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第四章

02.絡まる感情 ①

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「えー! 今、大稀だいきフリーなの? 僕と付き合って」

 大声を上げた男の声が店内に響いた。
 思わず矢神は、声のする方に顔を向ける。

 遠野が青年に腕を組まれていた。嫌がるそぶりは見せず、どちらかというと嬉しそうな表情が矢神の胸をモヤモヤさせる。

 グラスのビールを煽れば、ワインの入ったグラスを差し出された。

「一緒に飲みましょう」

 杏がそう言って、自分のワインを一気飲みする。
 それにつられて矢神も、ぐいっとグラスに入ったワインをあけた。

「今日の矢神クン、いいわね」

 ふふふっと笑って、グラスにワインを注いでくれる。

「大ちゃんのこと気になる? モテるのよねー」
「知ってますよ。学校でも生徒や先生にきゃあきゃあ言われてます」
「それ女性でしょ? 女に何言われたって大ちゃん靡かないわよ。男にモテるの。顔はきれいだし、明るくて優しいし。大ちゃんがその気になれば恋人なんてすぐできるわよ。もったいなーい」

 依田の言葉を思い出す。

『大稀のためにも早く解放してあげてよ』

 やはり自分のせいなのかもしれない。
 好きだと告白され、気にしないでくださいと言われたから、そのままにしている。
 はっきり言えば、遠野を傷つけてしまう。
 だが、それはただの言い訳で、矢神の気持ちを伝えないから遠野は前に進めないでいるのだ。

 再び、グラスに入ったワインを一気に飲み干した。

「いやん、矢神クン最高! どんどんいきましょう」

 杏が矢神のグラスにワインを注ごうと思ったら、長い腕が視界に入った。

「杏さん、ストップ」
「もう! なによ大ちゃん。矢神クン、まだいけるわよ。ね?」
「明日も仕事だから、誕生会に参加するのは少しだけって言ったじゃないですか」
「大ちゃん、ノリ悪い」

 杏は、ワインのボトルを持ったままぷうっとふくれっ面をする。

「矢神さん、帰りましょう」

 遠野がそう言った途端、「えー、帰っちゃうのー」と杏ではない声が店内のあちこちから聞こえてきた。
 たぶん、遠野とまだ飲みたいということなのだろう。
 しかし当の本人は気にしていないようで、矢神の肩に手を置いた。

「けっこう飲んだんじゃないですか? 立てますか?」
「おまえはまだ居ればいいだろ。オレ、一人で帰るよ」
「帰るところ同じじゃないですか。一緒に帰りましょう」

 遠野がやわらかい笑みを浮かべてこちらを見た。
 自分を優先してくれるのは嬉しい。だけど、やはり申し訳なくなる。
 矢神がいなければ、一緒に帰ることもないのだから。
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