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第二章

19.償いの道 ③

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 その日、一日、無事に授業を終えた後、矢神は校長室の前に来ていた。
 手には辞表を持ち、あとは扉をノックするだけ。しかし、その勇気がなかなか湧かずにいたのだ。

 一晩じっくり考えて決めたことだった。それでも辞めたくないという思いが、心のどこかに残っている。今でも教師の仕事が好きだからだ。
 大きくひとつ息を吐き、気持ちを固める。その時だった、後ろから声をかけられたのは。

「矢神先生」

 振り返ると、そこには矢神のクラス生徒、合田がいた。部活の途中なのか終わった後なのか、合田は野球のユニフォームを着たままだ。こんなところで何をしているんだ、と尋ねる前に彼が口を開く。

「ねえ、圭太とヤッたって本当?」

 険しい表情で矢神を睨んできた。楢崎から聞いたのだろう。やはり彼は、みんなに広めようとしているのか。それなら早いうちに手を打たないといけない。更に気持ちが焦ってしまう。

「どうなんだよ」

 すぐに答えない矢神に、合田は苛立ちを見せた。
 彼に真実を言えばいいのか、嘘を吐いた方がいいのか、判断ができずにいた。それは自分の立場が危うくなるというよりも、楢崎のことを考えていたからだ。

「答えないってことは、認めるってことでいいの?」

 ふと、合田は矢神の手元に視線を落とす。

「ああ、それで辞表ってわけか。賢明だね」
「まさちゃん、止めて!」

 今度は、楢崎が現われる。そして、その後ろからは、なぜか遠野が歩いてきた。
 慌てて楢崎は、矢神の傍に駆け寄った。

「辞めるって本当なの? いやだ、先生辞めないでよ。それなら僕も一緒に辞める。先生がいない学校なんて意味がない」

 矢神のスーツを掴み、弱々しい声を出してすがりつく。昨日までの自信たっぷりの楢崎とは全くの別人のようだ。
 楢崎に矢神が辞めることを知らせたのは、遠野なのだろう。自分では何もできないから生徒を使うなんて汚いやり方だ。キッと、遠野を睨み上げる。

「圭太、おまえが辞める必要ないだろ。こいつが悪いんだから!」

 合田は強引に、楢崎を矢神から引き離した。

「痛いよ、まさちゃん! 放して!」
「楢崎、合田の言ったとおり先生が悪いんだ。おまえはこれから将来がある。巻き込むわけにはいかないんだ」

 矢神は、楢崎を落ち着かせるために優しく言ったが逆効果のようだった。

「違う! 違う!」

 暴れるように、楢崎は合田の手を振り払う。

「いい加減にしろよ、圭太!」

 合田は、楢崎を抱きしめるように抑え込んだ。

「先生は悪くない。ボクは、先生が好きなんだ、先生だけが僕をわかってくれた。先生だけが……」

 そう言いながら楢崎は、泣き崩れる。
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