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第四部:帝国との第二戦
第三節:貨幣を蝕む毒牙
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黎明の光が、ヴェステラの尖塔群を静かに照らしていた。
魔導転送路が交差し、共通通貨《ルーメ》が流通するこの自由都市は、今や交易の中心地として日々拡張を続けている。
各国の商人、技術者、外交使節が入り交じるこの街は、まさに公国が構想する“国際ハブ”の実験場だった。
……だが、その構造はまだ脆い。
中央庁舎の一室で、加賀谷零は分厚い報告書の山を前に眉間を押さえていた。
封印術式を模した精巧な偽札。信用を揺るがす小さな“ほころび”が、経済圏全体を瓦解させる可能性すらある。
働き詰めの日々の理由は、まさにその対処と検証だった。
ノックの音が静かに響いた。
「加賀谷閣下、ご報告をお持ちしました」
姿を見せたのは、ライズ・ヴォーグ。
帝国軍術式技術課出身で、現在はヴァルド・レヴァンティスの私設調査官として動いている。
「……レヴァンティス公からか。通せ」
ライズは黙礼し、丁寧に封印符の施された封筒を差し出す。
加賀谷はそれを受け取り、手早く中身に目を通した。
図解と解析表、符号の比較構成、術式の変遷史。
軍票に用いられた過去の封印術式と、今回の偽札に刻まれたものとの一致率——八九%。
加賀谷は報告書を伏せると、指先で軽くそれを叩いた。
「つまりこれは、帝国が仕掛けたものだと?」
ライズは頷いた。
「はい。術式の骨格、符号配列、記憶転写式の位置づけ──いずれも帝国西方戦役の際に用いられたものと一致しています。
裏付けをもって“本物”に見せかけるには、非常に都合がいい手口です」
加賀谷は口を閉ざしたまま、しばし沈黙した。
貨幣というのは、単なる交換手段ではない。
それは信用の象徴であり、国家という構造そのものを支える“信”の結晶だ。
それを、よりによって“国家”が壊しにかかってきた。
——ああ、これはもう、「戦争」だ。
「……了解した。ヴァルドには礼を。追って連絡すると伝えてくれ」
「かしこまりました」
ライズが静かに頭を下げると、扉の向こうへと姿を消した。
* * *
その夜、加賀谷は静かに魔導書簡を綴っていた。宛先は公都に残るリィナ・ミティア。
「帝国が我々の通貨を狙っている。
詳細は書けないが、今後、公都でも同様の動きがあるかもしれない。
刺客が動く可能性もある。警備の強化を頼む。……何も起きなければそれが一番だ。
だが万が一に備えてほしい。
加賀谷 零」
言葉を選びながらも、余計な情は混ぜなかった。
彼女なら、読み取ってくれるだろうと信じていた。
書簡を転送した直後、また一つの報告が手元に届いた。
差出人は自由都市の統括商人代表、レオン・グレイブ。
「おれが声かけておいた商会連中、だいたい話つけた。利率と倉庫枠で乗ってくる。
……ついでに港湾ギルドの噂話、少し収まったよ」
レオンの手際は早かった。
帝国が流したであろう「ルーメ不安説」を沈静化させるには、理屈よりも利益で説き伏せるのが一番だと、加賀谷自身がよく知っていた。
その日の午後には、港湾ギルドの会議室に主要商会と文官が一堂に会した。
加賀谷は静かに席に着くと、議題を簡潔に提示する。
「市内で《偽貨幣》が発見された。流通量はまだ少ない。だが放置すれば市場全体の信用が瓦解する」
一瞬、場がざわついた。
「本物と見分けがつかないのですか?」
文官の一人が問う。
「今は専用の照合端末が必要だ。だが、三日以内にそれを全市場に配備する。
そのうえで“ルーメの安全宣言”を発する。
ただし、不安を煽る商会があれば、港湾施設の利用を一時停止する。――それが、行政側の方針だ」
商人たちは一様に顔を見合わせた。
しかし、誰も否定の声を上げなかった。
彼らにとって、“混乱”はもっとも忌むべき損失だったからだ。
会議が終わり、文官たちが退席する中で、加賀谷はレオンの隣に歩み寄った。
「助かった。君がいなければ、ここまでは一晩では動かなかった」
「ま、カガヤのやることは無茶だけど、結果出すからつい応援したくなるんだよな。
それに、オレもこの都市が好きだからな。潰されたくないのさ」
レオンは笑って、手をひらひら振った。
その言葉に、加賀谷もわずかに口元を緩めた。
だが、心の奥には重い靄が残る。
帝国は“殴る”でもなく“奪う”でもない。
“腐らせる”ことで、こちらの根を断ちに来ている。
――やはり、これはただの経済攻撃ではない。
* * *
自由都市の塔の灯りが、夕焼けに混じって揺れていた。
日が沈む前に、もっと先を見なければならない。
そう思っていたその時、公都からの返書が届く。
リィナの字は、いつも通り整っていた。
「了解しました。
近衛の再配置を行い、要人街にも目を配らせます。
……あなたがいないと、やはり忙しいですね。
カガヤ、倒れる前に少し休むように。
——リィナ」
手紙の最後にだけ、彼女らしい優しさがにじんでいた。
加賀谷は苦笑して、机の端にそれをそっと置いた。
その頃、地下深く。
帝国の工房では、第二波の偽札鋳型が冷たい鉄音を立てていた。
何者かが、慎重にそれを並べている。
その影は名もなく、顔も知られていない。
だが彼の手が、次に“封印”を破る鍵を握っていた。
◆あとがき◆
毎日 夜21時に5話ずつ更新予定です!
更新の励みになりますので、
いいね&お気に入り登録していただけると本当にうれしいです!
