飲むには量も多いだろうし、嫌いでなければ」
「じゃあ私もいただこうかな」
「残った果物は、グラニュー糖少しまぶしておやつで良い? ……あんまり残らないかも。その時は雪優先かな」
「お願い!」
「ミルクティーより時間かかる、ちょっと待っててね」
私何かより、ずっとずっと気が利くと思う。
俊君が飲み物を用意してくれている間、私は自分で焼いたクッキーに手を付けた。外側と裏側が少し焦げてしまって、ほんのりと苦みを感じる。いつも、均一に焼けない。端っこや裏が焦げているのも、手作りの良さだと思っているが、可能なら一度くらい綺麗に焼いてみたいものだ。お店みたいな焼き加減で、綺麗な焼き色になった自家製クッキーを見てみたい。
抹茶、チョコチップ、プレーン、紅茶、ココア、マーブル、自分の好みと雪でも食べ易い味を選んで、今日のために沢山焼いた。焼き上がりは思いの外お皿に山盛りになってしまったが、みんなで食べてしまえばなんということは無い。
(……なんてことだ。会話が続かない……)
ただサクサクとクッキーを齧る音が響く。話題を何も考えていなかった。母は司と遊んでいるし、雪はコウに遊んでもらっている。今ダイニングテーブルについているのは、私とお父さんのふたりだった。
(どうしようかな……何か喋ったほうが良いよね……?)
何も会話のネタが思いつかない。こういう時、会話の引き出しが多い人は尊敬する。ネタを増やすためにもっと勉強すればよかった、知識を増やせばよかったと、突然の反省会になってしまった。
「……美味しくできると良いですね? 丁寧に作られてましたし」
その空気を察したのか、父が話しかけてくれた。
「そ、そうですね! ……角煮、な香菜か作れないでいたんですよ。……思った通りの味にならないというか……好きな味にほど遠いというか……」
「今日は、少しでも近付けると良いですね」
「そう思います。でも、今日は絶対に大丈夫だと思うんですよね! しっかり教えてもらいましたし、逃さずレシピ通りに作りましたし!」
……近付くに決まっている。なんせ、父本人にレシピを教えてもらって、父に作ってもらっているのだから。このレシピがあれば、これからもきっと父の味を再現できるだろう。百パーセントの自信はないから、自分で納得するまで父に味見をしてもらいたいが。残りの期間で、何回作れば良いのだろう。
父は笑っていた。やっぱりくしゃっと目元にシワがよる笑顔は、マスクで口元が見えなくても昔の父そのものだ。生前の父の姿が今の父の背後にあって、一緒に笑っているような気がした。
「紅茶、良い匂いがしますね」
「果物の香りと、紅茶の香りが良いですよね」
「美代は本当に果物と紅茶が好きねぇ」
母が眠たそうに目を擦る司を抱っこして、私の元にやってきた。
「美味しいじゃん?」
「お母さん、あんまり果物好きじゃないから。紅茶もそんなには飲まないし」
「知ってる」
「お父さんは、果物好きだったんだけどねぇ。紅茶もだけどね、朝はいつも紅茶で。デザートは果物でね。死ぬ前も、イチゴだけは食べてたよ。他のものは食べなくてもね。好きなものはずっと好きなのね」
「……その話、前も聞いた」
「いいじゃない、何回話したって」
母はいつも同じ話をする。本人は話していないと思って話をしていると思っているが、父のことに関してはもう故意なのではないかと思ってしまうくらいに多い。
「それに、お父さんはね……」
まだ父の話を続ける母に、父は伏し目がちに笑っていた。
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