16 / 76
第二部:国内動乱編
第四節:叛意の輪郭
しおりを挟む
夜明け前、湿った風が南東の砦に吹いていた。古びた石造りの砦の一角に、粗末な机が置かれ、蝋燭の火がかすかに揺れる。
その前で、バルト・グレノア伯が眉をひそめて地図を睨んでいた。
「……ずいぶん、金の匂いがしてきやがった」
指先で、王都と南東街道、さらに貿易港と運河の位置関係をなぞる。
かつてのグレノア領は、鉱脈が尽きたことで経済が崩壊し、名ばかりの伯爵家に落ちぶれていた。だが、最近の“帳簿の整った国家”ミティア公国は違う。内政の整備が進み、交易が開き、各地に貨幣が回り始めた。
“旧ミティア”には価値がなかった。だが今のそれは、抜け目なく改造されている。――だからこそ、今こそ奪う。
「仕掛けるなら今だ。奴らが完全に立て直す前に……骨ごと持っていく」
その隣、壁にもたれていた傭兵団〈黒狼隊〉の指揮官・ハーシェルが、くく、と喉を鳴らして笑った。
「戦は嫌いじゃねえがな。伯爵様、金の話ははっきりしておこう。俺たちは“勝てそうな戦”にしか乗らねぇ」
「わかっている。前払いはした。さらに、砦を抑えた段階で倍額――王都が落ちたら、そのまま防衛隊長の座をくれてやる」
ハーシェルは鼻で笑い、手元の短剣で卓上のりんごを突き刺した。
「そいつは楽しみだ。……で、本隊の動きは?」
「加賀谷は“脱出”したらしいが、まだ王都にいる可能性もある。今のうちに南東街道を抜けて、補給路を断つ。それから一気に王都へ攻め上がる。退路さえ潰せば、連中は孤立する」
「……へぇ。そううまくいくかねぇ」
ハーシェルはりんごをひと口齧りながら、夜明けの空を見た。
「軍人上がりのガロウってやつがいるんだろ? あいつがまだ動けるなら、そうそう雑な手は打ってこねぇ」
ハーシェルは、ぶっきらぼうにそう言いながらも、地図の一角――南東街道沿いの古砦に視線を落とした。
「だが、連中がいま守りに徹してるって時点で、逆に動けねえって証拠さ。リィナ公女も負傷、加賀谷も逃げ延びたって話だ」
「……つまり、“要”を欠いた王都は、守りの形だけで手いっぱい。数に勝る我らが一気に押し切れる。そういうことか?」
「ま、そう読めるな。なにより、今のうちに砦を押さえちまえば、兵站も絶たれる。王都は餓える」
そう結論づけると、バルト・グレノアは冷たく口元を歪めた。
「腐りきった国でも、帳簿が整えば旨味が出る。……奪うなら、今だ。整いきる前に、ぶん取ってやる」
地図上の赤い線――南東街道は、まるで血管のように王都へ伸びている。
まさにそこが、加賀谷たちの“撒き餌”だった。
その前で、バルト・グレノア伯が眉をひそめて地図を睨んでいた。
「……ずいぶん、金の匂いがしてきやがった」
指先で、王都と南東街道、さらに貿易港と運河の位置関係をなぞる。
かつてのグレノア領は、鉱脈が尽きたことで経済が崩壊し、名ばかりの伯爵家に落ちぶれていた。だが、最近の“帳簿の整った国家”ミティア公国は違う。内政の整備が進み、交易が開き、各地に貨幣が回り始めた。
“旧ミティア”には価値がなかった。だが今のそれは、抜け目なく改造されている。――だからこそ、今こそ奪う。
「仕掛けるなら今だ。奴らが完全に立て直す前に……骨ごと持っていく」
その隣、壁にもたれていた傭兵団〈黒狼隊〉の指揮官・ハーシェルが、くく、と喉を鳴らして笑った。
「戦は嫌いじゃねえがな。伯爵様、金の話ははっきりしておこう。俺たちは“勝てそうな戦”にしか乗らねぇ」
「わかっている。前払いはした。さらに、砦を抑えた段階で倍額――王都が落ちたら、そのまま防衛隊長の座をくれてやる」
ハーシェルは鼻で笑い、手元の短剣で卓上のりんごを突き刺した。
「そいつは楽しみだ。……で、本隊の動きは?」
「加賀谷は“脱出”したらしいが、まだ王都にいる可能性もある。今のうちに南東街道を抜けて、補給路を断つ。それから一気に王都へ攻め上がる。退路さえ潰せば、連中は孤立する」
