最初で最後のサヨナラを。

三嶋トウカ

文字の大きさ
29 / 37

第29話:父の料理_4

しおりを挟む

 あぁ、やってしまった……。そう思いながら、愛想笑いで『そうだね』と、招かれたダイニングテーブルへ向かう。父も困った顔をして、私のほうを見ていた。顔を見合わせて、仕方なしに席へ着く。折を見てキッチンへ父を帰さないと、モロに顔を見てしまうから厳しい。だって、休憩に飲み物はつきもので、それを飲むためにはマスクを外すことになる。

「美代、何飲む?」
「あ、じゃあアイスティーお願いできる? 牛乳もほしいな。ミルクティーにするや」
「はいはい。……えっと、宮内さんはどうされますか?」
「……それじゃあ、同じものをお願いします」
「わかりました。……ちょっと、待っててね」

 ニコッと笑って俊君は私と入れ替わりでキッチンへと向かった。こういう時、進んで手伝ってくれるのは本当にありがたい。いつも感謝している。

「……あ、そういえば、フルーツティーできるけど。モモとリンゴ、オレンジにキウイ。イチゴとブルーベリーも買ったんじゃなかった? 普通に食べてもいいけど、どうする?」
「飲みたい! ……それ用に果物買ったの忘れてたわ……私が飲みたくて買ったのに……」
「俺もすっかり忘れてた。デザートで出してもいいけどね。折角なら、フルーツティーがいいかなって思っただけ。思い立たないと中々作らないしね。宮内さんはどうしますか? ミルクティー飲みます?」
「同じものをいただくのは、贅沢ではないかな?」
「全然。なぁ、美代?」
「うん、そうだ……そうですよ。ひとりで飲むには量も多いだろうし、嫌いでなければ」
「じゃあ私もいただこうかな」
「残った果物は、グラニュー糖少しまぶしておやつで良い? ……あんまり残らないかも。その時は雪優先かな」
「お願い!」
「ミルクティーより時間かかる、ちょっと待っててね」

 私何かより、ずっとずっと気が利くと思う。

 俊君が飲み物を用意してくれている間、私は自分で焼いたクッキーに手を付けた。外側と裏側が少し焦げてしまって、ほんのりと苦みを感じる。いつも、均一に焼けない。端っこや裏が焦げているのも、手作りの良さだと思っているが、可能なら一度くらい綺麗に焼いてみたいものだ。お店みたいな焼き加減で、綺麗な焼き色になった自家製クッキーを見てみたい。
 抹茶、チョコチップ、プレーン、紅茶、ココア、マーブル、自分の好みと雪でも食べ易い味を選んで、今日のために沢山焼いた。焼き上がりは思いの外お皿に山盛りになってしまったが、みんなで食べてしまえばなんということは無い。

(……なんてことだ。会話が続かない……)

 ただサクサクとクッキーを齧る音が響く。話題を何も考えていなかった。母は司と遊んでいるし、雪はコウに遊んでもらっている。今ダイニングテーブルについているのは、私とお父さんのふたりだった。

(どうしようかな……何か喋ったほうが良いよね……?)

 何も会話のネタが思いつかない。こういう時、会話の引き出しが多い人は尊敬する。ネタを増やすためにもっと勉強すればよかった、知識を増やせばよかったと、突然の反省会になってしまった。

「……美味しくできると良いですね? 丁寧に作られてましたし」

 その空気を察したのか、父が話しかけてくれた。

「そ、そうですね! ……角煮、な香菜か作れないでいたんですよ。……思った通りの味にならないというか……好きな味にほど遠いというか……」
「今日は、少しでも近付けると良いですね」
「そう思います。でも、今日は絶対に大丈夫だと思うんですよね! しっかり教えてもらいましたし、逃さずレシピ通りに作りましたし!」

 ……近付くに決まっている。なんせ、父本人にレシピを教えてもらって、父に作ってもらっているのだから。このレシピがあれば、これからもきっと父の味を再現できるだろう。百パーセントの自信はないから、自分で納得するまで父に味見をしてもらいたいが。残りの期間で、何回作れば良いのだろう。

 父は笑っていた。やっぱりくしゃっと目元にシワがよる笑顔は、マスクで口元が見えなくても昔の父そのものだ。生前の父の姿が今の父の背後にあって、一緒に笑っているような気がした。

