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春
第34話:懐かしい味_2
しおりを挟む「……は?」
母の顔がみるみるうちに険しくなる。
「……何、言ってるの? これ、美代が作ったんでしょう?」
「ううん、そうじゃなくて……お父さんに作ってもらったの」
「意味がわからないわ。そこの先生に教えていただいて、レシピももらってあなたが作ったんでしょう? 変なこと言わないでよ、まったく……いやね、面白くない冗談だわ」
これはあまりよくない兆候だ。しかし、諦めるわけにはいかない。
「あのね、私は確かにキッチンに居た。でも、作ったのはお父さんなの」
「お父さんなわけないじゃない。何言ってるの? ……あぁ、実は本物のお父さんのレシピ、美代が生前もらっていたの? それで作ったの?」
「違うよ」
「じゃあ何? 私が知らなかっただけで、お父さんが、あの人の料理教室で料理を習っていたの?」
「……それも違う」
私の言葉に、苛立っているのが手に取るようにわかる。
「何なのさっきから! ……じゃあ、なんだって言うのよ!」
「だから! お父さんが作ったって言ってるじゃん」
「そんなわけないじゃない! 当たり前のこと言わないでよ‼︎」
母の口調が強くなる。その口調に反して、私の口を調はどんどんと弱くなっていった。どちらかというと、感情的でヒステリックになる母の怒り方は昔から苦手だった。こちらの話を聞いてくれず、自分の意見だけ告げてそのまま話を終わらせるから。
(こうなる気はしていたけど……ここで終わらせるわけにはいかないのよ……)
今日は、私も母と対等に話ができなければならない。感情的にならぬよう、できるだけ落ち着き言葉を選んで母に話しかけた。
「お母さん、オカルト的な、霊的な話、嫌いじゃないよね?」
「はぁ? 突然何言ってるの?」
「いきなりごめん、でも、答えてほしい」
「……はぁ、嫌いじゃないわよ。でも、そんなのフィクションの世界でしょう?」
……そうだった。母はその手の話は好きだが、私が昔視えた話をした時は、全部聞いたうえで『気のせいだ』と笑い飛ばしていたっけ。
母がイライラしているのはよくわかる。突然こんなことを言われたら、そりゃあ『うんうん、そうなんだ。それで?』なんてとてもじゃないが言えないだろう。私なんかより長い間一緒に居て、自分がずっと愛してきた人間のことなのだから。
「お母さんは、お父さんに会いたくない?」
「会いたいわよ。何なら、今すぐにだって会いたいわよ」
母の声が少し濁った。伏目がちに身体を小さく震わせる母を見て『もしかして酷いことをしてしまったのでは?』と胸が痛んだ。しかし、ここまで来て、せっかく作った時間を残して、終わることなんてできない。
「ねぇ、お母さん。お父さん、神様から身体を借りて会いに来てくれた、って言ったら、どうする?」
「……そんなことあるわけないじゃない!」
「そう思うかもしれないけど、実はね」
私は必死に話を続けようとした。
「美代、お父さんのことも、お母さんのことも馬鹿にしてるの⁉︎」
「違う! そんなんじゃ」
「お母さんがどんな思いでこの一年を過ごしたかわかってないのね。あんたって子は……」
「そうじゃない! 話を聞いて!」
母につられて、私も声が大きくなる。もう、余裕なんかなかった。
「お父さんがいるわけないじゃない!」
「いるの! 目の前! 死ぬ前の身体を借りて、お父さんここにいるの!」
叫ぶように父の存在を知らせると、母はビックリした顔をしてキッチンのほうを見た。――当たっている。母の知らない人は、キッチンにいる。
「おか……」
母と目のあった父は、マスクを外しながら母を呼ぼうとした。
「……いい加減にしなさい、美代」
父が話そうとするのを遮って、母は静かにそう言った。
「神様がいたら、どうしてお父さんのことこんなに早く連れて行っちゃったのよ! まだまだこれからだったのよ? 仕事を定年退職して、そしたら大学に通って……。長い休みは一緒に旅行へ行って。まだまだよ、まだまだ、これからだったのに……。何で病気にしちゃったのよ……何で死なせちゃったのよ‼︎ 何で私を置いていっちゃったのよ‼︎」
あまりの剣幕に、誰も何も言えないでいる。こんなに怒る母を見るのは久しぶりだ。大人になってからはなかったと思う。
だが、母には悪いが、ここまで来て引き下がれないのだ。そりゃあ、聞けるものなら私だって聞きたい。なぜ父を連れて行ってしまったのか。神様に。
「私はいたってまともだよ」
今の母から見たら、私は酷い娘だろう。でも、言葉を続けた。
「お父さんなの」
「死んだ人間が戻るわけないの。これ以上、お父さんのことを侮辱するような真似はしないで」
「侮辱なんかしてない! ……そう思うなら、最後まで聞いてよ」
「……はぁ、もう帰るわ」
母は席を立とうと、テーブルに手をかけた。
「……かーちゃん、待ってよ。姉ちゃんの話、聞いてやってよ」
「コウ⁉︎ あんたまでおかしなこと言い出すの⁉︎」
「お義母さん、僕からもお願いします」
「とっしー君? 何なのよ一体みんなして……」
「ばぁば、じぃじにあいたいんだよね? よかったね! いま、あってるじゃん!」
「……雪ちゃん……?」
雪の言葉に、今度は目を丸くする。まさか、こんな幼い子どもまでが、私たちと同じ主張をするとは思っていなったのだろう。
「じぃじのつくったかくに、ゆきもたべたいなぁ。じぃじ、いまもりょうりじょうずなんだね! ねぇ、じぃじ!」
ニコニコと笑いながら、雪は父の元へと駆け寄っていき、その手を握って隣に立った。
「……嘘、でしょう……?」
そう言うと、母はヘナヘナとその場に座り込んだ。
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