赤字国家に召喚されたので、まずは売却から始めます──でも断られたので価値を爆上げして帝国に頭を下げさせることにしました【TOP3入り感謝】

25BCHI

文字の大きさ
33 / 76
第四部:帝国との第二戦

第三節:貨幣を蝕む毒牙

しおりを挟む
 黎明の光が、ヴェステラの尖塔群を静かに照らしていた。
 魔導転送路が交差し、共通通貨《ルーメ》が流通するこの自由都市は、今や交易の中心地として日々拡張を続けている。
 各国の商人、技術者、外交使節が入り交じるこの街は、まさに公国が構想する“国際ハブ”の実験場だった。

 ……だが、その構造はまだ脆い。

 中央庁舎の一室で、加賀谷零は分厚い報告書の山を前に眉間を押さえていた。
 封印術式を模した精巧な偽札。信用を揺るがす小さな“ほころび”が、経済圏全体を瓦解させる可能性すらある。
 働き詰めの日々の理由は、まさにその対処と検証だった。

 ノックの音が静かに響いた。

「加賀谷閣下、ご報告をお持ちしました」

 姿を見せたのは、ライズ・ヴォーグ。
 帝国軍術式技術課出身で、現在はヴァルド・レヴァンティスの私設調査官として動いている。

「……レヴァンティス公からか。通せ」

 ライズは黙礼し、丁寧に封印符の施された封筒を差し出す。
 加賀谷はそれを受け取り、手早く中身に目を通した。

 図解と解析表、符号の比較構成、術式の変遷史。
 軍票に用いられた過去の封印術式と、今回の偽札に刻まれたものとの一致率——八九%。
 加賀谷は報告書を伏せると、指先で軽くそれを叩いた。

「つまりこれは、帝国が仕掛けたものだと?」

 ライズは頷いた。

「はい。術式の骨格、符号配列、記憶転写式の位置づけ──いずれも帝国西方戦役の際に用いられたものと一致しています。
 裏付けをもって“本物”に見せかけるには、非常に都合がいい手口です」

 加賀谷は口を閉ざしたまま、しばし沈黙した。

 貨幣というのは、単なる交換手段ではない。
 それは信用の象徴であり、国家という構造そのものを支える“信”の結晶だ。
 それを、よりによって“国家”が壊しにかかってきた。

 ——ああ、これはもう、「戦争」だ。

「……了解した。ヴァルドには礼を。追って連絡すると伝えてくれ」

「かしこまりました」

 ライズが静かに頭を下げると、扉の向こうへと姿を消した。




 * * *




 その夜、加賀谷は静かに魔導書簡を綴っていた。宛先は公都に残るリィナ・ミティア。

「帝国が我々の通貨を狙っている。
詳細は書けないが、今後、公都でも同様の動きがあるかもしれない。
刺客が動く可能性もある。警備の強化を頼む。……何も起きなければそれが一番だ。
だが万が一に備えてほしい。
加賀谷 零」

 言葉を選びながらも、余計な情は混ぜなかった。
 彼女なら、読み取ってくれるだろうと信じていた。

 書簡を転送した直後、また一つの報告が手元に届いた。
 差出人は自由都市の統括商人代表、レオン・グレイブ。

「おれが声かけておいた商会連中、だいたい話つけた。利率と倉庫枠で乗ってくる。
 ……ついでに港湾ギルドの噂話、少し収まったよ」

 レオンの手際は早かった。
 帝国が流したであろう「ルーメ不安説」を沈静化させるには、理屈よりも利益で説き伏せるのが一番だと、加賀谷自身がよく知っていた。

 その日の午後には、港湾ギルドの会議室に主要商会と文官が一堂に会した。
 加賀谷は静かに席に着くと、議題を簡潔に提示する。

「市内で《偽貨幣》が発見された。流通量はまだ少ない。だが放置すれば市場全体の信用が瓦解する」

 一瞬、場がざわついた。

「本物と見分けがつかないのですか?」

 文官の一人が問う。

「今は専用の照合端末が必要だ。だが、三日以内にそれを全市場に配備する。
 そのうえで“ルーメの安全宣言”を発する。
 ただし、不安を煽る商会があれば、港湾施設の利用を一時停止する。――それが、行政側の方針だ」

