路地裏のカフェは、もこもこ尽くし

藤見暁良

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第一章 もっこもこカフェへようこそ!

お喋りな猫様

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「どうぞ、こちらのお席にお座り下さい」
「あ、はい。ありがとうございます」
「今、お水をお持ちしますね」
「すみません。開店前なのに」
「いえいえ。どうぞゆっくりとお寛ぎください」
 ――――人形みたいに美しい女の子の言われた通り大人しく席に着座した俺は、目的の『喋る猫』がいるか視界の限界を駆使して探した。

 開店前なのもあってか、まだ店内には誰も居ない――――途端、不安が一気に湧き上る。
 もしかして、このまま何もなかったことにされるんじゃないのか? きっとそうだ。絶対そうだっ! だって普通に考えてみたら、こんなにすんなり入れてくれるなんておかしいだろ? それも『喋る猫』だぜ。おいそれと見せるか? 俺が不審者だったり、SNSで拡散目的だったり、ハングレ集団の下っ端だったりしたらどうするんだよ!
 ――――そんなことないけど、他の奴がそういう輩かもしれないだろ! 
 変に騒がれたら面倒だから、取り敢えずお店の中に入れて「そんな猫などおりませんが」と状況証拠を作ろうとしているのかもしれない!
 ――――いや、でもそれでも仕方ないんじゃないのか? 常識的に考えて、二足で猛ダッシュしながら人間語を話す猫なんて存在しないだろ? 俺の幻覚ならそれでもいいじゃん。どんな理由であれ、あんな可愛い女の子に会えたんだから――――。

「結果オーライ……なのか?」
「にゃにをぶつくさと呟いているにゃ」
 聞き覚えのある声が聞こえる。
「……へ?」
「水、お待たせしたにゃ」
 テーブルに水が置かれた。
「にゃ……?」
「にゃ??」
 目の前に――――さっきの喋る猫が居た!
「……わぁぁぁぁ! 喋ってる!」
「にゃにを驚く! おぬしが吾輩に会いたいと言っていたのにゃろ! にゃから準備中にゃのに水を運んでにゃったのにゃ!」
 突然――というか、本当に存在していた『喋る猫』を目の当たりにして、俺は驚き過ぎて椅子から転げ落ちそうになるのを背凭れに掴まって何とか堪える。
 そして改めて猫をまじまじと凝視した。
「え……マジ?」
「マジってにゃんだ!」
 本当にこれ現実なのか? この店に入った時点で催眠術にかけられたりしいない?
 念のため、頬っぺたでも抓っておこうかな――――。
 指先を頬に添えると、猫はクリっとした瞳を細め、明らかに不機嫌な表情になった。
「おぬし、これが夢だとでも思っているにゃ。夢ではにゃいな。そして吾輩の方こそ、おぬしの存在に驚いているにゃ」
 喋る猫の言葉に、微かに摘まんだ頬を離す。
「俺の存在に驚くって……どういうこと?」
「まぁ追々説明するにゃ。取り敢えず水でも飲むにゃ」
「はぁ……ありがとうございます」
 まだ二十歳だけど、まさか人生で猫に水を進められる日が来るとは思わなかったな。てかこの水、どうやってテーブルに置いたんだろ?
 今更ながら、突っ込みどころ満載の疑問が湧きあがって来た。
 もうこの際、夢でもいいから素直に猫と向き合うことしよう――――。
「あの……この水、どうやってここに置いたの?」
「にゃ? 変にゃことを気にするにゃ。普通にこうにゃって置いただけにゃ」
 お喋り猫は案外親切に俺の質問に答えるように、背伸びしてテーブルにコップを置く動作を再現した。
 背伸びしてギリギリだけど、確かにテーブルに前足が届いている。良く見ると、ちょっと大きめの猫サイズだよな。猫に詳しくないけど、種類はなんだろ?
 真剣に考え込んでいると、お喋り猫が俺の前の席に飛び乗って座った。

「おぬし、今までにも吾輩みたいな動物を見たり聞いたりすることは、にゃかったのか?」
 明らかに猫なのに、妙に態度が大きくないか? やはりただの猫じゃない――――いや実際猫って、こんなも感じなのかも?
 余計なことを考えると、俺の脳みそのキャパシティーでは処理が追い付かない。
 取り敢えず、この『お喋りな猫』との会話を進めていけば、この不思議な状況が何なのか少しは理解出来ると――――いいな~。
「うん。今日が生まれて初めてだよ。今まで猫が人語をこんな流暢に話すなんて、聞いたことないし見たこともない。強いていうなら物語の中くらいだよ」
 そう――――物語の中なら、動物たちは世界各地で人語を話して活躍している。でもここはお伽の国じゃない。日本。ジャパーンだ!
 俺の回答にお喋りな猫は、腕(前足か?)を組んで背凭れに寄り掛かると、くいっと顎を軽く上げ踏ん反り返る。益々、偉ぶった態度になった。
「これにゃから人間は、視野が狭いのにゃ。そのくせ自分たちが一番賢くて世の中の支配者ぶって傲慢にゃのにゃ」
 猫様は何か気に入らなかったのか不満を言っているようだが、俺に言われても困るし、何よりにゃーにゃーが気になって話の途中で吹き出しそうになってしまう。
「まぁ確かに人間が一番偉いってことはないし、完璧な生き物でもないよ。特に俺なんて何の取り柄もないし……就職先も決まらないし……」
 何気なく言った自分の一言に、今最も目を背けたい現実を思い出して一気に気落ちしそうになった。
 あぁ、就活に戻りたくないよぉぉぉ~。もういっそのこと、このまま不思議な猫と喋り続けている方が全然マシだ!
 あの辛い就活連敗記録を更新し続ける日々は、俺の無力さを痛感させられ、自分の存在価値すら見失わせる。
履歴書すら通らない。中小企業も拾ってくれない。面接官の冷たい視線。繰り返す負のループが頭の中で回り出して、その重圧にガックリと肩を落とした。

「そんなことにゃいにゃ。おぬしは特殊な力を持っている選ばれし者にゃ!」
 どうせ俺なんて――――はい? 猫様、今なんか仰いましたか?
 猫様が突然発した普段聞き慣れないワードに、俺の脳みそはキャパ越え前に一瞬フリーズしそうになった。
「……選ばれし者って?」
「うにゃ。でもそれは、まだハッキリとしたものにゃのか解らにゃいから、これから見極めさせて貰うにゃ」
「見極め……何かテストを受けるとか?」
「まぁ、そんな感じにゃ~」
 そう言った猫様は瞳を三日月形にしてにんまりと笑うと、口の奥から妖しく牙を光らせる。途端俺の背中に、悪寒が走った。
 へ、これってちょっと、やばい方向に向かっていない? ほら有名な童話であるよね。服脱いでバターとか塗らされるとか。でもテストだから『問題が多いカフェ』的な? てか、そんなボケとか今要らないから――――!!
 たまたま喋る猫を見かけて、ちょっと追い掛けただけなのに、急に訪れた人生最大の大ピンチ――――!
 一体これから、どうなるの俺!?
 
「楽しみにゃ~」
 パニックになっている俺の前で、猫様は呑気に爪先で髭を弾いていた。

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