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第一章
52.過去との対面 ④
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「あーや…じゃなかった。先生、元気だった?」
「ああ」
日向は学校にいた頃よりも少し髪が伸び、色も明るくしていて、真面目だった面影は薄れていた。
「また担任やってるの?」
終始笑顔だが、明るく振る舞っているだけのようにも思えた。
「いや、今はしてないよ。それより、何かあったのか?」
言い方がおかしかったのか、日向は吹き出すように笑った。
「そうやってすぐ心配するの、変わらないね」
「あたりまえだろ、急に来るから……」
一瞬沈黙が流れた後、日向がぽつり言う。
「……謝りに来たんだ」
「謝る?」
笑っていた日向の顔が徐々に曇り出し、視線を俯かせた。
「先生に酷いこと言ったから」
掠れるような声に、胸が痛くなる。
「気にすることない、言われて当然だろ。おまえのこと何もわかってなかったのは先生の方だ」
「違う! 僕が先生に言えなかったんだ。音楽でメシ食ってくなんて言ったら呆れられると思ったから。でも……そんな先生じゃないもんね」
「日向……」
「学校辞めてから、何もやる気が起きなくてさ。親も毎日泣いてばかりいるし、もう人生終わったなみたいな感じになってて。だけど、先生が最後に僕に言ったじゃん。夢諦めるなよって。あれがずっと心に残ってて、それでもう一度ギターに触れてみたんだ。そしたらやっぱりギターが好きだって思った」
「ギター続けてるのか?」
日向の肩に背負っているものに視線を移しながら、矢神は言う。形からして、ギターだということがわかった。
「うん。今、仲間とバント組んで毎日練習してる。すごく楽しいよ。だから、余計に先生のことが気になってた」
「オレのことはどうでもいいだろ」
「良くないよ。自分が悪いのに全部先生のせいにしてた。ごめんなさい」
深々とお辞儀をして、日向は心を込めて謝る。
そこまでされるようなことはしていないから、反対に戸惑ってしまう。
「もういいよ。おまえが元気そうなら、オレはそれだけで」
顔を上げた日向が、困ったような笑みを浮かべた。
「学校を辞めた僕のことなんか、先生はもう忘れたと思ってた」
「辞めたとしても、日向はオレの生徒だよ」
「そうなんだね……遠野先生が、すごく心配してるって言っててびっくりしたんだ」
「は? 何で遠野、先生が?」
日向の口から予期しない人物の名前が出てきて、矢神の方が驚いてしまう。
「この間、練習の帰りに声かけられて少し話したんだ。それから何度もスタジオに来ては、矢神先生の話してたよ」
「何だ、それ……」
「遠野先生とは在学中にいろいろ話聞いてもらってたから、久しぶりに盛り上がって。遠野先生も昔、バンド組んでたんだよ、すぐ飽きたらしいけど」
「それはいいとして、何でオレの話になるんだよ」
「矢神先生が僕のことを心配してるから会いに来て欲しいって。僕も会いたかったけど、合わせる顔がなかったから断わってたんだ。それなのに遠野先生、けっこうしつこいんだよね」
深い溜め息が漏れた。何でそんな余計なことをしたのか。遠野の行動は全く意味がわからない。
「でも、思い切って会いに来て良かった。何かほっとした」
「そうか?」
「また頑張れそうだよ。ありがとう」
前に向かって歩いているのだろう。夕日に照らされた日向がとても眩しく見えた。
「オレは何もしてないよ。おまえが自分で乗り越えたんだ。だけど、もしまた迷うことがあったら、いつでも会いに来い。話聞いてやるから」
「うん、今度は遠野先生と三人で会おうよ。遠野先生の話聞いてたら可笑しくてさ」
「三人……ね」
賑やかな遠野の姿が思い浮かび、悩みが解決するどころか、かえってこじれそうだと矢神はげんなりした。
「じゃあ、そろそろ行くよ。今日、バンドの練習あるから」
「頑張れよ」
「先生もね! 生徒の心配ばかりするのもいいけど、自分の心配もした方がいいよ」
悪戯っぽい顔でニッと笑う日向に、苦笑を浮かべるしかなかった。
「わかったよ……」
