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26.調査結果 後 ◇
しおりを挟む自身の子だとしても、娘を煙たがる貴族当主は多い。
令息、特に嫡男は、学院での教育に加え当主自らが領地管理について教え、そのまま領地に残る。次男以降は騎士や文官として雇われることで身を立てたり、婿養子として家を離れたりする。
対して令嬢は、学院を出たとしても職に就くことはほとんどなく、どこかの家に嫁がせるために着飾る必要があり、それが家計を圧迫しやすい。年齢が上がると、ドレスやアクセサリーなど、茶会や夜会に出るための出費が膨らむ。
令息も社交のための服飾や清潔感にはこだわるが、令嬢の比ではない。領地経営がうまく回っているとしても、当主が自由に使える財産が減っていくことになる。
政略結婚が上手くいかなかった場合、令息よりも令嬢のほうが領地経営へのダメージが大きいと捉える貴族が多いのが、オルブライト国の現状だ。
そのため王太子であるオーブリーは、令嬢にも学院に通ってもらい、婚約が難しくとも文官や家庭教師などの仕事に就けるよう、手筈を整えたいのだ。
プレスコット侯爵ロバートは、オリヴィアに金を割かずにさっさと嫁がせようと、デビュタント前に婚約者を決めていた。相手は、実兄であるフェルドン辺境伯アーロンの嫡男、パトリックだ。
ロバートは自身の息子メイナードと兄アーロン、それから兄の嫡男パトリックと謀り、オリヴィアを娼婦として貴族仲間に売ろうとしていた。
オリヴィアが母親譲りの美形で、「買い手はすぐにつくだろう」と発言した証言まで上がり、ハンフリーはその衝撃にしばらく打ちのめされた。
オリヴィアにずっと地味な格好をさせていたのは、マーサか侯爵の二択だった。プレスコット侯爵家から娼婦が出たと分からないようにするための、偽装だったとも取れる。
おそらくマーサが主人であるオリヴィアを思う気持ちも、プレスコット侯爵家とフェルドン辺境伯家に利用されたのだ。
オリヴィアの処女は、売る前にその四人の誰かが奪うつもりだったのだろう。もしくは、四人で回すつもりだったのかもしれない。オリヴィアが勘づいていたほどだから、その欲は強く表に出ていたはずだ。
ハンフリーが仮面舞踏会の招待を送ってから当日までは二日ほどしかなく、普段の夜会よりもずっと準備期間はなかった。
愛人との予定が詰まっている当主や嫡男たちが、不審がられ悟られることなく事を進めるための、偽装を行っている暇はなかった。
オリヴィアが処女のままハンフリーの元へ来たのは、読み通り、期待通りだった。もっとも、手紙が正しく届いていなかったオリヴィアには、きっと何も伝えられておらず、何も知らないままだろう。
オリヴィアの母マリアが毒殺された事実を知るのは、父ロバート以外では毒の手配に協力したロバートの兄、フェルドン辺境伯アーロンただひとりだった。
聴取での態度が気になっていたのもあって突けば、主に毒となる薬剤の闇取引を属国との間で行っていたことが判明した。
王家としても全く見逃せるものではなく、ハンフリーがさらに手を伸ばすと、また色欲の話が出てきた。
ロバートの知らないところで、アーロンがコーネリー伯爵夫人と愛人関係にあった。その娘であるジョアンナをパトリックと婚約させることで、コーネリー伯爵からの後援を得て、闇取引を広げようとしていた。
そのために、オリヴィアとパトリックの婚約は破棄される必要があった。
(子は、親の欲に振り回されただけかもな。それでも、許せないけど)
処罰の言い渡しの時も聴取の時も、フェルドン辺境伯アーロンが一貫しておとなしく見えたのは、プレスコット侯爵ロバートとの血縁を知られたくなかったからだろう。
