65 / 76
第六章:共栄連合構想──繁栄は交差する
第十七節:嵐の前のしずけさ
しおりを挟む
朝から動き通しだった交渉と調整がすべて終わり、夕暮れどき──。
加賀谷とジルは、フィルノの中心部にある簡素な宿に腰を落ち着けていた。部屋は清潔だが、どこか野暮ったい木の香りが染みついていて、加賀谷にはどこか懐かしく感じられた。
「ふーっ……やっと一息ですね」
窓辺で軽く伸びをしたジルが、ふと横を見て加賀谷の顔を覗き込んだ。
「今日、助けてくれたレオンさんって……ほんとにすごい人だったんですね」
「ああ。腕も顔も口も立つし、根はズルいけど、筋は通す。あいつがいなきゃ今日の交渉は崩れてたかもな」
加賀谷は苦笑混じりにそう答え、湯呑に口をつける。レオン・グレイブ──“貿易王”は、最後まで余裕たっぷりの笑みを浮かべながら彼らと別れていった。
「じゃあ、俺はここで失礼するよ。次は港町〈バサル〉に寄ってから西に抜けるつもりだ。……あんたらのやってること、上手くいくといいなっ!」
レオンはそう言って、酒場の裏路地へと軽やかに姿を消した。
──夜。
ジルが布団の中で寝息を立て始めたころ、加賀谷の元に一通の手紙が届いた。
宿の主人が訝しげな顔で手渡してきたそれは、封蝋も送り主の名もない無記名の文だった。ただし、文面は明らかに加賀谷を名指していた。
『一人で来い。話がある。応じるなら、港路の先の水車小屋まで。』
※他言無用。同行者がいれば、すぐに引き返せ。
……なんとも直球な文面だ、と加賀谷は眉をしかめた。
罠の可能性も考えたが、妙な予感があった。ここ数日の動きに、何者かが“興味”を持っていても不思議ではない。
加賀谷はそっと上着を羽織り、宿を出た。ジルを起こすつもりはなかった。
フィルノの夜道は静かだった。郊外の道を歩いていると、街灯もなく、空の星がむしろ明るく感じられるほどだ。
やがて、水車小屋へ向かう山道の入り口に差しかかったときだった。
「……大公閣下、おひとりですか?」
唐突に声をかけられた。
木陰から現れたのは、全身を黒で固めた中年の男。無精ひげを整え、軍靴の音を響かせない歩き方は明らかに“素人”ではない。
「……誰だ?」
「名乗るほどの者ではありません。ただの、警備任務です。……ヴァルド様の命で、この町を見張っておりました」
そう言って男は一礼し、加賀谷の隣を歩き出す。
「単独での深夜行動、正直、お止めしたいところではありますが……閣下が“周囲を巻き込まないよう威圧して黙らせた”とあれば、それ以上は申し上げられません。……どうか、万一の際は“戻ってきてからの報告”をお忘れなきよう」
「……了解。見張られてたとは思ってたが、そこまでとはな」
男は黙って肩をすくめた。
そのまま加賀谷は、一人で山道を登っていく。
前方には、水の音と、わずかな明かりが見えた。
──つづく。
加賀谷とジルは、フィルノの中心部にある簡素な宿に腰を落ち着けていた。部屋は清潔だが、どこか野暮ったい木の香りが染みついていて、加賀谷にはどこか懐かしく感じられた。
「ふーっ……やっと一息ですね」
窓辺で軽く伸びをしたジルが、ふと横を見て加賀谷の顔を覗き込んだ。
「今日、助けてくれたレオンさんって……ほんとにすごい人だったんですね」
「ああ。腕も顔も口も立つし、根はズルいけど、筋は通す。あいつがいなきゃ今日の交渉は崩れてたかもな」
加賀谷は苦笑混じりにそう答え、湯呑に口をつける。レオン・グレイブ──“貿易王”は、最後まで余裕たっぷりの笑みを浮かべながら彼らと別れていった。
「じゃあ、俺はここで失礼するよ。次は港町〈バサル〉に寄ってから西に抜けるつもりだ。……あんたらのやってること、上手くいくといいなっ!」
レオンはそう言って、酒場の裏路地へと軽やかに姿を消した。
──夜。
ジルが布団の中で寝息を立て始めたころ、加賀谷の元に一通の手紙が届いた。
宿の主人が訝しげな顔で手渡してきたそれは、封蝋も送り主の名もない無記名の文だった。ただし、文面は明らかに加賀谷を名指していた。
『一人で来い。話がある。応じるなら、港路の先の水車小屋まで。』