大きく手を振りながら帰っていく日向を矢神は見送った。
それと同時に、肩の力が一気に抜けたような気がした。
「ああ」
日向は学校にいた頃よりも少し髪が伸び、色も明るくしていて、真面目だった面影は薄れていた。
「また担任やってるの?」
終始笑顔だが、明るく振る舞っているだけのようにも思えた。
「いや、今はしてないよ。それより、何かあったのか?」
言い方がおかしかったのか、日向は吹き出すように笑った。
「そうやってすぐ心配するの、変わらないね」
「あたりまえだろ、急に来るから……」
一瞬沈黙が流れた後、日向がぽつり言う。
「……謝りに来たんだ」
「謝る?」
笑っていた日向の顔が徐々に曇り出し、視線を俯かせた。
「先生に酷いこと言ったから」
掠れるような声に、胸が痛くなる。
「気にすることない、言われて当然だろ。おまえのこと何もわかってなかったのは先生の方だ」
「違う! 僕が先生に言えなかったんだ。音楽でメシ食ってくなんて言ったら呆れられると思ったから。でも……そんな先生じゃないもんね」
「日向……」
「学校辞めてから、何もやる気が起きなくてさ。親も毎日泣いてばかりいるし、もう人生終わったなみたいな感じになってて。だけど、先生が最後に僕に言ったじゃん。夢諦めるなよって。あれがずっと心に残ってて、それでもう一度ギターに触れてみたんだ。そしたらやっぱりギターが好きだって思った」
「ギター続けてるのか?」
日向の肩に背負っているものに視線を移しながら、矢神は言う。形からして、ギターだということがわかった。
「うん。今、仲間とバント組んで毎日練習してる。すごく楽しいよ。だから、余計に先生のことが気になってた」
「オレのことはどうでもいいだろ」
「良くないよ。自分が悪いのに全部先生のせいにしてた。ごめんなさい」
深々とお辞儀をして、日向は心を込めて謝る。
そこまでされるようなことはしていないから、反対に戸惑ってしまう。
「もういいよ。おまえが元気そうなら、オレはそれだけで」
顔を上げた日向が、困ったような笑みを浮かべた。
「学校を辞めた僕のことなんか、先生はもう忘れたと思ってた」
「辞めたとしても、日向はオレの生徒だよ」
「そうなんだね……遠野先生が、すごく心配してるって言っててびっくりしたんだ」
「は? 何で遠野、先生が?」
日向の口から予期しない人物の名前が出てきて、矢神の方が驚いてしまう。
「この間、練習の帰りに声かけられて少し話したんだ。それから何度もスタジオに来ては、矢神先生の話してたよ」
「何だ、それ……」
「遠野先生とは在学中にいろいろ話聞いてもらってたから、久しぶりに盛り上がって。遠野先生も昔、バンド組んでたんだよ、すぐ飽きたらしいけど」
「それはいいとして、何でオレの話になるんだよ」
「矢神先生が僕のことを心配してるから会いに来て欲しいって。僕も会いたかったけど、合わせる顔がなかったから断わってたんだ。それなのに遠野先生、けっこうしつこいんだよね」
深い溜め息が漏れた。何でそんな余計なことをしたのか。遠野の行動は全く意味がわからない。
「でも、思い切って会いに来て良かった。何かほっとした」
「そうか?」
「また頑張れそうだよ。ありがとう」
前に向かって歩いているのだろう。夕日に照らされた日向がとても眩しく見えた。
「オレは何もしてないよ。おまえが自分で乗り越えたんだ。だけど、もしまた迷うことがあったら、いつでも会いに来い。話聞いてやるから」
「うん、今度は遠野先生と三人で会おうよ。遠野先生の話聞いてたら可笑しくてさ」
「三人……ね」
賑やかな遠野の姿が思い浮かび、悩みが解決するどころか、かえってこじれそうだと矢神はげんなりした。
「じゃあ、そろそろ行くよ。今日、バンドの練習あるから」
「頑張れよ」
「先生もね! 生徒の心配ばかりするのもいいけど、自分の心配もした方がいいよ」
悪戯っぽい顔でニッと笑う日向に、苦笑を浮かべるしかなかった。
「わかったよ……」
大きく手を振りながら帰っていく日向を矢神は見送った。
それと同時に、肩の力が一気に抜けたような気がした。
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