駒扱いの令嬢は王家の駒に絆される

垣崎 奏

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7.第二王子からの招待 後

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 目が合った第二王子は、夜会で元婚約者を嗜めた時と同じような、ピリッとした鋭い雰囲気をまとっていた。

 王子が先にさっと顔を逸らしたため、オリヴィアは王子の奥に目をやった。見えたのは紋の入っていない馬車で、御者が馬を撫でている。王子と同じ格好をした護衛がふたり、馬車から降り、王子の後ろに並ぶ。

「改めて、ハンフリー・オルブライトだ。プレスコット侯爵、嫡男メイナード。出迎えに感謝する」

 オリヴィアは、よく響く威圧感を持った声に驚くと同時に、父と兄の反応にも驚いた。長く国を空けていた第二王子があえて名乗ったというのに、頭を下げない。

「娘を男に預けるのだからな、当然だろう」
「暗くなる前までには」
「全くもって当然だ」
「では、お手をどうぞ」

 オリヴィアは、急に差し出された第二王子の手へ反射的に片手を乗せ、エスコートされるがまま、ゆっくりと馬車に乗り込んだ。

 王子の態度が以前オリヴィアに向けられたものとは異なっていたことよりも、父と兄の態度に動悸がする。怒られるのではないかと不安が勝って、身体に力が入ってしまう。

「ごめん、戸惑ったよね、さっきの振る舞い。夜会の時と違いすぎて」

 その口調は柔らかく、玄関ホールでの威圧的なものとは正反対だった。
 肩の力を抜けないまま、オリヴィアは隣に座る第二王子の方を向いた。蒼い瞳に鋭さはなく、感じよく微笑んでいる。

 第二王子は、王家として正しく、相手の爵位や年齢、性別などの立場を理解して話しかけているだけだ。夜会での会話を嫌だと感じなかったのは、元婚約者とは違って、きちんと使い分けているのを無意識に感じ取れていたからだろう。

(名前を当てられたもの。当然、出席者を調べられているわ……)

 それに比べ、父と兄は第二王子を前にして礼も取らなかった。王子の希望でオリヴィアと私的に出掛けるとしても、あの態度が王族に対して許されるとは思えない。

「申し訳ありません。あんな不遜な物言いで……」
「えっ……、ああ、侯爵? 確かに礼をされなかったけど……」

 第二王子は父と兄の態度を意にも介していない様子で、穏やかなままだ。不遜な態度を向けられることに慣れているのか、王子に不機嫌さはない。オリヴィアと踊った時のように、馬車に乗ってからの雰囲気は柔らかくあたたかい。

 父と兄は無礼を働かれれば、遠路はるばるやってきた相手を用件すら聞かずに追い返すこともあるらしい。この違いは、やはりその地位と余裕の差なのだろうか。

「僕は気にしないよ。父上とか兄様にやるとまずいと思うけどね。娘を預ける家族は過敏になりがちだし、侯爵には僕を気に入ってもらわないといけないから、あれくらいでちょうどいいよ」

 馬車の中で話す第二王子は、顔や髪型は確かに王子そのものだが、目の鋭さや威圧感は鳴りを潜めている。夜会の時と同じく、優しい眼差しがオリヴィアに向いている。

(今日の色は、綺麗な濃い蒼……。怖くはないけれど、不思議な瞳)

「一応、王族としての顔も持ってるけど、ずっとあの顔でいるのは疲れるんだよ。今のほうが素だし、オリヴィアにはこっちで会ってたい」

(っ……)

 自然に、名前を呼ばれた。いやらしい響きは全くなく、服従させようとする含みも感じられない。頭の中が真っ白になり、オリヴィアは言葉を返せなかった。

「……プレスコット侯爵令嬢様、すみません、自己紹介をさせてください」

 見かねたように、オリヴィアの対面に座る騎士服の男性が口を開いた。
 慌てた第二王子が動き、がたっと馬車が揺れる。オリヴィアは思わず息を止め、さらに身を小さくした。

「そうだ、ごめん、忘れてた。完全に目に入ってなかったよ」
「でしょうね、お邪魔したいわけではないのですが」
「ああ、ごめんね、オリヴィア。揺れたよね、怖かった?」
「いえ……」

 第二王子の大きな手が、肩を撫でてきた。やはり、いやらしさは感じない。むしろ、身体の緊張が解れていく。ゆっくりと、いつもと変わらない呼吸ができるような気がする。

「僕の専属騎士のレナルドだよ。御者の横にはサミュエルも乗ってる。このふたりは頼っていい」
「よろしくお願いいたします。ぜひオリヴィアと」
「かしこまりました、オリヴィア様」

 第二王子付きの期間が長いのだろう。打ち解けた様子で話していても、王子への尊敬があるのは伝わってきた。

「僕とふたりきり……、まあ、護衛はいるけど、ふたりきりの時は堅さを取っていいのに」
「一緒にいらっしゃるのが、殿下なので」
「身分が近くなれば砕けてくれる?」
「……申し訳ありません、どういった意味でしょうか」
「ふふっ、ごめん、気にしないで。そのうち分かるから」

(揶揄われた……?)

 元婚約者にも、ダンスや社交としての会話ができないことを笑われた。学院に行っておらず練習場所もなく事実で、オリヴィアにはどうしようもなかった。

 第二王子も笑ったが、今話さなくても、いずれ知る機会が来ると教えてくれた。そのつもりがなかった元婚約者の言葉とは、異なる。

(でも、王家の方だし、お世辞かも……、きっと、お父様やお兄様よりもずっと、人を操るのが上手いはず)

「ちゃんと招待が届いたみたいで、安心したよ」
「お誘いいただき、ありがとうございます。出発してすぐにお伝えするべきでした。申し訳ございません」
「いいよ、気にしてない。同じルートなら、これからも届くね」
「『これからも』、ですか」
「今日一度きりだと思った? たぶん、僕は君を、まだまだ誘うことになるよ」
「……ご冗談を」
「いや、本気だよ。口約束でいくらでも破れたのに、ちゃんと招待が届いただろう?」

(それは、確かにそうだけれど)

 手紙の原本は見ていないが、父と兄に許された外出である。家族でも元婚約者でもない人と、マーサも連れずに屋敷の外にいる。しかも、一緒にいる相手は、オルブライト国第二王子だ。

(これが現実だなんて、信じられないわ……)
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