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第六章:共栄連合構想──繁栄は交差する
十四節:PMI開始──
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祝勝会から三日が経った。
〈影織の里〉では、かすかな秋風が織機の音に溶け込んでいた。
村の小高い場所にある織工房の広間には、整然と並んだ作業台と、再設計中の棚材が積まれている。職人たちは朝から手を動かしつつも、合間には笑みを浮かべ、時折レーネと会話を交わしていた。
「……機織り場と染色の動線、やっぱり少し重なりそうですねぇ。染料の飛散も考慮すると、乾燥工程は外周にずらしたほうが良いかと……」
「なるほど。ありがとうございます、ミロさん。こちらの棚の位置を変更して、風通しのラインだけ先に確保しましょう。作業導線の整理は、午後にもう一度職人の皆さんと相談します」
レーネは図面を片手に、柔らかく答えた。ミロは小さくうなずくと、携えていた帳簿を開き、指先で魔導端末を軽くなぞる。
ミロはPMI開始後、公都より加賀谷の命で出向していた。今ではレーネともに現場環境の整備から会計回りを整えるのに紛争している。
「では資材の再配置に伴う費用は、予備枠から分けて処理します。あの、ここの見積書、昨日更新されてましたので……」
「拝見します。ありがとうございます」
会話は静かで、しかし着実に工房全体に変化をもたらしていく。
すでに職人たちとの信頼関係は築かれていた。レーネが初めてこの里を訪れたとき、何よりも時間を割いたのは“話すこと”だった。織りの手法も、素材の癖も、誰がどこで何を大事にしているかも、すべて彼ら自身の口から聞いた。
そしていま、そのひとつひとつを“未来につなげる”作業に入っていた。
「お嬢さん、こっちの新しい機台の位置、やっぱり半歩ずらせんかね。糸さばきがちょいと狭くてな」
「わかりました。台の脚はまだ固定していませんので、動かしましょう。ご不便があれば、何でも教えてください」
「へっへ、言われなくても言うさ。だがな、あんたが最初にこの布を手に取ったときの顔、忘れられねえんだ。……ああ、この子は“わかってる”ってな」
その言葉に、レーネは一瞬だけ目を細めた。
──未来は、言葉じゃなく手の中で結ばれるものだ。
「……ありがとうございます。まだまだ、学ばせていただきますね」
彼女はそう言って頭を下げると、再び図面に視線を戻した。
******
──レーネが現場で奮闘している頃、南方のレーナ連邦にて
白を基調とした静謐な応接室。深紅のラグが中央に敷かれ、上等な木材で造られた会議卓の上には、文書と茶器が並んでいた。
この日、リィナとミュリルはレーナ連邦を訪れていた。目的は、すでに納品を終えた魔法布の“継続発注”に向けた条件調整。その先にある本格的なパートナーシップの確立を視野に入れた、重要な外交会合だった。
そして、ミュリルにとっては――初めての“外交の場”だった。
「……来られましたね、公女殿」
応接卓の奥に座っていたのは、漆黒の軍服に身を包んだ女性だった。鋭く結い上げた黒髪、冷静さを湛えた灰色の瞳。座っているだけで、その場の重心が彼女に傾くような、圧のある人物だった。
レーナ連邦首相――イーリス・ラグラロア。
ミュリルは、緊張で掌に汗をかいている自分に気づく。前に立つリィナの背中が、いつもよりも遠くに感じられた。
「このたびは、お時間をいただきありがとうございます。初回の納品、無事お届けできて何よりでした」
リィナは一礼し、静かに口を開く。普段よりも少しだけ声の調子が丁寧で、柔らかい。そこに“対等な関係”と“敬意”の両方を感じ取ったミュリルは、ようやくイーリスとの関係性の深さを実感する。
「ええ。品質は申し分なかったわ。予定より早く届いたのも助かる。さすが、あなたが動いた案件ね」
イーリスは唇の端をわずかに上げる。その鋭さのなかに、ほんのわずかに親しみの色が滲んでいた。
「今後の継続的な取引に向けて、改めて条件をすり合わせておきたく……こちらに同行している者は、今回の交渉補佐を務める学生です。ミュリル・スウェン。まだ若いですが、現場での調整にも尽力してくれています」
「は、はじめまして。公都より参りました、ミュリルと申します。本日は、お時間をいただき……ま、誠にありがとうございます」
ミュリルは立ち上がり、深く頭を下げた。噛みそうになった語尾をかろうじて飲み込むと、視線の先のイーリスが目を細めてこちらを見ていた。
「学生? ふうん……なるほど。リィナがわざわざ連れて来たってことは、実力のある子なんでしょうね。いいわ。あまり硬くならず、そこの公女殿下みたいに、柔らかくいらっしゃい」
「……はいっ」
ミュリルは、思わず背筋を正したまま答える。胸の奥がじん、と熱くなる。恐れられているはずの連邦首相に、こうして目を向けられていることが、なぜか誇らしかった。
その後、交渉は本題へと移っていく。
次回納品時の発注量、供給スケジュール、物流ルートの安定化、関税や通貨レートの調整まで──議題は多岐にわたったが、ミュリルはリィナと視線を交わしながら、必要なデータを即座に示し、言葉を選んで補足を重ねていった。
「外交って、こんなにも緻密で、息の詰まるものなんだ……」
けれど、同時に心のどこかでミュリルは思っていた。
この緊張感のなかで言葉が通じ合い、相手の頷きが返ってきた瞬間。そこには、確かな“構築の手応え”があった。誰かを助け、支え、形を残すという意味で──これは、自分が思い描いていた“何かを作る仕事”そのものかもしれない。
イーリスが立ち上がる。
「いいわ。条件は双方納得済み。こちらとしても、次の発注に向けて動かせる。──リィナ、公女としてじゃなく、あなた自身の判断で動いてること、ちゃんと伝わってきてるわ」
「恐縮です、イーリス首相」
リィナが深く一礼した。その横で、ミュリルもまた、頭を下げながらそっと拳を握る。
──これは、確かに始まっている。
自分たちが歩いてきた道が、国を越え、経済圏としてつながっていく。その一端に関わっているのだと、ようやく実感が芽生えていた。
*******
レーネ、ミュリルが動き出す中でジルは販路拡大に向けて加賀谷と行動を共にしていた。
南東街道沿いの宿場町〈フィルノ〉にて交渉に向けて動き出している。
「で、次の話し合いは……あれ、どの店でしたっけ」
ジル・アルヴァは地図を広げながら、まるで初陣に向かう兵士のような足取りで歩いていた。
だが、目は真剣だ。口をついて出る言葉も、どこかワクワクが滲んでいる。
「この町の織物商人と、乾物問屋と、それから……あ、金貸しのレイフォードさん!」
「なぜそこだけ元気に言う?」
横を歩く加賀谷が思わず苦笑した。
フィルノは、自由都市と周辺村落をつなぐ交通の要所だ。
ここでの交渉をうまくまとめられれば、今後の商圏再編にも弾みがつく。
「ジル、今日は“話をまとめる日”じゃない。現場を見る、相手の懐に入る。とにかく、まず話を聞け。……突っ込むなよ?」
「大丈夫ですって! 話を聞く前に条件出したりしませんから!」
「それは“突っ込んでる”側のセリフだよ……」
やれやれ、と肩をすくめる加賀谷に、ジルはにっと笑ってみせた。
この数日、彼女は目まぐるしく動き回っていた。商人の倉庫に飛び込んで値札を眺めたり、荷馬車の輸送ルートを地元の少年に尋ねたり──とにかく止まらない。
「止まったら負けな気がするんですよね、今は」
そのひと言に、加賀谷はほんのわずか、目を細めた。
無鉄砲にも、一本芯がある。
育てがいのある人材だ。
******
三人のインターン生たちは、それぞれ自分の持ち場で忙しい日々を送っている。
レーネは、ミロや文官たちと連携しながら現場の再構築と経理整備に奔走中だ。帳簿と格闘しつつも、職人たちと冗談を交わすその姿は、すでに一人前の監督者のようでもある。
ジルは、商圏の再編と販路の拡大に挑んでいる。加賀谷に同行しながら、商人たちとぶつかり、笑い、時に叱られながら、交渉の“現場”を肌で学んでいた。遠回りでも、彼女らしいやり方で前に進んでいる。
ミュリルは、外交支援という新たな領域で奮闘中だ。リィナとともにレーネ連邦へ渡り、イーリス首相との会談にも同席した。言葉選びに悩み、相手の機嫌に戸惑いながらも、今までにない視野が少しずつ広がっている。
三人とも、自分の“案件”に真正面から向き合っている。だがそれは、もうインターンの課題というだけではない。──誰かの背を見ながら、自分自身の背中も誰かに見せるようになってきた。
かつて「教わる」だけだった彼らが、いま「共に動く」ことを学び、「責任を持つ」意味を知ろうとしている。
変化は、静かに、しかし確かに進んでいる。
〈影織の里〉では、かすかな秋風が織機の音に溶け込んでいた。
村の小高い場所にある織工房の広間には、整然と並んだ作業台と、再設計中の棚材が積まれている。職人たちは朝から手を動かしつつも、合間には笑みを浮かべ、時折レーネと会話を交わしていた。
「……機織り場と染色の動線、やっぱり少し重なりそうですねぇ。染料の飛散も考慮すると、乾燥工程は外周にずらしたほうが良いかと……」
「なるほど。ありがとうございます、ミロさん。こちらの棚の位置を変更して、風通しのラインだけ先に確保しましょう。作業導線の整理は、午後にもう一度職人の皆さんと相談します」
レーネは図面を片手に、柔らかく答えた。ミロは小さくうなずくと、携えていた帳簿を開き、指先で魔導端末を軽くなぞる。
ミロはPMI開始後、公都より加賀谷の命で出向していた。今ではレーネともに現場環境の整備から会計回りを整えるのに紛争している。
「では資材の再配置に伴う費用は、予備枠から分けて処理します。あの、ここの見積書、昨日更新されてましたので……」
「拝見します。ありがとうございます」
会話は静かで、しかし着実に工房全体に変化をもたらしていく。
すでに職人たちとの信頼関係は築かれていた。レーネが初めてこの里を訪れたとき、何よりも時間を割いたのは“話すこと”だった。織りの手法も、素材の癖も、誰がどこで何を大事にしているかも、すべて彼ら自身の口から聞いた。
そしていま、そのひとつひとつを“未来につなげる”作業に入っていた。
「お嬢さん、こっちの新しい機台の位置、やっぱり半歩ずらせんかね。糸さばきがちょいと狭くてな」
「わかりました。台の脚はまだ固定していませんので、動かしましょう。ご不便があれば、何でも教えてください」
「へっへ、言われなくても言うさ。だがな、あんたが最初にこの布を手に取ったときの顔、忘れられねえんだ。……ああ、この子は“わかってる”ってな」
その言葉に、レーネは一瞬だけ目を細めた。
──未来は、言葉じゃなく手の中で結ばれるものだ。
「……ありがとうございます。まだまだ、学ばせていただきますね」
彼女はそう言って頭を下げると、再び図面に視線を戻した。
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──レーネが現場で奮闘している頃、南方のレーナ連邦にて
白を基調とした静謐な応接室。深紅のラグが中央に敷かれ、上等な木材で造られた会議卓の上には、文書と茶器が並んでいた。
この日、リィナとミュリルはレーナ連邦を訪れていた。目的は、すでに納品を終えた魔法布の“継続発注”に向けた条件調整。その先にある本格的なパートナーシップの確立を視野に入れた、重要な外交会合だった。
そして、ミュリルにとっては――初めての“外交の場”だった。
「……来られましたね、公女殿」
応接卓の奥に座っていたのは、漆黒の軍服に身を包んだ女性だった。鋭く結い上げた黒髪、冷静さを湛えた灰色の瞳。座っているだけで、その場の重心が彼女に傾くような、圧のある人物だった。
レーナ連邦首相――イーリス・ラグラロア。
ミュリルは、緊張で掌に汗をかいている自分に気づく。前に立つリィナの背中が、いつもよりも遠くに感じられた。
「このたびは、お時間をいただきありがとうございます。初回の納品、無事お届けできて何よりでした」
リィナは一礼し、静かに口を開く。普段よりも少しだけ声の調子が丁寧で、柔らかい。そこに“対等な関係”と“敬意”の両方を感じ取ったミュリルは、ようやくイーリスとの関係性の深さを実感する。
「ええ。品質は申し分なかったわ。予定より早く届いたのも助かる。さすが、あなたが動いた案件ね」
イーリスは唇の端をわずかに上げる。その鋭さのなかに、ほんのわずかに親しみの色が滲んでいた。
「今後の継続的な取引に向けて、改めて条件をすり合わせておきたく……こちらに同行している者は、今回の交渉補佐を務める学生です。ミュリル・スウェン。まだ若いですが、現場での調整にも尽力してくれています」
「は、はじめまして。公都より参りました、ミュリルと申します。本日は、お時間をいただき……ま、誠にありがとうございます」
