駒扱いの令嬢は王家の駒に絆される

垣崎 奏

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4.第二王子の事情 ◇

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 第二王子であるハンフリー・オルブライトの留学は、ハンフリーが学ぶというよりも、属国に牽制をかける目的のほうが強かった。

 属国は属国同士、オルブライト国とも交易などで良好な関係を保っている。
 大国オルブライトとしては属国の様子を見守り、いざというときには助けを出す姿勢をずっと取ってきたが、ここ数年、属国のひとつが軍備を強化していると、複数の情報筋から届けられるようになった。

 領土外の賊に困っているという話はない。属国同士での戦いか、それともオルブライト国を目当てにした備えなのか。
 事実確認を行い、国政の混乱や軍部の弱体化といったオルブライト国に優位な状況を作り出すことを狙って、ハンフリーが自ら潜入を決めた。

 ハンフリーが自国から連れていった護衛は使用人を兼任したふたりのみで、あくまでも表向きは留学のため、受け入れた属国はそれなりの護衛を用意しなければならない。
 もしハンフリーが刺客に襲われれば、オルブライト国への反逆とみなし兵が向く。それが留学先の王家の知るところでも、現地の同級生のいたずらだとしても、一触即発な状況を招くことに変わりはない。

 火種となり得るハンフリーが、戦争を起こさせない、あるいは開戦を遅らせるために留学へ旅立つ。第二王子として生まれたからこその役目で、国王である父も王太子である兄も、危険な留学を心から望んでいるわけではない。
 それをハンフリーは理解していたし、兄のように欲しい令嬢もいなかったから、婚約者を決めることなく自国を発った。

 ハンフリーが初期を過ごした国は、オルブライト国の意図を知られないために、属国の中でも政治的に穏やかで、軍部を強化し始めた国とは異なる地域だった。
 多少の身分差はあるが農業を軸にしていたこともあり、皆が皆、畑や森の様子を確認し土まみれになり、大らかに笑い合うのが日常だった。その分、ハンフリーは身分を気にせず混ざっていられたし、素直に楽しかった。

 順に、国家としての成長が自国に近い国へ移り、滞在期間も長くなっていった。
 機械化が進み、身分社会になり、労働に従事する者とそれを管理する者に分かれ、男女別、身体の大きさや年齢でも仕事が分かれた。

 ハンフリーは属国をまとめる大国オルブライトの王族であるため、労働に混じることはなく、貴族令息とともに学院へ通った。
 軍部を強化し始めた、属国五ヶ国の中で一番発展している地域で受けた講義は、いかにも自慢するような、大国オルブライトから来たハンフリーに見せつけるような内容が多く、本気でオルブライト国に勝てると考えているらしかった。
 終盤は本当に辟易し、根気強いハンフリーが留学期間を切り上げて帰りたいと思うほどだった。

 学院に通うのが令息のみであることが遅れていると、未だ気付けていない国だ。
 オルブライト国では、さまざまな要因で学院へ通えなくても、自宅で教育を受けられる支援制度がある。少なくとも貴族階級であれば、令嬢も何かしらの教育を受けてデビュタントを迎え、国家運営に微力でも役立ててもらいたい意図がある。
 今後はそういった機会を労働者階級にも広める必要があるが、今は国家間の緊張の高まりもあり、一旦据え置かれている。

 発展した国ほど、管理する側である貴族階級の倫理が課題になっている。きっと、初期に訪れた国も同じ道を歩むのだろう。オルブライト国もそうだった。兄が、熱心に取り組んでいる問題のひとつでもある。

 あえてハンフリーの留学中に結婚し、跡継ぎも儲けた兄の準備があれば、この程度の国家には負けない。

 留学中、貴族女性からの言い寄りや政治を目的とした友人作りには惹かれなかったため、貴族が近づいてきても「勉学や見識のために来たので」と適当にあしらっていた。
 それがむしろよかったのか、特別命を脅かされるようなこともなく、表向きは近い年齢層に混じって異文化を体験しただけだった。

 オルブライト国の国王と王太子は「第二王子に視野を広げて欲しい」と、留学を決定した時に国内へ発表している。
 報告のために隠し通路から王宮へ戻った姿を、他人には見られていないだろう。仮面舞踏会に出席する時と、手筈は同じだ。

 留学中に得た情報からハンフリーが改めて兄に頼まれたのは、属国五ヶ国が同盟を組むのを阻止し、オルブライト国に向けた戦争準備をできる限り遅らせることだった。

 属国内に入り込んだ監視役としての役割は、それなりに果たしたはずだ。現にこの五年間、属国はオルブライト国に手を出せていない。
 留学中のハンフリーが報告しなければ、兄が兵を動かすこともない。ハンフリーに不利な情報は噂程度でも精査し、事が起こる前に処理した。

 属国からすぐに兵を向けられることはないが、五ヶ国が結託していることに違いはなく、ハンフリーが自国へ戻った今、近いうちに戦争は始まるだろう。
 ハンフリーからの情報で確信を持ち、オルブライト国は内部の準備を進めてきた。ハンフリーも、情報を集めつつ属国同士の綻びになり得る種を撒いてきた。
 父と兄なら首尾よく進め、宣戦布告をされる前に、属国を丸め込めるはずだ。