「……へぇ。そううまくいくかねぇ」
ハーシェルはりんごをひと口齧りながら、夜明けの空を見た。
「軍人上がりのガロウってやつがいるんだろ? あいつがまだ動けるなら、そうそう雑な手は打ってこねぇ」
ハーシェルは、ぶっきらぼうにそう言いながらも、地図の一角――南東街道沿いの古砦に視線を落とした。
「だが、連中がいま守りに徹してるって時点で、逆に動けねえって証拠さ。リィナ公女も負傷、加賀谷も逃げ延びたって話だ」
「……つまり、“要”を欠いた王都は、守りの形だけで手いっぱい。数に勝る我らが一気に押し切れる。そういうことか?」
「ま、そう読めるな。なにより、今のうちに砦を押さえちまえば、兵站も絶たれる。王都は餓える」
そう結論づけると、バルト・グレノアは冷たく口元を歪めた。
「腐りきった国でも、帳簿が整えば旨味が出る。……奪うなら、今だ。整いきる前に、ぶん取ってやる」
地図上の赤い線――南東街道は、まるで血管のように王都へ伸びている。
まさにそこが、加賀谷たちの“撒き餌”だった。
25
あなたにおすすめの小説
国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします。
樋口紗夕
恋愛
公爵令嬢ヘレーネは王立魔法学園の卒業パーティーで第三王子ジークベルトから婚約破棄を宣言される。
ジークベルトの真実の愛の相手、男爵令嬢ルーシアへの嫌がらせが原因だ。
国外追放を言い渡したジークベルトに、ヘレーネは眉一つ動かさずに答えた。
「国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします」
お前には才能が無いと言われて公爵家から追放された俺は、前世が最強職【奪盗術師】だったことを思い出す ~今さら謝られても、もう遅い~
志鷹 志紀
ファンタジー
「お前には才能がない」
この俺アルカは、父にそう言われて、公爵家から追放された。
父からは無能と蔑まれ、兄からは酷いいじめを受ける日々。
ようやくそんな日々と別れられ、少しばかり嬉しいが……これからどうしようか。
今後の不安に悩んでいると、突如として俺の脳内に記憶が流れた。
その時、前世が最強の【奪盗術師】だったことを思い出したのだ。
追放された私の代わりに入った女、三日で国を滅ぼしたらしいですよ?
タマ マコト
ファンタジー
王国直属の宮廷魔導師・セレス・アルトレイン。
白銀の髪に琥珀の瞳を持つ、稀代の天才。
しかし、その才能はあまりに“美しすぎた”。
王妃リディアの嫉妬。
王太子レオンの盲信。
そして、セレスを庇うはずだった上官の沈黙。
「あなたの魔法は冷たい。心がこもっていないわ」
そう言われ、セレスは**『無能』の烙印**を押され、王国から追放される。
彼女はただ一言だけ残した。
「――この国の炎は、三日で尽きるでしょう。」
誰もそれを脅しとは受け取らなかった。
だがそれは、彼女が未来を見通す“預言魔法”の言葉だったのだ。
どうも、命中率0%の最弱村人です 〜隠しダンジョンを周回してたらレベル∞になったので、種族進化して『半神』目指そうと思います〜
サイダーボウイ
ファンタジー
この世界では15歳になって成人を迎えると『天恵の儀式』でジョブを授かる。
〈村人〉のジョブを授かったティムは、勇者一行が訪れるのを待つ村で妹とともに仲良く暮らしていた。
だがちょっとした出来事をきっかけにティムは村から追放を言い渡され、モンスターが棲息する森へと放り出されてしまう。
〈村人〉の固有スキルは【命中率0%】というデメリットしかない最弱スキルのため、ティムはスライムすらまともに倒せない。
危うく死にかけたティムは森の中をさまよっているうちにある隠しダンジョンを発見する。
『【煌世主の意志】を感知しました。EXスキル【オートスキップ】が覚醒します』
