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後日談:結婚式
1、忘却と再会
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「……何か忘れている気がする」
朝食の最中だった。
夫であるルクロイが首をかしげれば、ヘルミナはこくりと首をかしげ返すことになる。
「何か忘れている……ですか?」
「あぁ。何かね。何か重要なことを忘れているような……」
日頃は、食事の途中に悩んでいる様子を見せてくるような夫では無かった。
ヘルミナは思わず眉を八の字にしてルクロイを見つめる。
「そ、それは大丈夫なのでしょうか?」
「さすがに、大丈夫じゃないようなことは忘れないと思うけど……でも、大丈夫じゃないことを忘れているような……」
「は、はぁ」
「まぁ、気にしないでくれ。それよりも昨日の話だけどさ。あれで良かったのかい?」
とりあえず、今までの話は忘れることにした。
昨日の話。
ヘルミナは控えめな笑みで頷きを見せる。
「……はい。ルクロイ様がよろしければですが」
「僕はいいさ。どうでもしなければならない身分じゃなければ、主役は君だしね」
「ありがとうございます」
「いや、お礼を言われるようなことじゃないけど、しかし……うーん」
ルクロイが腕を組んで天を仰ぐ。
「もう少しなぁ。俺に稼ぎがあればねぇ」
「い、いえいえ! ルクロイ様にそんなことおっしゃっていただくような話じゃ……っ!」
ヘルミナが慌てれば、ルクロイは苦笑を見せてくる。
「俺も出来る限り君の力になりたいからさ。でもまぁ、当面出来ることはないか。とにかく日々の勤めに励んでくるよ」
食事を終えたルクロイが立ち上がる。
ヘルミナもまた、合わせて立ち上がった。
「あ、はい。お帰りはいつ頃に?」
「何も無ければ夕方までには。しかし……」
「し、しかし?」
「いや、うん。やっぱり何か忘れているような気が……」
そうして、ルクロイは首をかしげながらに勤めに出ていった。
(き、気になりますね)
ヘルミナはもやもやした思いを抱えつつ見送ることになったが、一度小さく首を横に振った。
考えたところで、当人でもない自分が思い出せるわけが無いのだ。
ここは自分の仕事に専念すべきだった。
ヘルミナのいつもの日常が始まる。
朝食の片付けが終わる頃には、使用人が屋敷にやってくる。
中年の明るい女性だが、彼女と軽く歓談を交わした上で本格的に仕事だった。
家事が始まる。
洗濯物を扱い、屋敷を掃除し、庭を軽く整える。
軽い昼食をすませた頃には、御用の商人が訪れてきた。
もちろん対応はヘルミナとなる。
食料を無駄なく仕入れて、日用品もこれまた無駄なく少々。さらには世間話も多少のところ。
これで1日の大体の仕事は終わりだった。
使用人が帰れば、あとは夕食の準備を進めながらにルクロイの帰りを待つことになる。
(穏やかですねぇ)
スープの面倒を見ながらにヘルミナは笑みを浮かべる。
穏やかで豊かだった。
仕事の中身としてはハルムの屋敷にある時とあまり変わりは無かった。
だが、大事にしてくれる人がいれば、それが大事にしたい人でもある。
この事実があれば、得られるものは天と地ほどの差があるのだ。
(……でも)
ヘルミナは表情を曇らせることになる。
不意に思い出されたのは今朝のルクロイだった。
もっと稼ぎがあれば。
そんなことを言わせてしまったことを思い出したのだ。
情けない話だった。
ただ、その辺りの事柄についてヘルミナに出来ることは何も無かった。
あえて笑みを作る。
自らに出来ることは、暗い顔を見せてルクロイを心配させないことだけなのだ。
(しかし……)
ヘルミナは笑みを消して首をかしげた。
今朝の出来事で、同時に思い出されることがあったのだ。
(結局、なんだったのでしょうか?)
何か忘れている気がする。
ルクロイはそう繰り返していたが、結局何を忘れていたのか。
彼は思い出して帰ってきてくれるのかどうか。
そんなことを気にしつつ、ヘルミナはスープの面倒を見続ける。
「……あら?」
そんな中で、ヘルミナは疑問の声と共に首をかしげた。
玄関からコンコンと来訪を告げる音が聞こえれば、それが原因だ。
(どなたでしょうか?)
