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25.調査結果 前 ◇
しおりを挟む湖から帰っても、オリヴィアの手を離さなかった。散歩終わりでも私室に送り届けているためいつも通りだが、今日は部屋の中にまで入った。マーサを退出させ、ドリーも扉の外にいる。
ソファに腰掛けると、不思議そうにハンフリーを見ながら、オリヴィアも座ってくれる。話したいことがあるのは、伝わっている。
「……誕生日に話す内容じゃないけど、きっかけが今日しかないと思った。さっきまでお祝いムードで楽しかったのに、ごめんね」
「いえ」
かしこまった雰囲気なのは、瞳にも現れてしまっているだろう。肝心なところで、目を合わせられない。
オリヴィアはいつも、瞳の揺れに気付いてくれる。手を握り込んで顔を逸らしても、無理に追いかけてくることはない。それが、ハンフリーにとってどれだけありがたいことなのか、きっとオリヴィアは理解していない。
「君の、……家族について、聞きたいと思ったことは?」
「父と兄の現状は、特別知りたくありませんが……」
(尋ね方を、間違ったな……)
オリヴィアが実の父と兄である元侯爵とその息子について、知りたがっているなどと感じたことはない。それでも、オリヴィアの生家の話だ。元辺境伯も含めた聴取で分かった内容を、オリヴィアは知る権利がある。
話さずにハンフリーだけが抱えていることが、辛くなってきた。話したところで、苦しめるだけかもしれないのに。
「……閣下が話したいのでは?」
「うん、そうだね」
(さすが、オリヴィアだ)
やはり、オリヴィアは気付くのだ。ハンフリーが何かを隠していても、その機微を悟ってしまう。
この聡さが以前から発揮されていたとすれば、元侯爵やその息子から性的に狙われていたことに勘づいていてもおかしくない。
むしろ、自ら気付くしか、自衛手段がなかったのかもしれない。ハンフリーに対しても、その癖が抜けていないとも言える。
(嬉しいような、悲しいような……)
「……衝撃が強いと思うし、紅茶を飲みながらにしよう。僕が淹れるのを、飲んだことはあった?」
「いいえ」
「じゃあ、ちょうどいいね」
オリヴィアにとってもハンフリーにとっても、大事な時間になる。きちんと表情を見ながら話をしたい。一度席を立って、落ち着く間を取りたかった。
手を動かしながら、オリヴィアに最終確認をする。オリヴィアから、ハンフリーの知る内容を聞きたいと、意思表示が欲しかった。
「まだ王都にいたころに、聴取の途中で向こうがバラした。オリヴィアが聞きたくなければ、僕ひとりで背負っておくよ。特に、君の母上の話は」
「お母様!」
オリヴィアが珍しく大声を上げ、ハンフリーはのけぞってしまった。やはり、ハンフリーの予想通りなのだろう。
「っ、申し訳ありません、閣下」
「いいよ、僕も驚いてごめん。母上について、あまり話を聞いたことがないんだろう?」
「ほぼ、まったく……」
「うん、そうだろうね」
大声を出してしまったことがよほど恥ずかしいのか、オリヴィアは俯いてしまった。ハンフリーも、無理に顔を覗き込もうとはしない。
オリヴィアは、母親の話を聞けるとは思っていなかったはずだ。今のハンフリーの雰囲気からも、良い話ではないのは分かっているだろう。それでも、ハンフリーが話したいと言うだけで、聞いてくれようとする。
(ずっと男から怒鳴られる生活をしてたのに、僕とは距離を取らないでいてくれる。僕も同じ、男なのに)
私室で、使用人も入れずに、ふたりでいることを許されている。誠実でいたいし大事にしたいと思っていることは、本当の意味で伝わっていなさそうだが、隣にいることを拒絶されない。
(欲は、怖いな……)
「顔、隠さなくていいよ。僕の感情なんて筒抜けだろうし」
「そんなことは……」
「見せたくないときには逸らしてる。オリヴィアは覗き込んでこないから、僕は助かってるんだ」
ふたり分の紅茶を準備しソファに戻っても、オリヴィアのほうを向けなかった。
ハンフリーは王家として生まれ、その役目を全うしてきた。オリヴィアに出会うまで、オーブリーの感情の制御が上手いと感じることはあっても、自身の制御に困ったことはほぼなかった。
一応、オリヴィアに飲んでほしくて淹れたのも、間違ってはいない。手で薦めると、従ってくれる。「美味しいです」と言ってもらっても、口角を上げることも言葉を発することもできなかった。
