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27.環境の違う駒
しおりを挟む(確かに、私には判断力もリーダーシップもないから……、そう受け取られても、仕方がないわ)
屋敷に関する決裁や領地管理も少しずつ手伝ってはいるが、全てではない。
オリヴィアはずっと、プレスコット家の駒として父の手のひらの上で転がされていたから、当然だ。それでも、生まれてからずっとこの屋敷に住んでいるのにこの程度しかできないのかと、失望されている気もした。
(そんなことを口にすれば、全力で否定されるのでしょうね)
公爵は、第二王子時代に五年もの長期留学に行っていて、オリヴィアにはその本当の内容を明かしてくれた。
結婚式の日程も、オリヴィアを待ちたいと言っていたが、結果的に王太子の提案に従う形になったそうだ。
これだけの情報を一気に浴びることはなかった。今までならきっと疲れて熱を出していただろう。公爵にもたれていられる今は、身体が楽だ。
(上手くいかないわ……)
「オリヴィア、何か思っていることはある?」
オリヴィアの違和感を、公爵は見逃さない。自分からきっかけを作って話せるようにならないとと思っても、甘えてしまう。
「……閣下の、お役に立ちたいです」
「十分立ってるよ? こうやって過ごす時間も、僕の癒しだし」
公爵は、オリヴィアが納得できていないのも分かっている。だから、次の言葉を待ってくれる。
「……お恥ずかしいのですが、私は父や兄に、駒として使われるのが嫌でした。自発的に家のために動こうとせず、貴族に生まれた令嬢としては、間違っていたと思います」
「母上を殺された事実を知っても?」
「知る前だったからこそ、侯爵家の発展のために、もっと働きかけるべきでした。動けない理由としてさほど強いものは、まだ与えられていなかったので」
「教育が受けられなかったり、血の繋がった兄から色目で見られたりして、人目は怖かったんじゃない? 屋敷にいても落ち着けなかっただろう? それは、家のために動かない十分な動機じゃない?」
「…………」
「話を止めてごめん。さっきのは、僕の想像だよ。オリヴィアは、どうして駒が嫌だったの?」
(どこまで、実情を知っていらっしゃるの……、いえ、考えても仕方ないわ、きっと、全てを調べていらっしゃる。お母様のことも、私は知らなかったもの)
髪を梳かれながら、心地よいあたたかさの中で、次の言葉を探そうとする。
「……よく分かりません。うまく言葉にできなくて……、意地のようなものかもしれません」
「オリヴィアが学院の教育を受けていたら、少しは貴族令嬢として胸を張れたかもしれない。コーネリー伯爵令嬢を見たんだろう? 学院を出ても、ああいう令嬢もいるんだ。価値観やものの考え方は、環境と素質で養われるものだよ」
「『環境』……」
「気分を害さないでくれる?」
「はい」
公爵からの言葉で不快になることなど、あり得ない。この方は、オリヴィアに柔らかくて優しい目を向けてくれる。初めて会ったときから、ずっとそうだ。
「僕の環境は、いいものだったと思う。確かに、幼いころは兄様と同じものを習えなくて、苛立ったこともある。母上と話せたのも、兄様だけだったし」
「え?」
意図せず、公爵の話の腰を折ってしまった。謝ろうとしたのを、塞がれた。頭を抱え込まれ、公爵の肩口に顔が当たってしまう。
「ごめん、口が滑った。本筋じゃないけど、話そうか」
とっさに抱き込んだことも謝られ、オリヴィアは首を振った。見えた瞳は薄い水色で、とても穏やかだ。
「私がおうかがいしても許されるお話ですか」
「うん、オリヴィアだからね。むしろ、話してもいいと思えるよ」
(閣下のお母様、つまり、今はいらっしゃらない王妃様のお話)
オリヴィアの家にも母はおらず、深く考えてこなかった。一般的な家庭であれば、父と母のふたりが揃っているという前提が、オリヴィアには抜けていた。
(どんな教養本にも、『育ててくれた両親への感謝を持つように』と書かれていて、どうしても理解できなかったの)
「僕の母上について、何か知ってる?」
「申し訳ありません、ほぼ何も……」
「謝ることじゃないよ。当時はそれなりにみんな騒いでたらしいけど、もう二十年以上経って、触れなくなったから」
公爵は、ひとつ、小さな溜息を吐いた。
「本当は、二つ下に弟がいたんだ。でも、出産のときにふたりとも亡くなって。僕には、母上と過ごした記憶がない。幼過ぎたんだ」
(……私も、お母様との思い出は何一つない)
オリヴィアにとって、母の存在は全く身近ではなく、公爵からの言葉に驚くこともなかった。
「兄様は二つ上だし、それなりに母上の言葉も覚えてたみたい。将来の国王になるために、研鑽を積んでた。ずっとずっと、毎日毎日、本と睨めっこしてた。僕が真似して、同じように本を読むのは難しいと感じるくらいにね」
「それは……」
「膨大な量だよ。本当、王宮の書庫の本を全部読んだんじゃないかって思うくらい」
「……」
「僕が国王になる道は、兄様に何かあったとき以外にない。それなら、兄様を守って支える側に回ろうと思った。父上に、仕向けられたとも言えるけどね」
幼かったころの公爵は、そう動くしかなかったのだろう。家族に操られていたのは、オリヴィアだけではなかった。
(立場と重さが違いすぎるわ……)
「僕は王太子の弟で、近くにいても許される立場だし、兄様の人柄とか考え方が好きだった。事案を共有できる相手が他にいなかったのもあるけど、どんなに疲れていても、話し相手になってくれると気付いたんだ。僕は兄様より身体を動かすことも得意で、結果的に活かせた」
鋭くて威圧的な瞳で、公の場では強い権力を発揮するオルブライト王家は、国のトップとして、その誇りと責任に恥じない生き方をする。
オリヴィアが見る柔らかくて穏やかで優しい瞳は、公の場では見ないもので、明確に使い分けている。
王家に生まれてきた人が、どんなふうに成長するのか、考えたこともなかった。
オリヴィアは、貴族らしく教育を受けたり社交を楽しんだりすることなく過ごしてきた。
目の前にいる公爵と、第二王子として出会ったあの日以降も変わらず、私室から出ることなくただ本を読んで、時間が過ぎるのを待っていただけだ。
(閣下には、ほぼ同じ地位の王太子殿下がいてくださったから……)
「オリヴィアは、家族のことをどう思ってた?」
公爵が、オリヴィアの言葉を待つための、間を取ってくれる。とっくに答えは出ていて、口に出す勇気が出せるかどうかだった。
「……私は、父と兄が嫌いでした。ずっと、離れたかった」
「うん、そうだろうね、それで正解なんだよ。オリヴィアは、家族を好きになれなかったから、都合のいい駒として使われるのが嫌だったんだ。僕はむしろ、駒を受け入れに行った。兄様の、役に立ちたかったから」
「そう、ですね」
オリヴィアの家族への思いには、気付いていたのだろう。公爵から、あまりにあっさりと言葉が返ってきて、動揺してしまう。
「オリヴィアは間違ってないんだよ。全部、オリヴィアにそういう感情を抱かせた、その場に居合わせた大人のせいだ。子どものころは特に、どんな大人が近くにいるかで決まってしまうものも多いから、反発するのも当然なんだよ」
「……それが、『環境』ですか」
「そう、広い意味でね。これからは、指図や指示に左右されなくていい。オリヴィアの意思で進んで行けばいいんだ。困ったことがあれば、僕がそばにいる。オリヴィアが、したいことをしていいんだよ」
こんなにはっきり、オリヴィアへの肯定を言葉にしてもらえた。何もかも否定され取り上げられてきたオリヴィアが、やってみたいことを考える許可が出た。
それをすっと受け入れられるようになっていたことに、驚いた。公爵が、安心と安全を感じられる場所を、用意してくれたおかげだ。
オリヴィアの意思に反して涙が溢れ、公爵の少し濃くなった瞳が揺れる。
「申し訳ありません、あの……」
「いいよ、泣きたいときには泣いたらいい。ここには僕しかいないし。拭っても?」
頷いたオリヴィアの頬に、ハンフリーが懐から出したハンカチが当てられる。
「……止めたいのに、止まらない」
「うん、それでいいんだよ。大丈夫、いつか絶対止まるから」
公爵が、腰と背中に回した腕でぎゅっと抱き締めてくれる。力は感じるものの優しく穏やかで、オリヴィアはその心地よさに身を委ね、ゆっくりと目を閉じた。
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