いきなり現れたウィンドウに驚きつつもティムは試しに【オートスキップ】を使ってみることに。
すると、いつの間にか自分のレベルが∞になって……。
これは、やがて【種族の支配者(キング・オブ・オーバーロード)】と呼ばれる男が、最弱の村人から最強種族の『半神』へと至り、世界を救ってしまうお話である。
戦場の英雄、上官の陰謀により死亡扱いにされ、故郷に帰ると許嫁は結婚していた。絶望の中、偶然助けた許嫁の娘に何故か求婚されることに
千石
ファンタジー
「絶対生きて帰ってくる。その時は結婚しよう」
「はい。あなたの帰りをいつまでも待ってます」
許嫁と涙ながらに約束をした20年後、英雄と呼ばれるまでになったルークだったが生還してみると死亡扱いにされていた。
許嫁は既に結婚しており、ルークは絶望の只中に。
上官の陰謀だと知ったルークは激怒し、殴ってしまう。
言い訳をする気もなかったため、全ての功績を抹消され、貰えるはずだった年金もパー。
絶望の中、偶然助けた子が許嫁の娘で、
「ルーク、あなたに惚れたわ。今すぐあたしと結婚しなさい!」
何故か求婚されることに。
困りながらも巻き込まれる騒動を通じて
ルークは失っていた日常を段々と取り戻していく。
こちらは他のウェブ小説にも投稿しております。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
婚約破棄をされ、父に追放まで言われた私は、むしろ喜んで出て行きます! ~家を出る時に一緒に来てくれた執事の溺愛が始まりました~
ゆうき
恋愛
男爵家の次女として生まれたシエルは、姉と妹に比べて平凡だからという理由で、父親や姉妹からバカにされ、虐げられる生活を送っていた。
そんな生活に嫌気がさしたシエルは、とある計画を考えつく。それは、婚約者に社交界で婚約を破棄してもらい、その責任を取って家を出て、自由を手に入れるというものだった。
シエルの専属の執事であるラルフや、幼い頃から実の兄のように親しくしてくれていた婚約者の協力の元、シエルは無事に婚約を破棄され、父親に見捨てられて家を出ることになった。
ラルフも一緒に来てくれることとなり、これで念願の自由を手に入れたシエル。しかし、シエルにはどこにも行くあてはなかった。
それをラルフに伝えると、隣の国にあるラルフの故郷に行こうと提案される。
それを承諾したシエルは、これからの自由で幸せな日々を手に入れられると胸を躍らせていたが、その幸せは家族によって邪魔をされてしまう。
なんと、家族はシエルとラルフを広大な湖に捨て、自らの手を汚さずに二人を亡き者にしようとしていた――
☆誤字脱字が多いですが、見つけ次第直しますのでご了承ください☆
☆全文字はだいたい14万文字になっています☆
☆完結まで予約済みなので、エタることはありません!☆
地味令嬢を見下した元婚約者へ──あなたの国、今日滅びますわよ
タマ マコト
ファンタジー
王都の片隅にある古びた礼拝堂で、静かに祈りと針仕事を続ける地味な令嬢イザベラ・レーン。
灰色の瞳、色褪せたドレス、目立たない声――誰もが彼女を“無害な聖女気取り”と笑った。
だが彼女の指先は、ただ布を縫っていたのではない。祈りの糸に、前世の記憶と古代詠唱を縫い込んでいた。
ある夜、王都の大広間で開かれた舞踏会。
婚約者アルトゥールは、人々の前で冷たく告げる――「君には何の価値もない」。
嘲笑の中で、イザベラはただ微笑んでいた。
その瞳の奥で、何かが静かに目覚めたことを、誰も気づかないまま。
翌朝、追放の命が下る。
砂埃舞う道を進みながら、彼女は古びた巻物の一節を指でなぞる。
――“真実を映す者、偽りを滅ぼす”
彼女は祈る。けれど、その祈りはもう神へのものではなかった。
地味令嬢と呼ばれた女が、国そのものに裁きを下す最初の一歩を踏み出す。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる