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第一章

36.隣で食べる手作り弁当 ①

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「矢神先生、彼女の手作り弁当ですか? 羨ましいですね」

 昼休み、矢神の席を横切る先生たちが、机の上の弁当箱を見てはニヤニヤと口を揃えて同じことを言う。
 その度に矢神は愛想笑いを浮かべた。

 本当に彼女の手作り弁当なら、まだ堂々としていられるのだが、そうではないから困ってしまう。だからと言って、わざわざ正直に遠野が作ったとも言いにくい。

 未だ開けてはいない弁当箱を見つめ、矢神は重い息を吐いた。

 付き合っていた彼女にでさえ作ってもらったことのない手作り弁当が今、目の前にある。有難いことだが、遠野の気持ちを考えると手をつけられずにいた。手をつけてしまえば、気持ちを受け入れたことになるような気がして躊躇する。

 受け取ってしまった以上食べないわけにもいかない。その方が遠野を傷つけてしまう。
 ぐるぐると頭を巡らせるが、答えは出ない。あまり深く考えない方がいいのかもしれない。

 そう思いなおした矢神は、弁当箱を包んでいる布を解いた。予想はしていたが、弁当箱もマカロン柄だった。
 ちょうどその時、授業を終えた遠野が職員室に入ってくる。ばっちり目が合ってしまった。

「お疲れ様です。ああ、お腹空いたー、お弁当、お弁当」

 かなりご機嫌な様子で自分の席に着いたと思ったら、なぜか弁当箱と椅子を持って矢神の席にやってくる。

「遠野先生……なにしてるんですか……?」

 思わぬ行動に呆気に取られ、ぼうっと遠野の様子を見つめた。詰めてくださいと言わんばかりに、矢神の隣に椅子を並べる。

「お弁当食べるんですよ」
「それはわかるんですけど、何でオレのところに……」
「だって、オレの席を見てください」

 指差した遠野の机の上は、見事に書類が山になっていてスペースがない。

「……だから?」
「だから、矢神先生のところで食べるんです」

 理由になっていない答えに怒りが沸く。

「片付けて、自分のところで食べろ!」
「オレ、片付けとか掃除は苦手なんですよね。だから整理しているうちにお昼終わっちゃいそうで。それに一緒に食べた方が楽しいですよ」
「楽しくねーよ!」

 苛々している矢神とは正反対に、遠野は楽しそうにしながら矢神の机の上で弁当を広げる。まるで聞いてない様子だ。こんなことで言い合いをしていても、遠野の言うように本当に昼休みが終わってしまう。

 納得がいかなかったが、諦めて弁当を食べることにした。

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