赤字国家に召喚されたので、まずは売却から始めます──でも断られたので価値を爆上げして帝国に頭を下げさせることにしました【TOP3入り感謝】

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第二部:国内動乱編

第六節:明暗は分かれた

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 煙幕の中、視界はほとんどきかない。だが槍は、確実に黒狼隊の戦列を抉っていく。

 「隊列を整えろ! 前へ! ……前に出ろ、斬り裂いて突破しろッ!」

 ハーシェルが怒鳴る。彼の指揮の下、古兵たちは鍛え抜かれた動きで即応しようとしたが、それを許さぬ“仕掛け”がそこかしこに潜んでいた。

 魔導傀儡──

 草陰に忍ばせてあったそれが、瞬間的に展開し、細工粉を撒き散らす。金属を鈍らせる微粒子は、黒狼隊の鎧の継ぎ目をわずかに軋ませ、刃の斬れ味を落とす。

 「くそ……斬れが甘い、武器がっ……!」

 黒狼隊の兵たちが動揺し、陣形が乱れる。

 その隙を、槍を携えた突撃隊が的確に突いた。狭い街道での迎撃戦は、数よりも隊列と連携がものをいう。指揮をとるガロウは、片腕を吊ったままでも動きに淀みがない。

 「押し切れ! 前列、踏み込め! 弓兵、第二波、構え!」

 同時刻。

 森林の影に潜んでいた義勇弓兵隊が、一斉に矢を放った。煙と霧に揺れる戦場の空に、無数の矢が浮かび上がるように走る。

 矢の雨が降る。
 黒狼隊の中央列が悲鳴と共に崩れた。

 「――っ! 背後に、廻ってる!? どうして……!」

 後方からは、近衛第二分隊が回り込み、退路を塞ぎにかかっていた。すでに全体は袋の鼠状態だった。

 そのとき、ザルダ蛮族の騎射隊が駆けつけようとするが、林間の“細工粉”にまみれた馬たちが制御不能に陥り、あちこちで蹄が狂った。

 「馬が……駄目だ、これ以上近づけない!」

 ザルダの副長が怒声を上げるも、もうどうにもならない。

 ――包囲、完成。

 

 王城地下では、ミロの端末が戦況を映し出していた。

 「敵主力、戦列崩壊! 包囲完了です!」

 ミロの声に、加賀谷は腕を組んだまま、静かに頷く。

 「……いい。殲滅は不要だ、投降を受け入れろ」

 「えっ?」

 ミロが目を瞬かせるが、加賀谷は端末の画面を見ながら即答する。

 「反乱は“金”で動いている。人材を潰すより、情報源として使った方が効率がいい」

 その時、通信符が青く瞬いた。

 「加賀谷殿。こちらガロウ。敵隊、降伏の意あり。指示を乞う」

 加賀谷は頷き、即座に返す。

 「包囲を維持しつつ受諾。貴族家の名を洗い出せ。書状、兵装、備蓄品、すべて記録して証拠を押さえろ」

 その返答に、魔導符が再び明滅した。

 反乱軍の“中核”が、崩れた――。


* * *


 朝靄が差し込むころ、戦場に沈黙が戻っていた。

 黒狼隊の兵たちは武器を捨て、膝をついていた。近衛と義勇兵によって縄をかけられ、負傷者は衛生班に引き渡される。血にまみれた戦場にしては、異様なほど静かな光景だった。

 「……手間をかけてすまんが、ひとり残らず確認してくれ。名と出身地、装備の出所、それから誰の命で動いたかを」

 ガロウが部下に指示を飛ばす。

 その声の後ろで、加賀谷がひとつ、大きく息を吐いた。

 「この反乱、“事前の火種”を潰しておけば、次はない。証拠さえ押さえれば、法のもとで粛清できる」

 彼の手元には、捕虜たちの供述が記された記録符と、ミロが管理していた裏取引の一覧、そして戦場で押収された補給物資の印付き木箱があった。

 「資金の出所、武器の流通ルート、指揮命令系統。……全部揃ってる」

 加賀谷はそれらを見つめ、ゆっくりと頷いた。

 「ミロ、該当する貴族家にマークをつけておいてくれ。“実行犯”はこの中にいる」

 「か、かしこまりましたっ……!」

 ミロは端末を操作しながらも、その声にわずかな怒気を帯びていた。彼女にとっても、この反乱は見過ごせるものではなかったのだ。

 

 一方、捕虜となった傭兵団〈黒狼隊〉の指揮官・ハーシェルは、両手を縛られたまま、無言で空を見上げていた。

 「……なるほどな。あんたら、こっちが想像してたよりずっと“整ってやがる”じゃねえか」

 嗄れた声で、誰にともなく言う。

 「ガロウ、ってのが動けるうちは警戒すべきだと……くそ、ほんとにその通りだったか」

 

 彼の隣には、憔悴しきった男がひとり。

 バルト・グレノア伯。

 古びた紋章入りのマントは泥にまみれ、威厳の欠片も残っていない。

 「……なぜ、うまくいかぬ……。あれほどの備えをしたのに、なぜ……っ」

 震える声は、もはや貴族のそれではなかった。

 「この国は、貴族のものだった……かつては、我らが治めていた……っ」

 歯噛みするバルトに、ハーシェルは一度だけ視線を向けた。

 「……あんたは“変わる国”をなめてたんだ。昔のまんまだと思ってた。それが命取りだ」

 

 捕虜たちを乗せた輸送車が、王都の方向へと動き出す。

 新たな秩序が、ゆっくりと姿を見せ始めていた。

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