おそらく、メイナードが生まれたあたりから、ロバートが役回りを演じきれないと分かり、より王家に従順な辺境伯を演じていたはずだ。王家の立場から言えば、その機転を全うな領地管理に活かしてほしかった。
(このふたりの兄弟関係が、調査の初期に出てこなかったのは、僕の驕りだろうな)
五年の留学を終えオルブライト国で生活するようになってから、ハンフリーの思考はオリヴィアに傾いた。自覚できるほどに、瞳の色も揺れた。自国貴族について学び直すことも、おろそかになっていた。
まさか兄弟で妻を愛人として共有するなど、公爵位を賜るまでに出ていた仮面舞踏会を含めても、聞いたことがなかった。オルブライト王家は愛人を持つことがそもそもなく、その固定観念も、事実を把握するのが遅れた原因だ。
ハンフリーも、オリヴィアとの関係に必要ない使用人は入れ替えた。
屋敷の実情を知る働き手を解雇し、何十年も経てば、記憶は薄れ証言を集めにくくなる。最近の噂が出てきやすいのは、時間が経っておらず思い出しやすいからだ。
◇
オリヴィアは、ハンフリーの話に一度も口を挟まず、ひたすら聞き続けた。
ずっと言葉を浴びせていいものかと迷ったが、今日しか話すタイミングがないと思ったのも確かだ。ハンフリーは全てをゆっくりと、オリヴィアができる限りショックを受けないように、言葉を選んで話した。
「……それで、辺境伯領を攻められたのですか?」
「さすがだね、オリヴィア。頑張って勉強している成果が出ているよ」
オリヴィアに触れている手から力を抜き、こくこくと頷く彼女を確認した。
気付いていた部分もあるだろうが、それが事実だとして伝えられる衝撃は、経験したことがないだろう。情報の裏取りに長けているハンフリーですら、受け止めるのに時間のかかった話だ。
「僕の留学は形だけで、実際にやってたことは属国の内政を混乱させることだった。属国に伝手もあって、兄様の方針とも一致したんだ。プレスコット侯爵とフェルドン辺境伯はあまりに欲深くて、看過できなかった」
属国を唆したときにはまだ、王家は闇取引の事実を知らなかった。結果的に、元侯爵と元辺境伯に対する罰への正当性が増し、他の貴族への見せしめにもなっただろう。
オリヴィアがハンフリーのほうを向かず、じっと膝の上に握られた手を見ている。顔を覗き込もうとはせず、肩を引き寄せる。今まで通り抵抗せず、上半身をハンフリーに預けてくれる。ぎゅっと抱き締め、声を掛けた。
「もっと、寄りかかっていいんだよ。辛い話だっただろう? プレスコット家への制裁を含むから、結局、オリヴィアの意思を待てずに結婚式の日程は決まってしまったし、勝手に調べてしまったけど……」
「……いいえ、私はもう、十分寄りかかっています。閣下がいなければ生きていけません」
「それは領地管理とか、執務の話だろう? ゆっくり、オリヴィアが僕を頼ってくれるように、整えるから」
今回、考えに考えた上で、オリヴィアに話すことを決めた。
オリヴィアの生家の真実を、王家の特権を使えたハンフリーだけが知っていることへの罪悪感を拭うため、そして、オリヴィアにハンフリーを頼って甘えてほしいと伝えるためだ。
オリヴィアはまだ、ハンフリーを元王族の公爵だと思っている。
間違ってはいないのだが、屋敷の中ではただのハンフリーとして、対等でいたかった。夫婦になることは決まっているものの、上下関係を望んでいるわけではない。
オリヴィアのそばにいたマーサは当然のこと、テッドにも直接相談を持ち掛けているらしい。レナルドやサミュエル、ドリーもオリヴィアに仕える仕事を選んでいる以上、頼られたがっている。
ハンフリーはその誰よりも、オリヴィアから頼られたかった。こうして身体を引き寄せ、オリヴィアを抱き締められるのは、ハンフリーだけだ。
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