赤字国家に召喚されたので、まずは売却から始めます──でも断られたので価値を爆上げして帝国に頭を下げさせることにしました【TOP3入り感謝】

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第二部:国内動乱編

第八節:贈り物と忠誠

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 王城の西庭に、小型の飛行艇が降り立った。

 華やかさこそないが、船体には細やかな彫金装飾が施されている。商人の趣味にしては洒落すぎていたが、この艇の持ち主を思えば納得だった。

 加賀谷零は中庭のベンチに腰をかけ、揺れる緑陰を見つめていた。

 風が葉を撫で、鳥が高く鳴く。

 やがて、足音。革靴が石畳を鳴らし、軽やかな声が響く。

 「……よう、相変わらずの余裕っぷりだな、大公閣下?」

 「レオン・グレイブ。元気そうだな。貿易王になったって噂は本当だったらしい」

 「おかげさまで。加賀谷起案の“中継港構想”が予想以上に当たってな。帝国と沿岸諸国が慌てて動くのを見て、俺はひと足お先に仕込ませてもらった」

 レオンは人懐っこい笑みを浮かべ、ベンチの背にもたれかかった。
 「……で、届いたんだな」

 加賀谷が声を落として尋ねると、レオンは小さく頷き、手にした小箱を掲げてみせた。

 「まさか本当に手に入るとは思わなかったよ。絶版品だろ、これ。帝都でも在庫はほぼなかった」

 「無理言ったな。礼は後で」

 「いいさ。あんたの“そういう顔”を久々に見られただけで、割に合った」

 レオンが意味深に笑った。

 「……しかし、懐かしい香りだな。あれは、リィナの母親が愛用していたやつか?」

 加賀谷は答えず、ただ目を細めて箱を受け取る。

 その仕草に、すでに全てが込められていた。
 *

 リィナの私室は、窓から午後の陽が差し込んで柔らかな陰影を落としていた。
 机の上には、きょう発行された《ミティア新報》が広げられ、黒々とした見出しが目を引く。

〈大公と公女、婚約進まず? 政務不協和の噂〉

 「ほんとうに、好き放題書いて……」

 リィナは頬を膨らませた。
 そこへ、ノック音。開いた扉の向こうに加賀谷が立つ。

 「見出し、派手だな」

 「……笑わないでください。悪趣味なんですから」

 加賀谷は苦笑し、新聞を折りたたむと卓上の隅へ置いた。
 「不仲説、だってさ。実際どう思う?」

 「わ、わたくしは──そ、その……っ。形式のためだけに結婚するつもりはありませんが……不仲というほどでは……」

 声が尻すぼみになる。
 加賀谷は言葉を継がず、代わりに小箱を差し出した。

 「いつも助けてもらってる礼だ。受け取ってくれ」

 「え?」

 リボンを解くと、曇り一つないガラス瓶が現れた。淡い紫の液体が揺れ、柑橘と白花の甘い香りがふわりと立つ。

 震える声。
 「……この香り、まさか……」

 加賀谷は静かに頷いた。
 「前に君が話してくれただろ。幼い頃、お母さんの袖口から漂ってきた“初夏の庭”の香りが忘れられないって」

 半年前、深夜の書庫での雑談。
 帳簿整理に追われる二人の合間、リィナはふと母を語った。
 〈あの香りだけは、もう二度と手に入らないのです〉と、寂しげに笑って。

 「物流が回り始めたとき、レオンに探させた。在庫を持っていた帝都の調香師が一瓶だけ手放したらしい」

 リィナは手の中の瓶をそっと胸元に抱え、息を整える。
 涙は見せない。けれど頬がほんのり朱に染まる。

 「……ありがとう、ございます。大公閣下」

 いつもの張りのある声は影を潜め、代わりに囁くような柔らかさが滲む。
 だが次の瞬間――軽く咳払いをして姿勢を正した。

 「こ、個人的な感謝は別としても、婚約の件は急ぎませんわ。公務がお忙しいでしょうし」

 ツンと肩をすくめる仕草は残るが、瞳に宿る光はどこか照れくさそうだ。
 加賀谷は微笑だけ返し、深追いはしない。

 「飾り棚じゃなく、たまには使ってくれ。香りは揮発するものだからな」

 「……検討いたしますわ」
 リィナは小さく頷き、瓶を大切そうに包み直した。

 *
 香水瓶を抱えたリィナと別れ、加賀谷は静かな回廊へ出た。
 足取りを整えるうち、奥の分厚い扉が重々しく開き、近衛が小走りで近づく。

 「大公閣下。応接の間に――レヴァンティス家当主がお見えです」

 あの大貴族が、ついに動いたか。
 加賀谷が頷くと、近衛は控えめに身を引く。石畳を渡る硬質な靴音が近づき、緋色の外套が視界を染めた。

 廊下に出ると、長身の男が一礼した。
 赤の外套に黒い礼服――ヴァルド・レヴァンティス。ミティア公国中で当代屈指の大貴族の当主だ。

 「お噂はかねがね。遅ればせながら、レヴァンティス家一同、閣下の改革に与(くみ)する所存です」

 低頭の声音は静かだが、熱がある。
 加賀谷は差し出された手を握り返した。

 「歓迎しよう。国内の調整役として、そして国外への橋渡し役として――君の力を借りたい」

 「望むところです。ミティアの未来を共に築きましょう」

 窓辺を夕陽が染める。
 淡い香水の余香と、新たな忠臣の誓い。
 大公と公女、そして国を動かす歯車は、静かに次の段階へと噛み合い始めた。
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