赤字国家に召喚されたので、まずは売却から始めます──でも断られたので価値を爆上げして帝国に頭を下げさせることにしました【TOP3入り感謝】

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第二部:国内動乱編

第二節:城内で抜かれた凶刃

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 「下がれ、リィナ」

 そう言うより早く、“何か”が音もなく飛び込んできた。
 黒ずくめの影が床を滑るように走り、殺気と共に刃が閃く。

 加賀谷は、慌てて椅子を倒して距離をとった。
 剣の切っ先がかすめ、彼の肩口の布を裂く。

 「くそ……!」

 足がもつれる。次の一撃を避けきれない──そう思った瞬間、
 部屋の隅から鋼のような腕が割り込んできた。

 「下がってくださいッ!」

 刺客と加賀谷のあいだに割って入ったのは、灰色の外套に身を包んだ男──ガロウだった。

 「カガヤ様、リィナ様、すぐに背後へ!」

 鋼のような声と共に、巨躯が割り込む。
 ガロウ。加賀谷の改革で頭角を現した武人。その腕が、太刀を振り下ろした襲撃者の刃を受け止めていた。

 「ガロウ……っ!」

 リィナが思わず声を上げたその刹那、ガロウは力任せに襲撃者を弾き飛ばす。
 壁に叩きつけられた刺客の体がくの字に折れ、床に崩れた。

 「……他にもいる。まだ数は不明。ですが──ここでおふたりを討たせるわけにはいきません」

 額に血が滲みながらも、ガロウの視線は鋭く周囲を見据えている。
 すでに足音が、別の廊下から迫っていた。

 「ここは私が塞ぎます。行ってください!」

 「しかし!」

 リィナが反射的に制止しかけるが、加賀谷がその腕を引いた。

 「任せよう、リィナ。ガロウは……そのために、ここにいる」

 加賀谷の声は、どこまでも静かだった。

 その言葉に、リィナの瞳が揺れる。
 だが、すぐに頷いた。

 「……わかりました」

 彼女は踵を返し、加賀谷とともに階段を駆け下りる。
 背後では、ガロウが一歩前へ出ていた。

 「来い、狗ども」

 手にした刃が、わずかに風を裂く。
 黒装束たちが音もなく迫るなか、ガロウは片膝をつき、剣を水平に構えた。

 「お前たちは……通さない」

 

 * * *

 

 石造りの階段を駆ける足音が、空気を切り裂く。
 このような非常時に備えてミロに仕掛けてもらった脱出路は、この先の中庭に面した通用門に通じている。

 「……急げ、ミロの結界がいつまでも保つとは限らん」

 「はい!」

 リィナが先を走り、加賀谷がその後ろを追う。
 途中、崩れかけた壁や、血の跡が視界をよぎる。すでに何者かが、城内に侵入している証だ。

 (間に合って……)

 リィナが唇を噛んだ。

 

 * * *

 

 通用門の先には、蒼い光を放つ魔導陣が展開されていた。
 ヴィーくん──ミロの使役端末が、鳥のような形で浮遊している。

 《起動準備完了。識別コード:加賀谷・リィナ、確認》

 「行け!」

 加賀谷が叫び、二人は結界を抜けて外へ飛び出した。

 

 その瞬間。

 後方から、再び気配が迫る。
 第二波──まだ刺客が残っていた。

 「くっ……!」

 加賀谷が振り向く。

 だがその刹那、リィナが彼の前に立ち塞がった。

 「カガヤ。あなたは“逃げて”ください」

 その顔は、ため息が出るほど凛としていた。

 「あなたがいなければ、この国の未来はない」

 リィナの震える手が、最後の魔導札を結界の端に放った。

 《脱出トリガー作動――転移術式、発動》

 光が加賀谷の身体を包み込む。
 リィナはほんの少しだけ微笑んだ。

 「わたくしは、大丈夫です。だから、必ず……生きて」

 視界が白に染まる。

 そして加賀谷の姿は、結界の向こうへ消えた。


 残された通用門に、再び静寂が戻る。

 その静けさを破ったのは、リィナの足元へ迫る黒装束たちの影だった。

 だが──彼女は逃げなかった。
 杖を握り直し、まっすぐにその刃へ向き直る。

 「統べてきた誇りに、恥じないために」

 その声は、誰にも聞こえないほど小さく。
 けれど、誰よりも強い覚悟を宿していた。


 * * *


 《転移完了。術式、待機状態へ移行》

 機械的な音声と共に、足元の光陣がふっと消える。

 「……っ」

 加賀谷は、荒い呼吸を整えながら辺りを見渡した。

 そこは、城から少し離れた山中の避難用拠点──ミロと共に設計した、数少ない“もしものため”の施設のひとつだった。木立に囲まれた石造りの小屋。外からの視認性は低く、転移先の座標も定期的に撹乱されている。

 「リィナ……無事でいてくれよ」

 口に出してから、彼は拳を握る。

 まだ、終わってはいない。

 ――この国は、ようやく歩み出したばかりだ。
 帳簿を整え、軍制を変え、貿易を繋ぎ、産業を育てた。
 それを、こんな形で壊されてたまるものか。

 「……ミロ。生きてるな?」

 「は、はいぃ……っ! た、たぶん……」

 隅の壁面から、青白い顔のミロが顔を覗かせた。魔導端末を抱きかかえながら、小刻みに震えている。

 「や、やっぱり来ましたね……“刺客”……転移術式の起動に干渉されなかったのは……奇跡、です……っ」

 「十分だ。よくやった、ありがとう」

 そう言って、加賀谷は上着を脱ぎ、椅子の背に放った。

 「敵の目的は明確だ。俺の排除──つまり、内通者がいる」

 「うぅ……はい。けど、それってつまり……」

 「内部からの反乱だ」

 加賀谷は、転移前に見たリィナの背中を思い出す。

 公女として生きてきた彼女が、自ら剣を取り、自分を逃がした。あの瞬間、確かに“彼女がこの国を背負っていた”。

 「ここで黙ってるわけにはいかない」

 肩を回し、乱れた髪をかき上げる。

 「ミロ。最寄りの近衛詰所に通信回線を通せ。俺は……城に戻る」

 「え、えぇぇぇっ!? ま、また!? で、でも危ないですよぉ!? 敵がまだ……っ」

 「行かなきゃならないんだよ」

 静かな声でそう言い、加賀谷は扉に手をかける。

 「約束したからな。“生きて戻る”って」

 木製の扉が、ぎぃ、と軋んだ音を立てて開いた。夜の冷気が吹き込む中、彼は一歩、足を踏み出す。

 ――反乱は、まだ本格化していない。
 だが、その気配はすでに、王都全体に静かに満ちていた。

 そして加賀谷零は、ふたたび“戦場”へと戻っていく。
 まだ見ぬ敵と、名もなき叛意と――そして、信じる者たちのために。
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