※他言無用。同行者がいれば、すぐに引き返せ。
……なんとも直球な文面だ、と加賀谷は眉をしかめた。
罠の可能性も考えたが、妙な予感があった。ここ数日の動きに、何者かが“興味”を持っていても不思議ではない。
加賀谷はそっと上着を羽織り、宿を出た。ジルを起こすつもりはなかった。
フィルノの夜道は静かだった。郊外の道を歩いていると、街灯もなく、空の星がむしろ明るく感じられるほどだ。
やがて、水車小屋へ向かう山道の入り口に差しかかったときだった。
「……大公閣下、おひとりですか?」
唐突に声をかけられた。
木陰から現れたのは、全身を黒で固めた中年の男。無精ひげを整え、軍靴の音を響かせない歩き方は明らかに“素人”ではない。
「……誰だ?」
「名乗るほどの者ではありません。ただの、警備任務です。……ヴァルド様の命で、この町を見張っておりました」
そう言って男は一礼し、加賀谷の隣を歩き出す。
「単独での深夜行動、正直、お止めしたいところではありますが……閣下が“周囲を巻き込まないよう威圧して黙らせた”とあれば、それ以上は申し上げられません。……どうか、万一の際は“戻ってきてからの報告”をお忘れなきよう」
「……了解。見張られてたとは思ってたが、そこまでとはな」
男は黙って肩をすくめた。
そのまま加賀谷は、一人で山道を登っていく。
前方には、水の音と、わずかな明かりが見えた。
──つづく。
21
あなたにおすすめの小説
国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします。
樋口紗夕
恋愛
公爵令嬢ヘレーネは王立魔法学園の卒業パーティーで第三王子ジークベルトから婚約破棄を宣言される。
ジークベルトの真実の愛の相手、男爵令嬢ルーシアへの嫌がらせが原因だ。
国外追放を言い渡したジークベルトに、ヘレーネは眉一つ動かさずに答えた。
「国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします」
お前には才能が無いと言われて公爵家から追放された俺は、前世が最強職【奪盗術師】だったことを思い出す ~今さら謝られても、もう遅い~
志鷹 志紀
ファンタジー
「お前には才能がない」
この俺アルカは、父にそう言われて、公爵家から追放された。
父からは無能と蔑まれ、兄からは酷いいじめを受ける日々。
ようやくそんな日々と別れられ、少しばかり嬉しいが……これからどうしようか。
今後の不安に悩んでいると、突如として俺の脳内に記憶が流れた。
その時、前世が最強の【奪盗術師】だったことを思い出したのだ。
追放された私の代わりに入った女、三日で国を滅ぼしたらしいですよ?
タマ マコト
ファンタジー
王国直属の宮廷魔導師・セレス・アルトレイン。
白銀の髪に琥珀の瞳を持つ、稀代の天才。
しかし、その才能はあまりに“美しすぎた”。
王妃リディアの嫉妬。
王太子レオンの盲信。
そして、セレスを庇うはずだった上官の沈黙。
「あなたの魔法は冷たい。心がこもっていないわ」
そう言われ、セレスは**『無能』の烙印**を押され、王国から追放される。
彼女はただ一言だけ残した。
「――この国の炎は、三日で尽きるでしょう。」
誰もそれを脅しとは受け取らなかった。
だがそれは、彼女が未来を見通す“預言魔法”の言葉だったのだ。
どうも、命中率0%の最弱村人です 〜隠しダンジョンを周回してたらレベル∞になったので、種族進化して『半神』目指そうと思います〜
サイダーボウイ
ファンタジー
この世界では15歳になって成人を迎えると『天恵の儀式』でジョブを授かる。
〈村人〉のジョブを授かったティムは、勇者一行が訪れるのを待つ村で妹とともに仲良く暮らしていた。
だがちょっとした出来事をきっかけにティムは村から追放を言い渡され、モンスターが棲息する森へと放り出されてしまう。
〈村人〉の固有スキルは【命中率0%】というデメリットしかない最弱スキルのため、ティムはスライムすらまともに倒せない。
危うく死にかけたティムは森の中をさまよっているうちにある隠しダンジョンを発見する。