 ◇


 表から帰国してまず案内されたのは、父、つまり国王の執務室だった。ここに入ることは、留学前も滅多になかった。
 宰相と王太子である兄は出入りしているだろうが、よほどの国家危機でない限り、第二王子のハンフリーは立ち入らない部屋だ。少なくともハンフリーは、この部屋をそう扱うことが、自らの役目だと思っていた。

 ノックをし、声を確認してから扉を開ける。一歩入って、護衛のふたりとともに膝をつく。

「ご無沙汰しております、父上。ただいま帰還いたしました」
「ハンフリー・オルブライト。よくぞ無事に戻った」

 言葉をもらってから、ソファへ座る。
 膝をつく必要は本来ないが、目の前にいるのは現国王の父と王太子の兄で、同じ王家でも身分が一段異なる。ハンフリーが自ら示す、強制されていないその所作を、咎める人はいない。

「疲れただろう、五年で五ヶ国を回るというのは」
「それほどでは。今回は戦場ではありませんでしたし」

 国家を継承する責務のある国王と王太子が、戦場へ出ることはない。代わりに兵を鼓舞するのは、第二王子であるハンフリーの役目のひとつだ。
 王都付近で起きた賊の暴動や属国からの威嚇には、各領主の軍より国王軍が対処するほうが速いこともあり、ハンフリーが出ることもあったのだ。

 今回の留学も、第二王子としての役回りを正しく遂行しただけだ。報告の後、血縁として対面すれば、父と兄の表情には安堵が見える。

「帰国祝いの夜会は明後日だが、問題ないか」
「はい、出席いたします」

(特別、出たいわけじゃないけど)

 そう思っていても、口には出さない。
 留学前から、第二王子のハンフリーが戻るたびに、夜会は行われてきた。国内の貴族にオルブライト王家の力を示すためにも、必要な行事だと理解している。
 そこに、ハンフリーの気持ちが伴っているかどうかは関係がない。

「オーブリーが、正装の手配を済ませている」
「兄様の準備であれば間違いないですね。ありがとうございます」
「当然だろう、五年振りだぞ? 楽しみにしていないとでも?」

 微笑みを向けてくる兄オーブリーに、同じような微笑みを返した。
 王家として夜会に出るのは、仕事だ。遊びではなく、ハンフリーは純粋に楽しめたことがなかった。むしろ、嫌な記憶のほうが多い。

「軽い調整は必要だろう。侍従を待機させる」
「レナルドとサミュエルのままではいけませんか」
「解任したくないのだな?」
「はい。希望してもよいのなら、ふたりにはこのまま側に居てほしいです」
「分かった。ふたりもよいな」
「はっ」
「無事にハンフリーを連れ帰ってくれたこと、感謝する。後日褒賞をやる」
「ありがとうございます」

 騎士の礼をふたりが取り、ハンフリーも合わせて執務室を退出しようとしたが、オーブリーに呼び止められた。

「ハンフリー。分かっていると思うが、帰ってきたからには婚約者を決めてもらう」
「……今日のところは失礼します」

 王太子であるオーブリーには、すでに世継ぎの男児が生まれている。オルブライト王家を継承することについての問題は、正しく兄が背負っている。おそらく、近いうちにもうひとりかふたりは、宿すのだろう。
 国王である父が、オーブリーの後にハンフリーを儲けたことも、国家のために万一を考えてのことだ。

(義姉様が、無事に過ごされるといいけど……)

 妊娠や出産は女性にしかできず、いくら男性王族が望んでも、相手の女性がいなければ子は生まれない。母体も子も無事である保証など、どこにもない。
 王太子妃は、留学前に関わっていた限りは好感を持てる人で、兄を支えるに相応しい女性だ。病気などせず、ずっと兄の隣に並び立っていてほしい。

 ハンフリーが第二王子として婚姻を結ぶ意味は、国内貴族との繋がりを深めることにある。
 例えば、オルブライト王家に敵対心を向ける家の令嬢を堕とせば、家ごと懐柔できる可能性すらある。いずれかの属国の王女や公女を迎え入れることは、その出身国が属国の中で優位に立ててしまうため、そもそも選択肢になかった。

 オーブリーを見ていれば分かる。ハンフリーも、見目はいいほうだ。

(はあ……)

 留学前に出席していた夜会同様、たくさんの令嬢に囲まれることになるのだろう。個人的には望んでいないが、婚約者を決めることもひとつ、第二王子として生まれた役目だと言われれば、納得はできた。

(第二王子だから独身でいいと思ってたけど、考えが甘かったな……、そこまで、国内貴族からの支持が安定しているわけでもない)

 間者として手を染める前に、オーブリーのように側に置きたい女性が近くにいれば、結婚観も変わったのかもしれない。
 第二王子として王太子である兄を、そしてオルブライト国を支えるために、裏で情報操作をすると決心した。打ち明けた時、オーブリーからは猛反対を受けた。兄はハンフリーを説得しようとしたが、最後には折れてくれた。

(いろいろ気が重いけど、婚約することもひとつ、兄様を安心させる要素だし……)
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