最初で最後のサヨナラを。

三嶋トウカ

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第6話:少しだけ耳を傾けて_2

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 「そうだなぁ……」

 いざ質問をしようとすると上手く出てこない。自分もよく覚えていることは、やはり最近のことが圧倒的に多いのだ。だが、私が子どもの時のことのほうが、信憑性も増すような気がした。

「お父さんが一緒に来てくれた、幼稚園の参観日。何をしたっけ?」
「幼稚園か、懐かしいなぁ。……そうだな、おとうさんが行ったのは、確かお絵描きだったぞ。父の日の……じゃなかったかな。お父さんの似顔絵、描いてくれただろう?」
「……うん、正解」

 当たりだ。父のきた参観日は、みんなでお父さんの絵を描いた。全くその通りで父の日の絵だ。私の描いた父の絵は、大人になるまでリビングに飾られていた。恥ずかしい気持ちだったが、子どもが生まれた今、飾っていた親の気持ちはよくわかる。

「美代は泣き虫だったからなぁ。よく泣いて登園を嫌がっては、お母さん困らせてたもんな」
「ちょっと! 余計なこと言わないでよ!」

 思わず身内に喋るような言葉が出る。

「ごめんごめん、懐かしくて、つい」

 否定は出来なかった。私は泣き虫で、なぜかあの時、幼稚園に行くのが嫌だった。その理由は大人になってからわかって、なんてことはない。母と別れることが寂しくて嫌だったのだ。弟が生まれ、母を盗られたような気持ちになっていた私は、少しでも長く、母と一緒にいたかった。だから、幼稚園に行きたくなかった。今ならよくわかる。しかし、母には言わない。恥ずかしいから。

「えーっと、次次! 私の子どものころの夢は?」
「うーん。幼稚園の時はケーキ屋さんじゃあなかったかな? 大きくなってからは、そんな話しなかったからわからんな、ごめんな。あぁでも、小学校低学年の時は、お嫁さんって言ってたな。……夢、叶ったじゃないか」

 自分のことのように、嬉しそうに笑う男性を見て、私は少し泣きそうになった。自分が夢を叶えたこと、その姿を、親に見せることができたかもしれないことを知って。

「私の好きな果物は?」
「みかんだろ? いつも手を橙色にしてた」
「得意科目は?」
「国語の成績は良かったんじゃないか? 色んな小説、好きで読んでいただろう? でも、旅行先でまで本屋に行ってあんなに買うことはないだろう」
「……好きな飲み物は?」
「炭酸ばかり飲んでいたなぁ。……あ。紅茶と抹茶もよく飲んでたな。そこはおとうさんと一緒だ」
「お肉の焼き加減」
「ミディアムレア。母さんは良く焼いたほうが好きだけど。お父さんもレアが好きだから、それもちょっと似ていたな」
「好きな寿司ネタ」
「小さいころは、ブリやサーモンばっかり食べてたけど、大人になってからはどうだ? エビは昔から好きだろ? とくに生のエビが」

 ……これらはとても個人的な話だと思っているし、子どものころを一緒に過ごすか私から聞かない限りわからないことだとも思っている。それをどうして、こんなにスラスラと言ってのけるのだろうか。

「……中学三年生の時の三者面談で、お父さんが担任の先生に怒ったことは?」
「最後の年か、アレは忘れんぞ。あの担任、お前のこと下の名前で呼び捨てにしたからな。『親の前で子どもの名を呼び捨てにするな』って、おとうさん怒った。懇談会が終わってからだけど」

 当たっている。担任は割と年配の男性だったが、何を思ったかその日その時だけ、突然私のことを美代と呼び捨てにしていた。しかも進路がかかっていたからか、普段より口調も強く、キツイ言い方だった。……アレは本当に、何だったのだろうか。普段は【茅】や【茅さん】だったのに。

「じゃあ、最後」
「なんだ、もう終わりか?」
「……うん」
「よしよし」

 父と名乗った男性は、ホッとした顔で私を見た。そして、優しく微笑む。

「……私が、お父さんの亡くなる前日に、お父さんに伝えた大事な話は?」
「そんなので良いのか? おとうさん、絶対間違えないぞ?」
「答えをどうぞ」
「『子どもができた』『雪がお姉ちゃんになる』じゃないか。ちゃんと聞いてるぞって、美代の手を握ったのも、目を合わせたのも、忘れちゃあいないぞ。あんまり声は出なかったけど、あれでも絞り出したんだからな。ちょっとは聞こえただろ?」
「……うん」

 言葉に詰まる。自分で聞いておきながら、実際言葉にされるとあの時のことが蘇ったのだ。

「お姉ちゃんになれたなぁ。良かったなぁ。美代も、よく頑張ったなぁ、辛かったろうに、偉かった」

(――あぁ、駄目だ)

 必死で涙を堪えようとした。でも、駄目だ。目の前にいる赤の他人でいてほしい男性の中身は、父なのだ。
 これだけで信用できるとは言えない。全部正解したが、誰かから聞いたのかもしれないと否定の気持ちを持とうとする。だが、紛れもなく、話しかたも声のトーンも、表情もそもそも見た目全部が亡くなった父であって。でも立場は見ず知らずの男性のはずなのに、もう完全に父にしか見えなかった。

「どうだ? おとうさん合格か?」
「……全問正解だよ。お父、さん……」

 震える声を絞り出す。会いたかった。ずっと、会いたかった。その父が目の前にいる。どうして父の姿をしているのかわからない、だがその中身も変わらない。

「お、とう、さ……あっ……ううぅ……」
「泣くなよ美代」
「だって……だっ……うぐっ……うぅう……」
「信じてもらえて良かった。良いんだ、もし、お父さんじゃないって思ったら、気にせず追い出したり、会わないようにしてくれれば。……嫌な思いをさせたくてきたわけじゃないからな」

 知らぬまに俊君がタオルを持ってきてくれて、それで次々と流れる涙を拭いた。
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