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第三章

31. 深淵の闇 ④

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「依田さんの傍にいたかったから、彼が紹介する男性と会うことはしばらく続けました。ある時、行為が終わった後、帰り際に相手の人がお金を差し出してきたんです」
「お金……?」

「なんですかって聞いたら、その人は急に慌てて、今のは見なかったことにしてくれって。問い詰めると『依田さんに支払うお金だ』と言いました。その時初めて、この関係には金銭が発生していてオレは売られていたことを知ったんです」
 
 矢神は何も言えなくて、ただ黙って聞くことしかできない。
 彼が語る思い出話はあまりにも悲惨で、矢神の想像をはるかに超えていた。
 
「依田さんにも問い詰めました。オレを金儲けの道具にしてたんですかって。彼は紹介手数料だと言いました。『無料タダで何かを得ることなんて不可能だ。対価を得るにはそれなりの代償が必要だよ』と」

 そこまで話をしたあと、遠野は重苦しいため息を吐いた。そして、再び話を続ける。
 
「ショックでした。自分と同じゲイの人の少しでも助けになるなら――そんな思いもあって、好きな人にお願いされたからあんな嫌なことを引き受けたのに」

 苦痛に悲鳴を上げるように顔をゆがめ、遠野の声がどんどんかすれていった。
 聞くに忍びなく心が鷲掴みに合うようだ。

「それでも彼のことは嫌いになれなかった。だけど依田さんには、『私は大稀だいきにお願いしたけど、最終的に選んだのは自分だよね。案外楽しんでたんじゃないの?』と言われて――」
「遠野! それ以上、無理に話さなくていい」
 

 ――聞いているこっちまで胸糞悪くなる。
 

「……恋人だと思っていたけど、依田さんはオレを利用していただけだった。苦しくてしばらく何もできなくなりました。それからは連絡先も変えて、再会するまで会ってません」
「悪かったな。何も知らないで、連絡しろとか言って」
 
 遠野がなぜあんなにも闇雲に嫌がっていたのか、話を聞いてようやく理解する。
 
「怖かったんです。矢神さんに全部知られたら嫌われるから。学校でも、みんなが知ってるんじゃないかと思ったら気が気じゃなくて。知られる前に辞めた方がいいのか、いっそのこと消えてなくなればいいのかとか、ぐるぐる考えて追い詰められて……」

 心の傷は、そう簡単に癒されるものじゃない。
 依田と再会したことにより、過去の嫌な記憶がフラッシュバックしたのだろう。
 悩みなんて縁の遠い人物だと思ってた。
 持ち前の明るさでなにごとも前向きに考え、嫌なこともすぐに忘れられるんじゃないかって。
 

 ――そんなわけないよな。


「大丈夫か?」
「矢神さんに話したら、少し楽になりました」
 
 こわばった表情のまま、無理矢理笑顔を作っている。顔は真っ青で、とても楽になったようには思えなかった。

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