今後も読みやすく、テンポよく、そして楽しい。
そんな物語を目指して更新していきますので、引き続きよろしくお願いいたします!
魔導転送路が交差し、共通通貨《ルーメ》が流通するこの自由都市は、今や交易の中心地として日々拡張を続けている。
各国の商人、技術者、外交使節が入り交じるこの街は、まさに公国が構想する“国際ハブ”の実験場だった。
……だが、その構造はまだ脆い。
中央庁舎の一室で、加賀谷零は分厚い報告書の山を前に眉間を押さえていた。
封印術式を模した精巧な偽札。信用を揺るがす小さな“ほころび”が、経済圏全体を瓦解させる可能性すらある。
働き詰めの日々の理由は、まさにその対処と検証だった。
ノックの音が静かに響いた。
「加賀谷閣下、ご報告をお持ちしました」
姿を見せたのは、ライズ・ヴォーグ。
帝国軍術式技術課出身で、現在はヴァルド・レヴァンティスの私設調査官として動いている。
「……レヴァンティス公からか。通せ」
ライズは黙礼し、丁寧に封印符の施された封筒を差し出す。
加賀谷はそれを受け取り、手早く中身に目を通した。
図解と解析表、符号の比較構成、術式の変遷史。
軍票に用いられた過去の封印術式と、今回の偽札に刻まれたものとの一致率——八九%。
加賀谷は報告書を伏せると、指先で軽くそれを叩いた。
「つまりこれは、帝国が仕掛けたものだと?」
ライズは頷いた。
「はい。術式の骨格、符号配列、記憶転写式の位置づけ──いずれも帝国西方戦役の際に用いられたものと一致しています。
裏付けをもって“本物”に見せかけるには、非常に都合がいい手口です」
加賀谷は口を閉ざしたまま、しばし沈黙した。
貨幣というのは、単なる交換手段ではない。
それは信用の象徴であり、国家という構造そのものを支える“信”の結晶だ。
それを、よりによって“国家”が壊しにかかってきた。
——ああ、これはもう、「戦争」だ。
「……了解した。ヴァルドには礼を。追って連絡すると伝えてくれ」
「かしこまりました」
ライズが静かに頭を下げると、扉の向こうへと姿を消した。
* * *
その夜、加賀谷は静かに魔導書簡を綴っていた。宛先は公都に残るリィナ・ミティア。
「帝国が我々の通貨を狙っている。
詳細は書けないが、今後、公都でも同様の動きがあるかもしれない。
刺客が動く可能性もある。警備の強化を頼む。……何も起きなければそれが一番だ。
だが万が一に備えてほしい。
加賀谷 零」
言葉を選びながらも、余計な情は混ぜなかった。
彼女なら、読み取ってくれるだろうと信じていた。
書簡を転送した直後、また一つの報告が手元に届いた。
差出人は自由都市の統括商人代表、レオン・グレイブ。
「おれが声かけておいた商会連中、だいたい話つけた。利率と倉庫枠で乗ってくる。
……ついでに港湾ギルドの噂話、少し収まったよ」
レオンの手際は早かった。
帝国が流したであろう「ルーメ不安説」を沈静化させるには、理屈よりも利益で説き伏せるのが一番だと、加賀谷自身がよく知っていた。
その日の午後には、港湾ギルドの会議室に主要商会と文官が一堂に会した。
加賀谷は静かに席に着くと、議題を簡潔に提示する。
「市内で《偽貨幣》が発見された。流通量はまだ少ない。だが放置すれば市場全体の信用が瓦解する」
一瞬、場がざわついた。
「本物と見分けがつかないのですか?」
文官の一人が問う。
「今は専用の照合端末が必要だ。だが、三日以内にそれを全市場に配備する。
そのうえで“ルーメの安全宣言”を発する。
ただし、不安を煽る商会があれば、港湾施設の利用を一時停止する。――それが、行政側の方針だ」
商人たちは一様に顔を見合わせた。
しかし、誰も否定の声を上げなかった。
彼らにとって、“混乱”はもっとも忌むべき損失だったからだ。
会議が終わり、文官たちが退席する中で、加賀谷はレオンの隣に歩み寄った。
「助かった。君がいなければ、ここまでは一晩では動かなかった」
「ま、カガヤのやることは無茶だけど、結果出すからつい応援したくなるんだよな。
それに、オレもこの都市が好きだからな。潰されたくないのさ」
レオンは笑って、手をひらひら振った。
その言葉に、加賀谷もわずかに口元を緩めた。
だが、心の奥には重い靄が残る。
帝国は“殴る”でもなく“奪う”でもない。
“腐らせる”ことで、こちらの根を断ちに来ている。
――やはり、これはただの経済攻撃ではない。
* * *
自由都市の塔の灯りが、夕焼けに混じって揺れていた。
日が沈む前に、もっと先を見なければならない。
そう思っていたその時、公都からの返書が届く。
リィナの字は、いつも通り整っていた。
「了解しました。
近衛の再配置を行い、要人街にも目を配らせます。
……あなたがいないと、やはり忙しいですね。
カガヤ、倒れる前に少し休むように。
——リィナ」
手紙の最後にだけ、彼女らしい優しさがにじんでいた。
加賀谷は苦笑して、机の端にそれをそっと置いた。
その頃、地下深く。
帝国の工房では、第二波の偽札鋳型が冷たい鉄音を立てていた。
何者かが、慎重にそれを並べている。
その影は名もなく、顔も知られていない。
だが彼の手が、次に“封印”を破る鍵を握っていた。
◆あとがき◆
毎日 夜21時に5話ずつ更新予定です!
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今後も読みやすく、テンポよく、そして楽しい。
そんな物語を目指して更新していきますので、引き続きよろしくお願いいたします!
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