 商人たちは一様に顔を見合わせた。
 しかし、誰も否定の声を上げなかった。
 彼らにとって、“混乱”はもっとも忌むべき損失だったからだ。

 会議が終わり、文官たちが退席する中で、加賀谷はレオンの隣に歩み寄った。

「助かった。君がいなければ、ここまでは一晩では動かなかった」

「ま、カガヤのやることは無茶だけど、結果出すからつい応援したくなるんだよな。
 それに、オレもこの都市が好きだからな。潰されたくないのさ」

 レオンは笑って、手をひらひら振った。

 その言葉に、加賀谷もわずかに口元を緩めた。
 だが、心の奥には重い靄が残る。
 帝国は“殴る”でもなく“奪う”でもない。
 “腐らせる”ことで、こちらの根を断ちに来ている。

 ――やはり、これはただの経済攻撃ではない。




 * * *



 自由都市の塔の灯りが、夕焼けに混じって揺れていた。
 日が沈む前に、もっと先を見なければならない。

 そう思っていたその時、公都からの返書が届く。

 リィナの字は、いつも通り整っていた。

「了解しました。
近衛の再配置を行い、要人街にも目を配らせます。
……あなたがいないと、やはり忙しいですね。
カガヤ、倒れる前に少し休むように。
——リィナ」

 手紙の最後にだけ、彼女らしい優しさがにじんでいた。
 加賀谷は苦笑して、机の端にそれをそっと置いた。

 その頃、地下深く。
 帝国の工房では、第二波の偽札鋳型が冷たい鉄音を立てていた。
 何者かが、慎重にそれを並べている。

 その影は名もなく、顔も知られていない。
 だが彼の手が、次に“封印”を破る鍵を握っていた。




◆あとがき◆
毎日 夜21時に5話ずつ更新予定です!
更新の励みになりますので、
いいね&お気に入り登録していただけると本当にうれしいです!

今後も読みやすく、テンポよく、そして楽しい。
そんな物語を目指して更新していきますので、引き続きよろしくお願いいたします!
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします。

樋口紗夕
恋愛
公爵令嬢ヘレーネは王立魔法学園の卒業パーティーで第三王子ジークベルトから婚約破棄を宣言される。 ジークベルトの真実の愛の相手、男爵令嬢ルーシアへの嫌がらせが原因だ。 国外追放を言い渡したジークベルトに、ヘレーネは眉一つ動かさずに答えた。 「国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします」

お前には才能が無いと言われて公爵家から追放された俺は、前世が最強職【奪盗術師】だったことを思い出す ~今さら謝られても、もう遅い~

志鷹 志紀
ファンタジー
「お前には才能がない」 この俺アルカは、父にそう言われて、公爵家から追放された。 父からは無能と蔑まれ、兄からは酷いいじめを受ける日々。 ようやくそんな日々と別れられ、少しばかり嬉しいが……これからどうしようか。 今後の不安に悩んでいると、突如として俺の脳内に記憶が流れた。 その時、前世が最強の【奪盗術師】だったことを思い出したのだ。

追放された私の代わりに入った女、三日で国を滅ぼしたらしいですよ?

タマ マコト
ファンタジー
王国直属の宮廷魔導師・セレス・アルトレイン。 白銀の髪に琥珀の瞳を持つ、稀代の天才。 しかし、その才能はあまりに“美しすぎた”。 王妃リディアの嫉妬。 王太子レオンの盲信。 そして、セレスを庇うはずだった上官の沈黙。 「あなたの魔法は冷たい。心がこもっていないわ」 そう言われ、セレスは**『無能』の烙印**を押され、王国から追放される。 彼女はただ一言だけ残した。 「――この国の炎は、三日で尽きるでしょう。」 誰もそれを脅しとは受け取らなかった。 だがそれは、彼女が未来を見通す“預言魔法”の言葉だったのだ。

