最初で最後のサヨナラを。

三嶋トウカ

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第36話:懐かしい味_4

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 数日が経ち、あの日のことは誰も喋らないでいた。俊君も雪も、言ってはいけないと思ったのだろう。――少なくとも、私はそう思っていた。

 子どもに気を遣わせるなんて最低だ。最低な親だ。でも『この間はごめんね』と、雪に言えなかった。その日は謝ったが、まだ尾を引いている気がしていた。子どもながらに雪は頑張ってくれて、自分なりに考えていたのに。その思いを踏み躙ってしまった。

 母はきっと、あのまま父の存在を拒絶する。そうするとつまり、父だと理解してもらうことはもう不可能だということだ。先日まで、ウキウキと母と父が再会してまた昔のように喋ることを想像していたのに、今はそんな姿は一切想像出来なかった。

(……あぁ……みんなに悪いことしちゃったな……)

 考えたって覆るわけでもないのに、私はずっとそのことばかり考えていた。

 ――ヴーヴヴ――ヴーヴヴ。

「……あ、コウ」

 スマホに目をやると、kiccaの通知だった。相手はコウだ。

「何だろ……」

 珍しくコウから届いたメッセージを開く。

『かーさん、一応落ち着いたと思う。だけど、親父に今会わせるのは難しい。でも、もう一押し? 確実な一手があれば、いけるかもしれない。かーさんの神経を逆撫でせず、信じさせるようなものない? あ、俺の時みたいに、二人しか知らないこと、親父しか知らなさそうなかーさんの話をするのは無理だと思う。二人きりになるのは、今の段階では無理』
「……コウ、頑張ってくれたんだ……」

 私から母には、何も連絡できないでいた。気まずいのもあったが、今自分が連絡したら、それも拒否されるのではと思ったら、安易に連絡はできなかった。
 コウはコウなりに、父と母のことを考え、説得できるように動いてくれたのだろう。そういうことは、あまり得意ではないと思っていたが、そんなことはなかったのだ。

「……何かあるかな……」

 私は必死で考えた。コウの言う『母の神経を逆撫でせず、信じさせるようなもの』が見つかれば、もう一度チャンスが巡ってくるかもしれないというのなら。今はそれに賭けるしかない。

(このまま終わってほしくないんだもん……。せっかく、せっかく父がいるのに、一番会いたかったはずの母が会えないだなんて……)

 私は諦めたくなかった。父だってきっと、あんな状態で終わりたくないはずだ。あんな、否定された状態で。

「何か、何か……。えーっと、父だと判るもの、目に見えて、これはもう父のものでしかないと理解できるモノ……」

 父に会ってから今日までの出来事を思い返す。その中に、絶対にヒントがあるはずだ。

「kiccaはダメ、本人とやりとりしてるかなんてわからないし。そもそも、生前はスマホなんて使ってなかったし。……二人きりの会話もダメ、この間の料理もダメ……。あぁもう‼︎ 何か何か……。私が何か証明できるもの……もっとお父さんと会っておけば良かった‼︎ そんなわかり易いもの、お父さんからもらったわけでもないし……あぁっ⁉︎」

 ――あるではないか。一つだけ。母どころか、私でもこれを見れば父だとわかるものが。

「ある! あるよコウ!」

 私は興奮気味に、コウにメッセージを返した。

「このあいだお父さんが角煮作ってくれた時、もらったの! お父さん直筆のレシピ! これなら絶対、お母さん『お父さんが書いた』ってわかってくれるよ! だって、レシピには隠し味も載ってるし、この間はこのレシピで角煮を作ったんだから。お父さんの味に、お父さんの筆跡。しかも、どう見たって新しい!」

 すっかり忘れていた。そうだ。あるじゃあないか。立派な物が。父の書いたレシピ。崩した書き方に癖のある、この間の角煮のレシピを書いたメモだ。

 私でさえ懐かしいと思えた文字だ。母ならきっとすぐに気が付くだろう。――もし、気が付かなかったとしても、まだ実家には、父が書いた日記帳や、何かしらの説明を書いた紙、アルバムに挟まれた一言メモも残っている。
 もし、文字を見ても一緒だとわからないのなら、それらをまとめて提示すれば良い。嫌でも同じ人が書いたと気が付くはずだ。

 ――いや、初めから一緒に提示してしまえば良いのだ。そのほうが良い。段階を踏むよりも、短期集中のほうが母にはあっているだろう。それに、後がない。また時間をとってダメになったら、それこそ今度こそ本当に終わる。

 私は急いでコウにレシピメモのことを伝えた。コウからの返信も早く、そこには『良い案。すぐに見せよう』と書かれていた。

(もしかしたら、会わせられるかもしれない……!)

 私は大事にしまってあったレシピを封筒に入れると、普段使っている手帳へと挟み込んだ。いつも鞄に入れている手帳なら、母に会いに行く時も手元にある。忘れていくことはない。

 何とかこの最後のチャンスに賭けたかった。これを逃してしまったら、父が成仏するまで会えないかもしれない。……正確には、母は父がこの世にいると知らないまま、父はあの世へ本当に行ってしまう。別れも言わないまま、何も知らないまま。
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