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第六章:共栄連合構想──繁栄は交差する
第二十二節:ヴェステラへの帰路(後編)
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西の空に陽が傾きはじめる頃、荷馬車が自由都市ヴェステラの南門をくぐった。
その揺れに揺られて帰ってきたのは、加賀谷とジル。長い道のりを経て、共栄連合構想の“第一弾”──投資ファンドによる資本流通を打ち立てた彼らは、次なる段階へと進む準備を整えていた。
「……着いたな。やっぱこの町は、どこか落ち着く」
そう言って加賀谷が馬車から降りると、門の傍で待っていた黒衣の男が、静かに一礼した。
「お帰りなさいませ、大公殿下」
「……ヴァルド。迎えに来たのか?」
「当然です。先生の次の一手には、我々も万全の備えを整えねばなりませんから」
礼儀正しく、それでいてどこか仄かな情の混じる声音だった。
「それにしても……お顔の色を拝見する限り、ご無事で何よりです。道中、大きな障害などは?」
「ないよ。ただ、ジルがずっと寝てただけで」
「……え、俺ですか?」
馬車から顔を出したジルが抗議の声を上げるが、加賀谷は軽く笑って流した。
「じゃあ、例の会場は押さえてあるんだな」
「はい。明朝、都市代表五十名が再び集います。……“制度の発表”にふさわしい場を」
「よし。じゃあ今夜は詰めの確認だな」
そう応じながら、加賀谷は改めて見上げる。自由都市ヴェステラの街並みは、夕暮れの光を浴びて金色に輝いていた。まるで、これから始まる新たな経済の夜明けを先取りするかのように。
「先生。……次は、いよいよ“株式制度”ですか?」
隣を歩くジルが問う。その声は、かすかに緊張を帯びていた。
「そう。昨日言ったように前回の“ファンド”が“運用の入り口”だとすれば、今回は“所有のルール”を作る番だ。……誰が何に出資し、どんな権利と責任を持つか。これを決めなきゃ、資本はいつか腐る」
「……それが、あの時言ってた“世襲じゃない、商人が回す世界”ってやつですか?」
「お、ちゃんと覚えてるじゃん。そう、“資産をため込む貴族”から、“投資して動かす商人”の時代に切り替える。そのための仕組みが、公開株式制度だ」
「ふぅん……なんか難しそうですけど」
「明日には嫌でも理解させられるさ。俺が説明するから」
加賀谷はふっと口元を緩めた。
──政庁舎へと至る道すがら、加賀谷はすでにヴァルド・レヴァンティスと共にいた。
ヴァルドは無言で歩調を合わせていたが、政庁の正門が見えたあたりで口を開いた。
「……本当にご無事で何よりです。セレスティア殿下は、予想以上に“踏み込んだ方”だったようで」
「そうだな。踏み込み過ぎて、足首までじゃ済まなかった」
加賀谷が乾いた笑みを浮かべると、ヴァルドは目を伏せるように一礼し、政庁舎の扉を先に開けた。
執務室に入ると、リィナ・ミティアがすでに待っていた。窓際で何か書類に目を通していたが、加賀谷の姿を認めるなり、ふっと視線を向けて口を開いた。
「やっと戻ったの? 遅かったですね、カガヤ」
「悪かったな。おかげで、ちょっとした“政略劇”のヒロイン役にされかけてた」
「……ふーん? それってまさか、帝国の皇女様のお話?」
リィナの声が妙に明るく、目元はにこやかだが、口角だけがピクリと引きつっている。
「どうやら知ってるようだな」
「港路の監視塔から報告があったの。帝国の艦、それも皇族旗の掲揚あり──って。まさかとは思ったけど……カガヤ、まさか本当に姫様と“お見合い”でもしてたの?」
「そんな穏やかな話なら、まだ良かったんだが」
加賀谷は苦笑しながら椅子に腰を下ろし、手にした文書束を机の端に置いた。
「セレスティア・ラインハルト皇女。帝国継承権第三位。――彼女から、婚姻の申し出を受けた」
「……は?」
リィナの手が止まる。ぴくりと眉が跳ね、しかしすぐにそれを飲み込んだように、彼女は肩をすくめて微笑んだ。
「へええ~~? ふーん、"公女"より"皇女"がいいんだ。どんなだった? 可愛かった?」
「愛嬌はあったな。ただしその下に仕込まれた刃が、少々鋭すぎる」
「ふーん、“鋭い刃”ねえ? あっそ、そういうのが好みなのね、"カガヤさん"」
リィナはわざとらしくそっぽを向きながら書類をばさりと重ねる。その指先は、ほんのわずかに強張っていた。
「嫉妬か?」
「するわけないでしょ。ただ、公国の大公様がどっかの皇女に“つがい”にされるのは、ちょっと癪ってだけ。ほら、こっちにも“しがらみ”があるから」
そのとき、ヴァルドが咳払いして口を開いた。
「……一つだけ、確認を。殿下──セレスティア殿下の申し出に対して、加賀谷様はどう応じるおつもりでしょうか?」
「保留にした。俺としても、いくつか見定めたいことがある。……ああ、もちろん、誰かさんの機嫌も含めてな」
加賀谷がちらりとリィナを見ると、彼女は少しだけ視線をそらし、頬を膨らませた。
_______________
_______________
★あとがき
帝国を“見返す”という想いから始まった加賀谷の歩みは、やがて公国や自由都市ヴェステラという「未来の種」を育てる形へと変わってきました。
継承権を巡る王族同士の権力争い。召喚された異邦の“戦術家”。国外に逃れた末弟の存在。そして、加賀谷に「婚姻」という形で接近する第三皇女・セレスティア。
それぞれが自らの理想と野心を胸に、表と裏の盤面を動かしている最中です。
その揺れに揺られて帰ってきたのは、加賀谷とジル。長い道のりを経て、共栄連合構想の“第一弾”──投資ファンドによる資本流通を打ち立てた彼らは、次なる段階へと進む準備を整えていた。
「……着いたな。やっぱこの町は、どこか落ち着く」
そう言って加賀谷が馬車から降りると、門の傍で待っていた黒衣の男が、静かに一礼した。
「お帰りなさいませ、大公殿下」
「……ヴァルド。迎えに来たのか?」
「当然です。先生の次の一手には、我々も万全の備えを整えねばなりませんから」
礼儀正しく、それでいてどこか仄かな情の混じる声音だった。
「それにしても……お顔の色を拝見する限り、ご無事で何よりです。道中、大きな障害などは?」
「ないよ。ただ、ジルがずっと寝てただけで」
「……え、俺ですか?」
馬車から顔を出したジルが抗議の声を上げるが、加賀谷は軽く笑って流した。
「じゃあ、例の会場は押さえてあるんだな」
「はい。明朝、都市代表五十名が再び集います。……“制度の発表”にふさわしい場を」
「よし。じゃあ今夜は詰めの確認だな」
そう応じながら、加賀谷は改めて見上げる。自由都市ヴェステラの街並みは、夕暮れの光を浴びて金色に輝いていた。まるで、これから始まる新たな経済の夜明けを先取りするかのように。
「先生。……次は、いよいよ“株式制度”ですか?」
隣を歩くジルが問う。その声は、かすかに緊張を帯びていた。
「そう。昨日言ったように前回の“ファンド”が“運用の入り口”だとすれば、今回は“所有のルール”を作る番だ。……誰が何に出資し、どんな権利と責任を持つか。これを決めなきゃ、資本はいつか腐る」
「……それが、あの時言ってた“世襲じゃない、商人が回す世界”ってやつですか?」
「お、ちゃんと覚えてるじゃん。そう、“資産をため込む貴族”から、“投資して動かす商人”の時代に切り替える。そのための仕組みが、公開株式制度だ」
「ふぅん……なんか難しそうですけど」
「明日には嫌でも理解させられるさ。俺が説明するから」
加賀谷はふっと口元を緩めた。
──政庁舎へと至る道すがら、加賀谷はすでにヴァルド・レヴァンティスと共にいた。
ヴァルドは無言で歩調を合わせていたが、政庁の正門が見えたあたりで口を開いた。
「……本当にご無事で何よりです。セレスティア殿下は、予想以上に“踏み込んだ方”だったようで」
「そうだな。踏み込み過ぎて、足首までじゃ済まなかった」
加賀谷が乾いた笑みを浮かべると、ヴァルドは目を伏せるように一礼し、政庁舎の扉を先に開けた。
執務室に入ると、リィナ・ミティアがすでに待っていた。窓際で何か書類に目を通していたが、加賀谷の姿を認めるなり、ふっと視線を向けて口を開いた。
「やっと戻ったの? 遅かったですね、カガヤ」
「悪かったな。おかげで、ちょっとした“政略劇”のヒロイン役にされかけてた」
「……ふーん? それってまさか、帝国の皇女様のお話?」
リィナの声が妙に明るく、目元はにこやかだが、口角だけがピクリと引きつっている。
「どうやら知ってるようだな」
「港路の監視塔から報告があったの。帝国の艦、それも皇族旗の掲揚あり──って。まさかとは思ったけど……カガヤ、まさか本当に姫様と“お見合い”でもしてたの?」
「そんな穏やかな話なら、まだ良かったんだが」
加賀谷は苦笑しながら椅子に腰を下ろし、手にした文書束を机の端に置いた。
「セレスティア・ラインハルト皇女。帝国継承権第三位。――彼女から、婚姻の申し出を受けた」
「……は?」
リィナの手が止まる。ぴくりと眉が跳ね、しかしすぐにそれを飲み込んだように、彼女は肩をすくめて微笑んだ。
「へええ~~? ふーん、"公女"より"皇女"がいいんだ。どんなだった? 可愛かった?」
「愛嬌はあったな。ただしその下に仕込まれた刃が、少々鋭すぎる」
「ふーん、“鋭い刃”ねえ? あっそ、そういうのが好みなのね、"カガヤさん"」
リィナはわざとらしくそっぽを向きながら書類をばさりと重ねる。その指先は、ほんのわずかに強張っていた。
「嫉妬か?」
「するわけないでしょ。ただ、公国の大公様がどっかの皇女に“つがい”にされるのは、ちょっと癪ってだけ。ほら、こっちにも“しがらみ”があるから」
そのとき、ヴァルドが咳払いして口を開いた。
「……一つだけ、確認を。殿下──セレスティア殿下の申し出に対して、加賀谷様はどう応じるおつもりでしょうか?」
「保留にした。俺としても、いくつか見定めたいことがある。……ああ、もちろん、誰かさんの機嫌も含めてな」
加賀谷がちらりとリィナを見ると、彼女は少しだけ視線をそらし、頬を膨らませた。
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★あとがき
帝国を“見返す”という想いから始まった加賀谷の歩みは、やがて公国や自由都市ヴェステラという「未来の種」を育てる形へと変わってきました。
継承権を巡る王族同士の権力争い。召喚された異邦の“戦術家”。国外に逃れた末弟の存在。そして、加賀谷に「婚姻」という形で接近する第三皇女・セレスティア。
それぞれが自らの理想と野心を胸に、表と裏の盤面を動かしている最中です。
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