胡蝶は揺りかごの中で眠る

玲瓏

文字の大きさ
11 / 16

11 sideユリウス

しおりを挟む
 扉に微量の魔力を流すと、少しして扉がゆっくりと開かれていく。扉の先には先程と変わりのない様子でリディオ神官長が立っていた。

「お疲れ様でござい、まし、た……?」

 微笑みを携えていた神官長は、言葉尻を詰まらせながら目を見開いた。

「あの、殿下、失礼ながら」
「何だ」
「その瞳は……どうされたのですか」

 相手にどう見えているのかは分からないが、他人から見て変化が分かるということは、左目は生まれた時の青い色ではなくなっているのだろう。左目をそっと片手で覆いながら、小さく溜息を吐く。

「詳しい話は後にしましょう。それよりバースに関して話したいことが」
「お体に障りがないのでしたら、後にしましょう。ですがそちらの紙は泉へ入れないと記録がされないので……」

 神官長はスッと目線をさげ、困惑の色を声に乗せた。目を覆っていた手をおろし、反対の手で握り潰していた羊皮紙に目を遣る。

「知っています。でもその前に神官長と陛下にはその目で先にご確認していただくべきかと」
「っ! 分かりました。すぐ陛下へ連絡しましょう。ユリウス殿下は一旦泉の方へとお戻りください。そして私が再度扉を開けるまでは出てこない方が宜しいかと」

 扉を開けてくれた神官二人に神官長が他言無用だと告げた後、陛下にお越し頂くように魔力を込めた簡易だが緊急だとわかる手紙を作成して神官へと手渡した。
 受け取った神官が慌ただしくその場を去ったのを見届けてから、自分は再び部屋へと踵を返す。泉の前にある台座へと足を向け、クシャクシャになった羊皮紙を伸ばしてから台座へと置き直せば、それは真新しい紙と同様に綺麗になった。
 部屋の中は最初に入ってきた時と何ら変わりなく、既に精霊の姿も気配もなくなっている。その時の話をすべきか否か、自分は迷っていた。前世の話はしない方がいいだろうが、この瞳に関しては隠しようがない。何処まで本当のことを話すべきか。
 暫くそうして考え込んでいると、静かな音を立てて入口の扉が再度開かれた。此方へ歩み寄ってくる神官長の後ろには、あまり会うことの無い父――この国の王であるアウグスト・ウィン・オークリッド陛下が。
 膝をついて胸に手を当て、礼をしながら陛下へと謁見の挨拶をする。堅苦しい挨拶の後直ぐに陛下から立つことを許された自分は、台座の紙を見て頂くように進言した。

「……お前には何かあるだろうとは思っていたが、ここまでとは」

 呆れたような、困ったような溜息とともに陛下はそう零す。陛下は自分のことなどどうでもいいから放っておかれたのだと思っていたために、その言葉には驚きが隠せなかった。しかし、その言葉の意味を聞き返せるほど自分は陛下に強くは出れず、ただ困惑の色を瞳に乗せることしか出来ない。

「陛下、発言をお許し頂けますか」
「言ってみろ」

 羊皮紙を眉根を寄せて睨んていた神官長は、陛下へと顔を向けてそう告げた。

「ランクSSSのアルファが発情期を迎えればどうなるかは陛下もご存知ですよね? 神殿が一番安全ではありますが、ここまでのランクとなると神殿でも抑えきれないでしょう。最前は尽くしますが、万が一をお考えになっておいた方が宜しいかと」

 ぐっと眉根を寄せたまま告げた神官長の瞳は、何処か悲しげだった。甥があと半年か一年程で死ぬかもしれないという事実を憂いてくれているのだろうか。幼い頃から第二の父として慕っていたこともあり、そうであったら嬉しいなと頭の片隅で考えた。