夫の帰宅には早ければ、来客の予定も無い。
あるいは使用人が忘れ物でもしたのかどうか。
ヘルミナは首をかしげたままで玄関に向かう。
「あのー、どちら様で?」
扉越しに尋ねかける。
すると、一瞬の間を置いてだった。
「……お、おい! この声、本当にヘルミナ嬢だぞ!」
「あ、あぁ、そうだな。ルクロイのヤツめ、やはり協定違反を……」
返答とは呼べない声が上がったが、それでヘルミナには十分だった。
唖然と目を見開くことになる。
朝食の最中だった。
夫であるルクロイが首をかしげれば、ヘルミナはこくりと首をかしげ返すことになる。
「何か忘れている……ですか?」
「あぁ。何かね。何か重要なことを忘れているような……」
日頃は、食事の途中に悩んでいる様子を見せてくるような夫では無かった。
ヘルミナは思わず眉を八の字にしてルクロイを見つめる。
「そ、それは大丈夫なのでしょうか?」
「さすがに、大丈夫じゃないようなことは忘れないと思うけど……でも、大丈夫じゃないことを忘れているような……」
「は、はぁ」
「まぁ、気にしないでくれ。それよりも昨日の話だけどさ。あれで良かったのかい?」
とりあえず、今までの話は忘れることにした。
昨日の話。
ヘルミナは控えめな笑みで頷きを見せる。
「……はい。ルクロイ様がよろしければですが」
「僕はいいさ。どうでもしなければならない身分じゃなければ、主役は君だしね」
「ありがとうございます」
「いや、お礼を言われるようなことじゃないけど、しかし……うーん」
ルクロイが腕を組んで天を仰ぐ。
「もう少しなぁ。俺に稼ぎがあればねぇ」
「い、いえいえ! ルクロイ様にそんなことおっしゃっていただくような話じゃ……っ!」
ヘルミナが慌てれば、ルクロイは苦笑を見せてくる。
「俺も出来る限り君の力になりたいからさ。でもまぁ、当面出来ることはないか。とにかく日々の勤めに励んでくるよ」
食事を終えたルクロイが立ち上がる。
ヘルミナもまた、合わせて立ち上がった。
「あ、はい。お帰りはいつ頃に?」
「何も無ければ夕方までには。しかし……」
「し、しかし?」
「いや、うん。やっぱり何か忘れているような気が……」
そうして、ルクロイは首をかしげながらに勤めに出ていった。
(き、気になりますね)
ヘルミナはもやもやした思いを抱えつつ見送ることになったが、一度小さく首を横に振った。
考えたところで、当人でもない自分が思い出せるわけが無いのだ。
ここは自分の仕事に専念すべきだった。
ヘルミナのいつもの日常が始まる。
朝食の片付けが終わる頃には、使用人が屋敷にやってくる。
中年の明るい女性だが、彼女と軽く歓談を交わした上で本格的に仕事だった。
家事が始まる。
洗濯物を扱い、屋敷を掃除し、庭を軽く整える。
軽い昼食をすませた頃には、御用の商人が訪れてきた。
もちろん対応はヘルミナとなる。
食料を無駄なく仕入れて、日用品もこれまた無駄なく少々。さらには世間話も多少のところ。
これで1日の大体の仕事は終わりだった。
使用人が帰れば、あとは夕食の準備を進めながらにルクロイの帰りを待つことになる。
(穏やかですねぇ)
スープの面倒を見ながらにヘルミナは笑みを浮かべる。
穏やかで豊かだった。
仕事の中身としてはハルムの屋敷にある時とあまり変わりは無かった。
だが、大事にしてくれる人がいれば、それが大事にしたい人でもある。
この事実があれば、得られるものは天と地ほどの差があるのだ。
(……でも)
ヘルミナは表情を曇らせることになる。
不意に思い出されたのは今朝のルクロイだった。
もっと稼ぎがあれば。
そんなことを言わせてしまったことを思い出したのだ。
情けない話だった。
ただ、その辺りの事柄についてヘルミナに出来ることは何も無かった。
あえて笑みを作る。
自らに出来ることは、暗い顔を見せてルクロイを心配させないことだけなのだ。
(しかし……)
ヘルミナは笑みを消して首をかしげた。
今朝の出来事で、同時に思い出されることがあったのだ。
(結局、なんだったのでしょうか?)
何か忘れている気がする。
ルクロイはそう繰り返していたが、結局何を忘れていたのか。
彼は思い出して帰ってきてくれるのかどうか。
そんなことを気にしつつ、ヘルミナはスープの面倒を見続ける。
「……あら?」
そんな中で、ヘルミナは疑問の声と共に首をかしげた。
玄関からコンコンと来訪を告げる音が聞こえれば、それが原因だ。
(どなたでしょうか?)
夫の帰宅には早ければ、来客の予定も無い。
あるいは使用人が忘れ物でもしたのかどうか。
ヘルミナは首をかしげたままで玄関に向かう。
「あのー、どちら様で?」
扉越しに尋ねかける。
すると、一瞬の間を置いてだった。
「……お、おい! この声、本当にヘルミナ嬢だぞ!」
「あ、あぁ、そうだな。ルクロイのヤツめ、やはり協定違反を……」
返答とは呼べない声が上がったが、それでヘルミナには十分だった。
唖然と目を見開くことになる。
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