「紅茶、良い匂いがしますね」
「果物の香りと、紅茶の香りが良いですよね」
「美代は本当に果物と紅茶が好きねぇ」

 母が眠たそうに目を擦る司を抱っこして、私の元にやってきた。

「美味しいじゃん?」
「お母さん、あんまり果物好きじゃないから。紅茶もそんなには飲まないし」
「知ってる」
「お父さんは、果物好きだったんだけどねぇ。紅茶もだけどね、朝はいつも紅茶で。デザートは果物でね。死ぬ前も、イチゴだけは食べてたよ。他のものは食べなくてもね。好きなものはずっと好きなのね」
「……その話、前も聞いた」
「いいじゃない、何回話したって」

 母はいつも同じ話をする。本人は話していないと思って話をしていると思っているが、父のことに関してはもう故意なのではないかと思ってしまうくらいに多い。

「それに、お父さんはね……」

 まだ父の話を続ける母に、父は伏し目がちに笑っていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

あなたの隣は私ではないけれど、それでも好きでいてもいいですか、レオナルド様

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢エリアーナには、三年間ずっと抱えてきた秘密がある。 婚約者であるヴァルフォード公爵・レオナルドへの、誰にも言えない恋心だ。 しかし彼の隣にいるのは、いつも幼馴染の伯爵令嬢・ソフィア。 儚げな笑顔と上目遣いで男性を虜にするあざとい彼女に、レオナルドも例外ではないようで—— 「レオ、私のこと嫌いにならないでね?」 「……そんなことにはならない」 また始まった二人の世界。

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
【3月中――完結!】 積み上がった伏線の回収目前!! 夫にも子どもにも、私は選ばれなかった。 長年の裏切りを抱え、離縁状を置いて家を出た――。 待っていたのは、凍てつく絶望。 けれど同時に、それは残酷な運命の扉が開く瞬間でもあった。 「夫は愛人と生きればいい。  今さら縋られても、裏切ったあなたを許す力など残っていない」 それでも私は誓う―― 「子どもたちの心だけは、必ず取り戻す」 歪で、完全な幸福――それとも、破滅。 “石”に翻弄された者たちの、狂おしい物語。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

【完結】どうか私を思い出さないで

miniko
恋愛
コーデリアとアルバートは相思相愛の婚約者同士だった。 一年後には学園を卒業し、正式に婚姻を結ぶはずだったのだが……。 ある事件が原因で、二人を取り巻く状況が大きく変化してしまう。 コーデリアはアルバートの足手まといになりたくなくて、身を切る思いで別れを決意した。 「貴方に触れるのは、きっとこれが最後になるのね」 それなのに、運命は二人を再び引き寄せる。 「たとえ記憶を失ったとしても、きっと僕は、何度でも君に恋をする」

熱い風の果てへ

朝陽ゆりね
ライト文芸
沙良は母が遺した絵を求めてエジプトにやってきた。 カルナック神殿で一服中に池に落ちてしまう。 必死で泳いで這い上がるが、なんだか周囲の様子がおかしい。 そこで出会った青年は自らの名をラムセスと名乗る。 まさか―― そのまさかは的中する。 ここは第18王朝末期の古代エジプトだった。 ※本作はすでに販売終了した作品を改稿したものです。

あなたの片想いを聞いてしまった夜

柴田はつみ
恋愛
「『好きな人がいる』——その一言で、私の世界は音を失った。」 公爵令嬢リリアーヌの初恋は、隣家の若き公爵アレクシスだった。 政務や領地行事で顔を合わせるたび、言葉少なな彼の沈黙さえ、彼女には優しさに聞こえた。——毎日会える。それだけで十分幸せだと信じていた。 しかしある日、回廊の陰で聞いてしまう。 「好きな人がいる。……片想いなんだ」 名前は出ない。だから、リリアーヌの胸は残酷に結論を作る。自分ではないのだ、と。

さようなら、お別れしましょう

椿蛍
恋愛
「紹介しよう。新しい妻だ」――夫が『新しい妻』を連れてきた。  妻に新しいも古いもありますか?  愛人を通り越して、突然、夫が連れてきたのは『妻』!?  私に興味のない夫は、邪魔な私を遠ざけた。  ――つまり、別居。 夫と父に命を握られた【契約】で縛られた政略結婚。  ――あなたにお礼を言いますわ。 【契約】を無効にする方法を探し出し、夫と父から自由になってみせる! ※他サイトにも掲載しております。 ※表紙はお借りしたものです。

処理中です...