妖からの守り方

垣崎 奏

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第一篇

74.皇家の社

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「翠月、まだ起きているか?」
「…はい、緑翠さま」

 あえて、返事を待たずに襖を開けながら声を掛けた。最近の翠月は、緑翠が話したいと伝えておかなければ、すぐに布団に入ってしまい、言葉を交わすことが減った。

 やはり、緑翠の過去を聞き気を遣っているのだろうか。見世で何かあったのであれば、翠月から話してくれるはずだ。それができる関係の構築は、完了している。翠玉宮では、翠月がしたいように過ごせばいいと、基本は思っているが、そうもいかないこともある。

 横になっていた翠月が、緑翠と話すために起き上がる。楼主と芸者という上下関係を利用してしまうのは卑怯だとも、この気まずさの中では、それを活かす方が気楽だと感じていることも、緑翠には自覚があった。

「姉さまの墓参に、翠月も連れていきたい」
「私も、ですか」
「嫌でなければ、姉さまに会わせたい」

 翠月には姉との関係を話したこともあり、緑翠に対して少々素っ気なくなってしまったものの、興味を持ってくれるだろうと期待していた。翠月のことは、星羅せいら黎明れいめいに聞けばすぐに分かるだろうが、あえて聞いていない。ふたりも緑翠のことを感じ取っているのか、翠月に関しての話題は振って来ない。

 確信しているのは、宮番や黄玉宮、天月てんづき君影きみかげも、緑翠と翠月の関係に反対しないことだ。ゆえに、急ではあるが踏み込んで、姉と対面してほしいと伝えた。

「…分かりました」
「見世の予定は?」
「黎明さんにお任せしています」
「確認しておく。お休み」
「おやすみなさい」

 見世終わりの見回りに出るために一度閉めた襖を、もう一度開けた。

「翠月」
「はい」
「感謝する」

 気が抜けていて、緑翠の言葉に目を開いた翠月はすぐに頭を下げてしまった。その反応で、緑翠の変化を悟れないわけはないと、より自信となった。

 翠月が深碧館に来て、半年ほど経つだろうか。この期間、楼主としての緑翠の振る舞いを一番近くで見ていたのは翠月だ。緑翠が御客に対して取ってきた態度と、深碧館の働き手に対して、そして翠月に対してのものには大きな差がある。緑翠の過去を聞いたこともあって、戸惑っているだけだと信じた。


 *


 念のために翠月が終日非番の日を選び、翠月とふたり、皇家の墓へ向かった。馬車の籠の中で、翠月は外を眺め、緑翠はそんな翠月を凝視しないように気を付けながら、周囲を警戒していた。ニンゲンが深碧館の外に出ていることを、忘れてはならない。

 着いたのだろう、馬車が停まって、馭者が扉を開けようとするのを制した。

「翠月」
「はい」

 顔を上げた翠月の顎に手を当て、横顔が見えるように角度を変えさせる。目の前に来た簪に、口を寄せた。表情に変化がないところを見るに、翠月には緑翠がそうすることが予想できていたのだろう。

「少し強めたが、違和感はあるか」
「いいえ」
「俺の実家だ。ニンゲンには慣れているから、匂いも気付かれないとは思うが、俺の側を離れないでくれ」
「分かりました」

 朧に前もって手配してもらい、皇家の屋敷にいる唯一の味方であるあの近侍が、緑翠と翠月を離れの裏口で迎え入れた。翠月の瞳を見て少し驚いたようだったが、すぐに礼を行い、緑翠が顔を上げるよう声を掛けた。

 彼の案内で、庭園の一角に設けられた鳥居をくぐり、地下への階段を下る。階段を守っている建物はさながら小さな社だ。他の高位貴族もこういった墓地を持つならまだ納得できるが、そうでないのなら、天皇家でもない一貴族がよく建造できたものだと、感心するしかない。

「亡くなった妖はこうして、祀られる。皇家うちだと、皇家の妖力がないとここを開けられない」

 姉の遺骨の入った壷には緑翠が結界を張り、丁重に木箱の中に入れ、最も神聖な奥の間に祀っている。姉の葬儀は、祖父である当主に印を打った後で、それら緑翠の意見は反対されることなく全て通った。

 手入れされているのがよく分かる、磨かれた木箱に近侍から渡された布を当て、鐘を鳴らし祀られた姉に訪問を知らせる。翠月と近侍も手を合わせ、緑翠に倣って軽く頭を下げ、しばらく静止する様子が感じられる。目を閉じ、真実を知ってから今日まで、伝えたいと思っていた言葉を頭に並べる。

(姉さまにいただいたお力と命、全うしたくご報告に。翠月も連れています。どうか見守りください)

 手を楽にし頭を上げる。翠月も顔を正面に向けているのが分かったが、緑翠は翠月の方を見なかった。あんなに遠かった実家が、今は支配下で、来ようとする気があれば来ても何も言われない。姉にも、こうして会えるようになったが、緑翠は節目の年に墓参するのみと決めていた。緑翠が今一番に守りたいのは、隣にいるニンゲンだ。

「……帰ろうか」
「はい」

 無意識に、翠月に手を伸ばしていた。緑翠がそれに気付いた時にはすでに籠の中で揺れていて、しかも深碧館の周辺まで戻ってきていた。拒否も主張もせずに握られていたその小さな手に、緑翠は再び感謝した。
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