(ここまで、余裕がなくなるとは……)
ハンフリーも一口啜って、いつもと同じ味であることを確認してから、やっと口を開いた。
「今まで、母上について、何か聞いたことは?」
「私を生んだときに亡くなったと。それだけです」
「それ以上、尋ねようとしなかったのだろう? プレスコット家には、父と娘、兄と妹、明確な立場の差があったはずだ。同じ家族なのに、オリヴィアは賢く引いたんだ」
オリヴィアは普段から、ハンフリーの話をじっと聞いていることが多い。オリヴィアの意見を聞き出すには、そのための質問が必要なのも、もう分かっている。
「どうして、あんなにも強く当たられていたと思う?」
「私が、お母様を死なせてしまったからです」
(やっぱり、そう聞かされて育ったんだね)
「オリヴィア」
腰を引き寄せて、ぎゅっと頭を包む。ずっと、ハンフリーが自己満足でやってきたことで、オリヴィアから返されたことはなく、今も同じだ。オリヴィアはただ、ハンフリーにされるがままだ。
「オリヴィアは、何も悪くないんだよ」
オリヴィアを解放し、膝の上に置かれた手を握った。王都で調べ言質を取り知ったプレスコット家の事実を、オリヴィアの表情を見ながら、少しずつ話した。
◇
オリヴィアの祖父が当主だった時代までは、幸せに暮らす手本のような貴族だったが、子に恵まれなかった。
嫡男はおらず、娘マリアがいるのみだったため、婿養子として近隣のフェルドン辺境伯家から次男ロバートを受け入れた。それが、オリヴィアの両親だ。
当然、当主だったオリヴィアの祖父も婚約に関与していて、ロバートはプレスコット家の当主とマリアを騙し、いかにも誠実な青年を演じていた。
本性を現し始めたのは、当主が亡くなりロバートに実権が移って、さらに嫡男メイナードが生まれた後だ。
ロバートは、プレスコット家の血を正しく継承する、マリアを迫害し始めた。
具体的には、社交に出さない、私室のみで過ごすよう強要する、領地管理に口を挟ませないなど、オリヴィアに対して行っていたことに似ていた。
そして、屋敷内の働き手を全て入れ替え、当時の状況を知り得る者を領地外の属国へ追いやった。
正統な血を引くマリアを差し置いて、婿養子であるロバートが、大きな顔をして社交のために王都へ出掛ける。
マリアは外に出られず、領民たちには子育てのためと説明していたようだ。新しい領主ロバートに従っていいのかどうか、酷く混乱した様子が、いち領民の日記に書き残されていた。
マリアは前領主の娘だ。ロバートが実権を握るまではきっと、領民に可愛がられていたはずで、心配もされたはずだ。
オリヴィアは、ロバートにとっては作るつもりのなかった子だった。
メイナードが生まれて数年が経ち、ロバートがひとりで社交に出るたびに夫婦仲が悪いと言われるのが癪だったらしい。その反発のためだけにマリアを襲い、生まれたのは女児だった。
ロバートは産後で身体の弱っていたマリアに薬を盛って殺害し、プレスコット侯爵家を完全に手中に収めた。
マリアが襲われたというのは、当時を知る人物たちから情報を聞き出した部下の話をまとめたハンフリーの想像で、マリアにとって妊娠は意に沿っていたのかもしれない。ただ、状況的には無理な妊娠だったと考えるほうが腑に落ちる。
メイナードとオリヴィアの誕生には四年の差があって、元から子を儲けるつもりの夫婦だとすれば期間が空きすぎている。オーブリーとハンフリーのように、二歳差までで儲けるのが、貴族社会では一般的だ。ロバートは当然、マリアにもこれといって病気などの情報は上がってこなかった。
出産を無事に乗り越え生きられるはずだったのに、あろうことかマリアは身内に殺されたのだ。
最善の医療を受けられる王家でも、母子ともに健康な状態で出産を終えられないこともあるのに。
◇
隣に座るオリヴィアは、淡々と話を聞いているようで、表情に変化がない。むしろ、それが妙だった。
オリヴィアは口数こそ少ないが、何かしら感じていることはあって、リアクションに出やすい。
紅茶に手を伸ばそうとしないのは、手が震えているのを隠すためだろうか。すでに握っている片手に、込める力を強めた。
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