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27、抱擁

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「大丈夫ですから。ご心配無く」

 レドが「は?」と目を丸くしたが、事実そうだった。 
 自信と言うより確信だった。
 今の自分は、この程度で捕まることなど無い。

「どうした!? 早く打ち殺せっ!!」

 ハルートの声を受け、衛兵たちが包囲の輪を狭めてくる。
 アザリアは小さく息を吐いた。
 集中する。
 聖女としての力を──大地に通じる力を発揮する。

 「う、うわ!?」

 「なんだ!?」

 衛兵たちが悲鳴を上げて、その場に膝から崩れ落ちた。
 アザリアが宮殿を強く揺らした結果である。
 平然と立っていられるような代物では無く、これで彼らはアザリアには近づけない。
 ただ、

「な、何をしているっ!! 這ってでも進めっ!! 魔女を殺せっ!!」

 ハルートの叫びの通りだと言うべきか。
 アザリアの力は他人を害するほどでは無い。
 もしかしたら、そんなことが出来る可能性もあるかもしれないが、現状ではこうだ。
 衛兵たちの足を止めることがせいぜいだ。

 では、どうするのか?
 簡単に思いつくことがあった。
 アザリアは近くの石柱に指を這わせる。
 感覚としては揺らし、歪ませる。
 すぐに変化はあった。
 力を受けて、柱はまたたく間に歪んだ。
 ほどなく、柱はその歪みに耐えきれなくなり──砕けた。
 轟音を立てて、石柱は無数の石の欠片にへと姿を変えた。

(……さて)

 アザリアは周囲をうかがう。
 そこには望んだ通りの光景が広がっていた。
 衛兵たちは、長棒の先を地面に下ろし、唖然の表情で固まっている。
 恐怖の表情を浮かべている者もいた。
 期待通りの結果である。
 アザリアには、他者を害して動きと止めるようなことは難しい。
 しかし、心を折ることは出来る。
 彼らは、もはやアザリアに近づくことは出来ないだろう。

 そして、彼もである。

 アザリアは視線を動かす。
 その先にいるのはハルートだ。
 彼もまた、心を折られた一人らしい。
 恐怖に目を見開き、その場で震えている。
 
 そんな彼を、アザリアは鋭くにらみつける。
 蘇るものがあった。
 レドが無事であるならば良いと、私情は忘れておくつもりだった。
 しかし、先ほどの狂態であり、凶行である。
 
 ハルートへと踏み出す。
 彼は「ひぃ!?」などと声を上げて後退る。
 足をもつれさせる。
 よろけて尻から落ちる。
 
「く、来るなっ!! 来るなぁっ!!」

 かまわず近づく。
 怯え見上げてくる彼を見下ろす。
 
「……私は認めません」

 へ? と目を丸くしてくる彼に、アザリアは淡々と言葉を続ける。

「下劣で、不誠実で、不実で……私は認めません。貴方が王家の人間であるなどと、次代の王であるなどと……私は絶対に認めない」

 まだまだ言い足りなかった。
 しかし、口にすべきことはこれでは無いのだ。
 アザリアは軽く頭を左右にした上で、再び口を開く。

「認めなさい。ケルロー公爵殿には何の罪も無い。今回のことは、私と貴方の失態である。それで終わらせなさい」

 迫る。
 ハルートには、これを断るような気力は無いようだった。
 怯える子供のように、こくりと頷いてくる。
 決して信用が置ける男では無い。
 だが、衆人の中での決定であり、翻意するようであればその時にまた脅しつけてやれば良い。

 ひとまずは良しとするべきだった。
 アザリアはハルートから視線を外す。
 これでやっとである。
 レドに視線を向ける。
 彼もまた、ハルートと同じように呆然としていた。
 アザリアは足早に歩み寄る。そして、

(……ど、どうしましょう?)

 彼を目の前にして黙り込むことになった。
 口にしたいことは山ほどあった。
 流血は心配であるし、今までのことがある。
 陰で助けてくれていたことについては、どれだけ感謝してもしすぎでは無いはずだった。

 しかし、口が開けない。
 鳥の姿ではないとこうも違うのか。
 彼に見つめられると、妙な緊張感と共に身動きすら取れなくなるのだ。

(ほ、本当にどうしましょう?)

 焦っているとである。

「……聖女殿?」

 先に、レドが口を開いてきた。
 今までのアザリアの行動に対し、説明を求めるものに違いない。
 これがアザリアに焦りを生んだ。
 何かをである。
 とにかく何かを話さなければならない。
 頭がまっ白になる感覚を覚えつつ、アザリアはとにかく舌を動かして、

「……ひ、卑怯者っ!」

 そんなことを叫んでいた。
 同じようなことを、以前この場所で叫んだ気もするが、ともあれだ。
 この発言はレドの目を丸くするのに十分だったらしい。

「ひ、卑怯者?」

 その疑問は、アザリア自身にもあった。
 自分は何故こんなことを言ってしまったのか?
 焦りの中で自問自答することになるが、しかし意外と言うべきか。
 これは本心から言いたかったことの一つであるらしい。 
 自然と続く言葉が生まれる。

「そ、それはそうですとも! 本当に何なんですか!? 知らないところで散々人に恩を売って、私に報いることもさせずに死のうとして……め、メリルと侯爵殿も言ってましたけどね!! ちょっとですね、正直気持ち悪いですよ!! なんなんですか、貴方は!? 一体何なんですか!?」

 これが自身の言いたかったことらしいが、とにかくこれはレドを混乱の渦に叩き込むには十分だった。
 なにせ、彼が秘していたはずのことが、全て筒抜けになってしまっているのだ。
 言葉も出ないようだった。
 レドは「な……?」や「え……?」と時折漏らしながらに、ひたすら目を白黒させている。

 説明は必要だろう。
 ただ、言いたいことを言って一息をついたアザリアにそのつもりは無かった。

 落ち着いて、やっと感慨が湧いてきたのだ。
 眼の前にいた。
 自分の恩人であり、『大事な人』が血を流してはいるものの無事な姿でそこにいる。

 愛おしいと思えた。
 思わずである。
 アザリアは彼の頭を抱きとめていた。
 
「せ、聖女殿……?」

 戸惑いの声にも、今は応える気にはなれない。
 
「……まったく。本当にまったく……貴方という人は……」

 呟きながらに抱きしめ続ける。
 レドの存在を両腕の中で確かめ続けた。
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