赤字国家に召喚されたので、まずは売却から始めます──でも断られたので価値を爆上げして帝国に頭を下げさせることにしました【TOP3入り感謝】

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第六章:共栄連合構想──繁栄は交差する

閑話:公女の憂鬱

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 政庁舎の業務が一区切りついた夕暮れ、加賀谷とリィナは中庭をゆっくり歩いていた。白壁に映る藤の影が長く伸び、噴水の水音が小さく響く。ヴァルドは事務方の報告をまとめに戻り、ミロも帳簿室へ引っ込んだ。珍しく二人きりだ。

 リィナが口を開く。
 「ねえ、カガヤ。帝国の皇女さま、ずいぶん大胆だったみたいね?」

 芝居がかった軽い調子。だが語尾だけが微かに揺れた。
 加賀谷は苦笑しながら答える。
 「大胆通り越して直球だったよ。“恋に落ちた”と言い切る度胸はたいしたものだ」

 リィナはふんと鼻を鳴らす。
 「恋、ね。……あの人、本気でそう思ってるとは思えないけど?」

 肩越しにちらりとこちらを見て、手すりに凭れた。
 (探っている――いや、牽制か)
 加賀谷はそう悟る。婚姻は政治の切り札。リィナほどの生まれなら、腹の底で覚悟は済ませているはずだ。それでも彼女は“公女”である前に“一人の同僚”として、俺の反応を見ようとしている。

 「本気なワケないだろう。けど、彼女自身が“勝負に出た”のは確かだ」
 加賀谷は石畳の先、薄桃色の桜樹を見やりながら続ける。
 「帝国を揺らす火種を探していて、俺とヴェステラが目についた。それだけのことだ」

 「ふうん……」
 リィナは小さく息を吐き、視線を空にやった。
 雲の切れ間を染める夕焼けが、彼女の横顔に淡い朱を落とす。

 (この人が誰かと結ばれるのは、政治上で利ならためらわない――わたしだってそう教わってきた)
 心の内側でそう繰り返しながらも、胸の奥がわずかに軋む。
 ――甘い期待を抱く資格なんてない。けれど、もやもやが消えないのは事実だ。

 「まあ、“政略結婚”は昔からあるものだし」
 リィナはわざと明るく笑ってみせる。
 「カガヤが帝国の皇女を選ぶなら、それはそれで――ねえ、どんな披露宴になるのかしら?」

 「はは、招待状ぐらいは送るさ」
 冗談めかして返す彼の声は軽い。それが妙に癪だった。
 (やっぱり鈍い。察しているようで、肝心なところは気づかない)

 「ま、わたしぐらいの公女じゃ、相手にならないかも」
 少し棘を混ぜてみた。芝居がかった嫉妬――そう自分に言い聞かせてカモフラージュする。

 だが加賀谷は歩みを止め、真面目な声で言った。
 「リィナ、お前が誰より先に俺の背中を押してくれたこと、忘れていない。帝国だろうが皇女だろうが、それで揺らぐほど軽い恩じゃない」

 鼓動が一拍、速くなる。

 リィナは視線を外し、わざと肩をすくめた。
 「……なら、せいぜい私の見る景色を面白くしてくれると助かるわ。退屈、きらいだから」

 「了解。期待には応える主義だ」

 そう言って歩き出す加賀谷の横顔は、夕陽を受けて柔らかく染まっていた。
 リィナは小さく息を吸い、追いつくように並ぶ。互いの影が石畳に重なり、ふたつの形を描く。

 (この距離感でいい。いまは――まだ)

 公女の憂鬱は胸の奥にそっと押し込み、リィナは笑みを浮かべた。
 春の風が、ふたりの間を柔らかく通り抜けていった。
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