『【煌世主の意志】を感知しました。EXスキル【オートスキップ】が覚醒します』
いきなり現れたウィンドウに驚きつつもティムは試しに【オートスキップ】を使ってみることに。
すると、いつの間にか自分のレベルが∞になって……。
これは、やがて【種族の支配者(キング・オブ・オーバーロード)】と呼ばれる男が、最弱の村人から最強種族の『半神』へと至り、世界を救ってしまうお話である。
戦場の英雄、上官の陰謀により死亡扱いにされ、故郷に帰ると許嫁は結婚していた。絶望の中、偶然助けた許嫁の娘に何故か求婚されることに
千石
ファンタジー
「絶対生きて帰ってくる。その時は結婚しよう」
「はい。あなたの帰りをいつまでも待ってます」
許嫁と涙ながらに約束をした20年後、英雄と呼ばれるまでになったルークだったが生還してみると死亡扱いにされていた。
許嫁は既に結婚しており、ルークは絶望の只中に。
上官の陰謀だと知ったルークは激怒し、殴ってしまう。
言い訳をする気もなかったため、全ての功績を抹消され、貰えるはずだった年金もパー。
絶望の中、偶然助けた子が許嫁の娘で、
「ルーク、あなたに惚れたわ。今すぐあたしと結婚しなさい!」
何故か求婚されることに。
困りながらも巻き込まれる騒動を通じて
ルークは失っていた日常を段々と取り戻していく。
こちらは他のウェブ小説にも投稿しております。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
婚約破棄をされ、父に追放まで言われた私は、むしろ喜んで出て行きます! ~家を出る時に一緒に来てくれた執事の溺愛が始まりました~
ゆうき
恋愛
男爵家の次女として生まれたシエルは、姉と妹に比べて平凡だからという理由で、父親や姉妹からバカにされ、虐げられる生活を送っていた。
そんな生活に嫌気がさしたシエルは、とある計画を考えつく。それは、婚約者に社交界で婚約を破棄してもらい、その責任を取って家を出て、自由を手に入れるというものだった。
シエルの専属の執事であるラルフや、幼い頃から実の兄のように親しくしてくれていた婚約者の協力の元、シエルは無事に婚約を破棄され、父親に見捨てられて家を出ることになった。
ラルフも一緒に来てくれることとなり、これで念願の自由を手に入れたシエル。しかし、シエルにはどこにも行くあてはなかった。
それをラルフに伝えると、隣の国にあるラルフの故郷に行こうと提案される。
それを承諾したシエルは、これからの自由で幸せな日々を手に入れられると胸を躍らせていたが、その幸せは家族によって邪魔をされてしまう。
なんと、家族はシエルとラルフを広大な湖に捨て、自らの手を汚さずに二人を亡き者にしようとしていた――
☆誤字脱字が多いですが、見つけ次第直しますのでご了承ください☆
☆全文字はだいたい14万文字になっています☆
☆完結まで予約済みなので、エタることはありません!☆
地味令嬢を見下した元婚約者へ──あなたの国、今日滅びますわよ
タマ マコト
ファンタジー
王都の片隅にある古びた礼拝堂で、静かに祈りと針仕事を続ける地味な令嬢イザベラ・レーン。
灰色の瞳、色褪せたドレス、目立たない声――誰もが彼女を“無害な聖女気取り”と笑った。
だが彼女の指先は、ただ布を縫っていたのではない。祈りの糸に、前世の記憶と古代詠唱を縫い込んでいた。
ある夜、王都の大広間で開かれた舞踏会。
婚約者アルトゥールは、人々の前で冷たく告げる――「君には何の価値もない」。
嘲笑の中で、イザベラはただ微笑んでいた。
その瞳の奥で、何かが静かに目覚めたことを、誰も気づかないまま。
翌朝、追放の命が下る。
砂埃舞う道を進みながら、彼女は古びた巻物の一節を指でなぞる。
――“真実を映す者、偽りを滅ぼす”
彼女は祈る。けれど、その祈りはもう神へのものではなかった。
地味令嬢と呼ばれた女が、国そのものに裁きを下す最初の一歩を踏み出す。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる