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第一篇
73.楼主代理・朧
しおりを挟む「俺が生まれてから、両親が処刑だったのは何故か知っているか」
「と言いますのは?」
「身籠っている間に処刑しなかったのか」
考えうる中で、最も楽に両親と緑翠をこの世界から消す方法だったはずだ。緑翠だけが生き残ったことに、何か理由があったのだろう。
「申し訳ありません、はっきりとした理由は存じません。産後の肥立ちが悪いことにして妾を消したかったのか、妾がニンゲンだったために猶予したのか、貴方さまを子払いするつもりだったのか……。高位貴族で裏家業として人攫いや子払いを認められている皇家である以上、ニンゲンが関わる出産への体裁もあったのではないでしょうか」
「……」
「……貴方さまが妖力を持たないニンゲンとして生を受けていれば、御両親ととも隠居できた可能性もあります」
妖力を持たなければ、反撃することはできない。むしろ妖力に当てられ、好き放題にされただろう。実家の屋敷で服従させられていたのは皆、妖の侍女・近侍で、ニンゲンは見当たらなかった。代替わりの折に連れ帰ったはずのニンゲンは、当主に気に入られていたとしても、無理に襲われ捨てられたと考える方が腑に落ちる。
「いつから、知っていた?」
「どのお話のことでしょう」
「両親のことも、姉さまのこともだ」
「貴方さまがお生まれになる前から、とでも言いましょうか」
「どういう意味だ」
「私が元々、先代の側仕えだったのはご存知で?」
緑翠は、故意に会話を止めた。想定していたことだ。朧に比べ減っていない茶を、一口啜った。
「……そうだろうなとは思っていた」
「さすがですね、緑翠さま。先代は、全ての仕事を放棄していましたので、数年だけではありますが、私は主に裏家業を担っていました。廓にも多少は関わっていましたが、主として人攫いを私がやっていたのです」
一筋、道が見える。
「母を…?」
「ええ。こちらに迷い込んだ、緑翠さまの母に当たる女性を保護してきたのは私です」
自ら渡って来てしまうニンゲンは、神社を通らない。境内やその奥へ進むための妖力を持ち得ない妖でも、連れることができる。
人攫いとして、月が揺れる折には神社へ向かう緑翠だが、自らの母親がこちらの世界へ来た時のことは、あえて考えていなかった。夜光からの箔があったとしても、結局のところ、緑翠以前の皇家に連れられるニンゲンは、奴隷として扱われた。
「おふたりがあのような仲になるとは思いもよりませんでしたし、当主を唆すようなニンゲンを連れ帰った私も、共に処刑される予定でした」
「……」
何も言葉を発さず、ただ食い入るように朧の目を見る。皇家として深碧館を継いで十年が経つが、それ以前より緑翠の側仕えだった朧のことを、緑翠はほぼ何も知らなかった。
「私は逃げ隠れ、名と身分を変え、貴方さまが三つのときに皇家に仕え直しました。皮肉にも、元より貴方さま、つまり皇家への忠誠があったため、服従を受けずに済み、こうして今も自由にお仕えできています。ですから、貴方さまにとっては私がいない記憶などないはずです」
幼い頃を振り返ってみても、基本的に姉か朧の顔しか出てこない。数名の侍女や近侍がいたのは覚えているが、顔まで出てくる者はいない。物心ついた時には、このふたりしか緑翠の周囲にはいなかったのだろう。
「……そうだな、明確にいつから側仕えだったのか、分からない」
「それでいいのです。私は妖力を持ってしまった貴方さまが、皇の中で不利に立たされると分かっているにも関わらず、処刑されてご一緒できないことに耐えられなかったので」
「俺のために戻ったのか」
「言い換えれば、そうとも。今まで事実をお伝えできず申し訳ありません」
「顔を上げろ、朧。誰も怒ってなどいない。むしろ感謝しきれないくらいだ。これからも楼主代理でいてくれるんだろう?」
「緑翠さまの仰せのままに」
再度頭を下げる楼主代理に、緑翠は何も言わなかった。目の前の礼は、臣下としての礼であり、朧の忠誠でもある。無理に、上げさせる必要がない。
「……おそらく呼ぶことはないが、真の名は何という?」
「燦と言います」
「真逆だな」
「ええ、分かりやすいでしょう? 皇は、昔からずっと驕っていましたから」
朧ならもっと、紛れやすい偽名を名乗ることもできただろうに、あえてそれを選んだのだろう。その理由まで、問うことはしなかった。おそらく、仕え直したことが明らかになっても処刑されるだけで、朧にとっては何も変わらない。
*
朧が出て行った後、露台でひとり、月を眺めつつ紐を組む。
姉は、七歳の時のあの事件より前から、緑翠が混血であろうと関係なく、こちらの世界に住むひとりの妖として、接してくれていた。皇の屋敷で緑翠とまともに話したのは、姉と朧のふたりだけだった。
姉と離されてからは、朧が実質の監視役となり、姉を囚われた状態の緑翠は、祖父の言いなりになった。十五で本家の屋敷を離れられたことで、多少自由が利くようになり、自らの感情を殺しながら、本家に隠れて妖力と身体の鍛錬をして、十八年、姉との再会の時を待っていた。
姉の墓は、作らせた。遺骨の一部は、この書斎の引き出しにも入れてある。待つだけの時は、過ぎた。これからは、自ら動き出さなければ。この手で、最愛のニンゲンを守るために。
(……翠月を、見せてやりたい)
姉がくれた妖力と権限によって、緑翠はここに存在する意義を感じられる。今になって、生前の姉と翠月を対面させられなかったことに、思いを馳せた。
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