「そうであろうな。して、ユリウスよ」

 顔色を一切変えず、陛下は自分へと目を向ける。自分の瞳よりも薄い青が、しっかりと此方を見据えていた。

「はい、陛下」
「ここで一体何があった」

 ぐ、っと一瞬喉を詰まらせる。詳しいことは分かっていないだろうが、陛下は何かを察しているらしい。瞳のことに関して今現在まで何も触れて来なかったが、陛下はそれを含めて此処で起こったことを包み隠さず話せと言っているのだろう。流石は王と言うべきか。それとも案外しっかりと自分のことを見てくれていた父だからなのか。
 何方にしても、隠すことは難しそうだ。実際ここまで大きなこととなれば、自分一人でどうにかなる問題でもない。

「水の精霊王ヴィオラが現れました。そして、精霊達に祝福と代償を授かりました」
「なっ……!」
「ほう」

 神官長は心底驚いた顔をし、陛下はニヤリと口角を上げた。顔は似ているのに、反応の仕方は全然違うことに少し面白いなと思う。
 前世の話は伏せたまま、精霊たちとのやりとりとそれに伴う左目の詳細について話をした。話が進むにつれ、神官長は顔色を青くし、陛下は考え込むように顎に手を添える。

「ふむ……精霊王が何処までバース性に関与しているかは分からんが、少なくとも魔力を授けているのが精霊である以上今後引き起こされるであろう魔力暴走には関与しているのだろうな」

 面倒な、と呟きながら考え込む陛下には申し訳ないが、自分はこの状況を少しだけ楽しんでいた。陛下が自分のことで悩む日が来るとは、昨日までの自分では到底考えられないことだったのだから。
 羊皮紙に綴られたランクを指でなぞり、考え込む陛下と青ざめたまま口を閉じた神官長へと向き直る。

「あとひとつだけ、お伝えしておきます。神官長は私が死ぬことを覚悟しておけと仰られましたが、多分それは無いかと」
「何故そう言い切れる?」
「詳しいことは言えませんが、精霊王からのお言葉ですので。『あの子を守れ』と」

 前世でまだ少し元気だった頃の彼を思い出し、少しだけ心が暖かくなる。この世界でもまた彼に会えると、他でもない精霊王から告げられたのだ。その日が待ち遠しくて仕方がない。

「あの子?」
「私の、唯一です」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

虚ろな檻と翡翠の魔石

篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」 不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。 待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。 しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。 「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」 記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。

逃げた弟のかわりに溺愛アルファに差し出されました。初夜で抱かれたら身代わりがばれてしまいます💦

雪代鞠絵/15分で萌えるBL小説
BL
逃げた弟の身代わりとなり、 隣国の国王である溺愛アルファに嫁いだオメガ。 しかし実は、我儘で結婚から逃げ出した双子の弟の身代わりなのです… オメガだからと王宮で冷遇されていたので、身代わり結婚にも拒否権が なかたのでした。 本当の花嫁じゃない。 だから何としても初夜は回避しなければと思うのですが、 だんだん王様に惹かれてしまい、苦しくなる…という お話です。よろしくお願いします<(_ _)>

【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】

古森きり
BL
【書籍化決定しました!】 詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります! たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました! アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。 政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。 男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。 自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。 行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。 冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。 カクヨムに書き溜め。 小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。

【完結】悪役令息の役目は終わりました

谷絵 ちぐり
BL
悪役令息の役目は終わりました。 断罪された令息のその後のお話。 ※全四話+後日談

番解除した僕等の末路【完結済・短編】

藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。 番になって数日後、「番解除」された事を悟った。 「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。 けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。 2026/02/14 累計30万P突破御礼バレンタインSS追加しました 2026/02/15 累計いいね♡7777突破御礼SS 19時に公開します。 様々な形での応援ありがとうございます!

番に見つからない街で、子供を育てている

はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。 異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。 現世の記憶は失われているが、 この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。 街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、 ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。 だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。 再会は望まない。 今はただ、この子との生活を守りたい。 これは、番から逃げたオメガが、 選び直すまでの物語。 *本編完結しました

処理中です...