ミュリルは立ち上がり、深く頭を下げた。噛みそうになった語尾をかろうじて飲み込むと、視線の先のイーリスが目を細めてこちらを見ていた。
「学生? ふうん……なるほど。リィナがわざわざ連れて来たってことは、実力のある子なんでしょうね。いいわ。あまり硬くならず、そこの公女殿下みたいに、柔らかくいらっしゃい」
「……はいっ」
ミュリルは、思わず背筋を正したまま答える。胸の奥がじん、と熱くなる。恐れられているはずの連邦首相に、こうして目を向けられていることが、なぜか誇らしかった。
その後、交渉は本題へと移っていく。
次回納品時の発注量、供給スケジュール、物流ルートの安定化、関税や通貨レートの調整まで──議題は多岐にわたったが、ミュリルはリィナと視線を交わしながら、必要なデータを即座に示し、言葉を選んで補足を重ねていった。
「外交って、こんなにも緻密で、息の詰まるものなんだ……」
けれど、同時に心のどこかでミュリルは思っていた。
この緊張感のなかで言葉が通じ合い、相手の頷きが返ってきた瞬間。そこには、確かな“構築の手応え”があった。誰かを助け、支え、形を残すという意味で──これは、自分が思い描いていた“何かを作る仕事”そのものかもしれない。
イーリスが立ち上がる。
「いいわ。条件は双方納得済み。こちらとしても、次の発注に向けて動かせる。──リィナ、公女としてじゃなく、あなた自身の判断で動いてること、ちゃんと伝わってきてるわ」
「恐縮です、イーリス首相」
リィナが深く一礼した。その横で、ミュリルもまた、頭を下げながらそっと拳を握る。
──これは、確かに始まっている。
自分たちが歩いてきた道が、国を越え、経済圏としてつながっていく。その一端に関わっているのだと、ようやく実感が芽生えていた。
*******
レーネ、ミュリルが動き出す中でジルは販路拡大に向けて加賀谷と行動を共にしていた。
南東街道沿いの宿場町〈フィルノ〉にて交渉に向けて動き出している。
「で、次の話し合いは……あれ、どの店でしたっけ」
ジル・アルヴァは地図を広げながら、まるで初陣に向かう兵士のような足取りで歩いていた。
だが、目は真剣だ。口をついて出る言葉も、どこかワクワクが滲んでいる。
「この町の織物商人と、乾物問屋と、それから……あ、金貸しのレイフォードさん!」
「なぜそこだけ元気に言う?」
横を歩く加賀谷が思わず苦笑した。
フィルノは、自由都市と周辺村落をつなぐ交通の要所だ。
ここでの交渉をうまくまとめられれば、今後の商圏再編にも弾みがつく。
「ジル、今日は“話をまとめる日”じゃない。現場を見る、相手の懐に入る。とにかく、まず話を聞け。……突っ込むなよ?」
「大丈夫ですって! 話を聞く前に条件出したりしませんから!」
「それは“突っ込んでる”側のセリフだよ……」
やれやれ、と肩をすくめる加賀谷に、ジルはにっと笑ってみせた。
この数日、彼女は目まぐるしく動き回っていた。商人の倉庫に飛び込んで値札を眺めたり、荷馬車の輸送ルートを地元の少年に尋ねたり──とにかく止まらない。
「止まったら負けな気がするんですよね、今は」
そのひと言に、加賀谷はほんのわずか、目を細めた。
無鉄砲にも、一本芯がある。
育てがいのある人材だ。
******
三人のインターン生たちは、それぞれ自分の持ち場で忙しい日々を送っている。
レーネは、ミロや文官たちと連携しながら現場の再構築と経理整備に奔走中だ。帳簿と格闘しつつも、職人たちと冗談を交わすその姿は、すでに一人前の監督者のようでもある。
ジルは、商圏の再編と販路の拡大に挑んでいる。加賀谷に同行しながら、商人たちとぶつかり、笑い、時に叱られながら、交渉の“現場”を肌で学んでいた。遠回りでも、彼女らしいやり方で前に進んでいる。
ミュリルは、外交支援という新たな領域で奮闘中だ。リィナとともにレーネ連邦へ渡り、イーリス首相との会談にも同席した。言葉選びに悩み、相手の機嫌に戸惑いながらも、今までにない視野が少しずつ広がっている。
三人とも、自分の“案件”に真正面から向き合っている。だがそれは、もうインターンの課題というだけではない。──誰かの背を見ながら、自分自身の背中も誰かに見せるようになってきた。
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