どうも、命中率0%の最弱村人です 〜隠しダンジョンを周回してたらレベル∞になったので、種族進化して『半神』目指そうと思います〜

サイダーボウイ
ファンタジー
この世界では15歳になって成人を迎えると『天恵の儀式』でジョブを授かる。 〈村人〉のジョブを授かったティムは、勇者一行が訪れるのを待つ村で妹とともに仲良く暮らしていた。 だがちょっとした出来事をきっかけにティムは村から追放を言い渡され、モンスターが棲息する森へと放り出されてしまう。 〈村人〉の固有スキルは【命中率0%】というデメリットしかない最弱スキルのため、ティムはスライムすらまともに倒せない。 危うく死にかけたティムは森の中をさまよっているうちにある隠しダンジョンを発見する。 『【煌世主の意志】を感知しました。EXスキル【オートスキップ】が覚醒します』 いきなり現れたウィンドウに驚きつつもティムは試しに【オートスキップ】を使ってみることに。 すると、いつの間にか自分のレベルが∞になって……。 これは、やがて【種族の支配者(キング・オブ・オーバーロード)】と呼ばれる男が、最弱の村人から最強種族の『半神』へと至り、世界を救ってしまうお話である。

戦場の英雄、上官の陰謀により死亡扱いにされ、故郷に帰ると許嫁は結婚していた。絶望の中、偶然助けた許嫁の娘に何故か求婚されることに

千石
ファンタジー
「絶対生きて帰ってくる。その時は結婚しよう」 「はい。あなたの帰りをいつまでも待ってます」 許嫁と涙ながらに約束をした20年後、英雄と呼ばれるまでになったルークだったが生還してみると死亡扱いにされていた。 許嫁は既に結婚しており、ルークは絶望の只中に。 上官の陰謀だと知ったルークは激怒し、殴ってしまう。 言い訳をする気もなかったため、全ての功績を抹消され、貰えるはずだった年金もパー。 絶望の中、偶然助けた子が許嫁の娘で、 「ルーク、あなたに惚れたわ。今すぐあたしと結婚しなさい!」 何故か求婚されることに。 困りながらも巻き込まれる騒動を通じて ルークは失っていた日常を段々と取り戻していく。 こちらは他のウェブ小説にも投稿しております。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

婚約破棄をされ、父に追放まで言われた私は、むしろ喜んで出て行きます! ~家を出る時に一緒に来てくれた執事の溺愛が始まりました~

ゆうき
恋愛
男爵家の次女として生まれたシエルは、姉と妹に比べて平凡だからという理由で、父親や姉妹からバカにされ、虐げられる生活を送っていた。 そんな生活に嫌気がさしたシエルは、とある計画を考えつく。それは、婚約者に社交界で婚約を破棄してもらい、その責任を取って家を出て、自由を手に入れるというものだった。 シエルの専属の執事であるラルフや、幼い頃から実の兄のように親しくしてくれていた婚約者の協力の元、シエルは無事に婚約を破棄され、父親に見捨てられて家を出ることになった。 ラルフも一緒に来てくれることとなり、これで念願の自由を手に入れたシエル。しかし、シエルにはどこにも行くあてはなかった。 それをラルフに伝えると、隣の国にあるラルフの故郷に行こうと提案される。 それを承諾したシエルは、これからの自由で幸せな日々を手に入れられると胸を躍らせていたが、その幸せは家族によって邪魔をされてしまう。 なんと、家族はシエルとラルフを広大な湖に捨て、自らの手を汚さずに二人を亡き者にしようとしていた―― ☆誤字脱字が多いですが、見つけ次第直しますのでご了承ください☆ ☆全文字はだいたい14万文字になっています☆ ☆完結まで予約済みなので、エタることはありません!☆

地味令嬢を見下した元婚約者へ──あなたの国、今日滅びますわよ

タマ マコト
ファンタジー
王都の片隅にある古びた礼拝堂で、静かに祈りと針仕事を続ける地味な令嬢イザベラ・レーン。 灰色の瞳、色褪せたドレス、目立たない声――誰もが彼女を“無害な聖女気取り”と笑った。 だが彼女の指先は、ただ布を縫っていたのではない。祈りの糸に、前世の記憶と古代詠唱を縫い込んでいた。 ある夜、王都の大広間で開かれた舞踏会。 婚約者アルトゥールは、人々の前で冷たく告げる――「君には何の価値もない」。 嘲笑の中で、イザベラはただ微笑んでいた。 その瞳の奥で、何かが静かに目覚めたことを、誰も気づかないまま。 翌朝、追放の命が下る。 砂埃舞う道を進みながら、彼女は古びた巻物の一節を指でなぞる。 ――“真実を映す者、偽りを滅ぼす” 彼女は祈る。けれど、その祈りはもう神へのものではなかった。 地味令嬢と呼ばれた女が、国そのものに裁きを下す最初の一歩を踏み出す。

処理中です...