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春
第37話:懐かしい味_5
しおりを挟む次の休み、早速私は実家へ向かった。手書きレシピを母に見せる為に。自ら連絡は入れなかった。申し訳なかったが、コウにお願いして、私が休みに行くことを伝えてもらった。正直、何の為に行くかは伝えたくなかったが、また不意打ちを食らわせて機嫌を損ねては、私が勘当されるかもしれない。それは避けたかったから『見せたいものがある』ということは、伝えておいてもらった。
リビングに通され、無言のまま座る。ちょっとでも状況をよくするべく、買ってきたケーキはテーブルの上に箱ごと乗ったままだ。
「……おはよ、お母さん」
「……うん」
「今日、いい天気だね。陽が照ると、暑いくらいなんだもん」
「……そうね」
「好きなケーキ、売ってたよ。朝行ったのに、あのお店すごく人気だよね。行列できてたし、ケーキが追い付いてなかったもん」
「そう」
会話が続かない。それもそうだ。母はそっぽを向いていた。バツの悪そうに、目は合わせない。……理由はもちろんわかっている。私だって正直気まずい。
何とか本題へ入る前に、話を広げて機嫌を取ろうとしてみた。が、どうも上手くいかない。
(うーん。やっぱりダメなのかな。話すこと自体諦めるつもりはないけど、このままだと沈黙が続いてそれはそれで気まずいよね)
私は仕方なく、このまま本題へ入ることにした。流石に、何も話せないまま、すごすごと退散することだけは避けたい。
「……あのね、見せたい、ものがあって来たの」
「……見せたいものがあるのは聞いてる」
「……それが何かは?」
「……聞いてない」
お互い、言葉の喋り出しに時間が掛かっていた。しかし、こうして話ができているだけマシだ。そのうち、無言でこちらを見るコウと目があった。その手には、父の日記がある。私がお願いしていたものだ。『レシピの筆跡が同じ物だとわかるように、何か父の書いた物を出しておいて欲しい』と。
(ありがと、コウ……)
「で、何なの? またお父さんを馬鹿にするようなことだったら、お母さん怒るから」
「……そんなつもりはないし、そんなことはしない。ただ、これを見て欲しいだけ」
手帳に挟んだ封筒を取り出して、中にしまってあったレシピをテーブルに開いた。
「何、これ」
「レシピだよ。お父さんの角煮のレシピ」
「それが、何なの?」
「コウ、その日記帳、どこでも良いから開いてくれる?」
「あぁ」
私のお願い通り、コウは適当なページを開くと、レシピの隣に置いた。
「同じ字、じゃない? 漢字の崩し方も、ひらがなの癖も、数字の書き方も。レシピと、この日記と」
「……」
無言でジッとレシピを見つめる母に、私は縋るような思いでそう伝えた。
(……これでダメだったら、もう諦めるしかない)
どれくらい、母はレシピを眺めていただろうか。その目は左から右、上から下に動いていて、何度も何度も往復していた。それに併せて、頭も動いている。きっと、じっくりと読んでいるのだろう。
「……日記を見なくてもわかるわ。これは、お父さんの字ね」
「そう! でしょう!? だから……」
「でも、これはお父さんが死ぬ前に、あんたがもらってたかもしれないじゃない」
そう言い切って、母はレシピを見ることを止めた。間違いなくイライラしている。だが、ここで引き下がるわけにはいかない。
「……違うよ」
母の目の前にあったレシピの書かれたメモを、ひっくり返した。
「見て、ここ。豚の角煮ってレシピの名前と一緒に、日付が入ってるでしょ? ……この日付、この間ウチに来た時の日付だよね? ……この数字も、お父さんの字だよね?」
ぼんやりとその数字を見ていた母が、一瞬驚いた顔をした。が、またすぐに戻る。
「こんなのさ、予想で書けないじゃん? それに、私はお父さんのレシピは何一つ知らなかった。この間、お父さんが書いてくれたの。家で作る角煮のレシピをね。せっかくお父さんの書いてくれたレシピに、そんな嘘吐く為に落書きしたら、それこそ冒涜だと思ってるよ。大事なお父さんの遺したレシピに、私はそんなことしたくないよ」
祈るような思いで気持ちをぶつけた。これで駄目なら、もう諦めるしかない。
「……聞いたのよ、コウから」
「……え?」
「あの人――お父さんのこと。あんたがお父さんと会ったって話も」
「……そう、だったの」
そう言って、私は俯いた。ただ、母の次の言葉を待つ。
「コウまで変なこと言い出したと思ったわ。頭がおかしくなったんじゃないかって」
「……だよね」
「でも、コウは真面目な顔をして話してくれた。……あんたも、あの時真面目に話してくれたのよね」
――母は、泣いていた。
「……会いたいわよ、会いたかったわよお父さんに。何であんなに呆気なく逝っちゃったのって、文句の一つも言ってやりたかった。死ぬのが早過ぎるって一言言いたかった。……苦しくなかったか、辛くなかったか、心残りはなかったか。……お父さんの人生、幸せだったか」
泣きながら話す母に、私は何も言えないでいた。
「……聞いても良いの? あの人に……」
「……良いんじゃないかな」
母は頷くと、また静かに泣いた。
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