胡蝶は揺りかごの中で眠る

玲瓏

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「ランディー、起きれるかい」
「ぅ……むぅ……」

 つんつん、と柔らかい頬をつつかれてむずがりながらも瞼を持ち上げる。視界に入ってきた金色を咄嗟に掴み、引き寄せた。

「おはよう。ランディーは私の髪が本当に好きだね?」

 抱き起こされてから、ぽやぽやしていた頭がようやく少し働いてくる。手に掴んだものがユールの髪の毛だったことを知り、少しだけ申し訳なく思いながらも掴んだまま離さない。だっていい匂いがするんだもん。それに彼は僕が髪の毛を触っても怒らないし、いつでも触っていいよって言ってくれる。

「今日は特別な日だからね。最後にもう一度喋る練習をしてから、おめかししようか」
「と、きゅ……えちゅ?」
「そう、特別な日。もう少し先になれば、もっと特別な日も来るけれどね」

 優しく笑う彼につられて、僕もふにゃっと顔を緩ませた。特別な日ってなんだろう。僕にとっていい事だといいな。
 そうしてワクワクした気持ちで居ると、いつも通りの時間にアンヘルが食事を持ってきた。

「ぉあー、よ!」
「はい、おはようございます。今日はいっぱい体力を使うかもしれませんから、しっかり食べましょうね」
「あいっ!」

 ユールにご飯を食べさせてもらい、アンヘルが食事を片付けている間にユールの膝の上でゆっくりとする。

「ご飯も食べて眠いだろうけど、寝ちゃだめだよ」
「あぅ……」

 目が少ししょほしょぼするが、頑張って開けておく。ユールはそんな僕を見ながらクスクスと笑っていた。

「まずは立てる練習しようか」

 ユールが僕を床に足をつけるようにして下ろしてくれ、そのまま脇を支えた。ゆっくりと彼の手が僕の腕を通って手を掴む。まだ少しふらふらするけれど、掴まっていれば自分の足で立てるようになっている事が嬉しい。折角元気な体に育っているから、本当は歩いたり飛び跳ねたりといろいろしたいけれど、まだ赤ちゃんだから我慢するしかない。

「上手だね。このままお喋りもできるかな?」
「あいっ」
「よし。じゃあまずは『ユール』って呼べるかな?」
「うっ……うー、りゅ!」
「はは、まだやっぱりハッキリとは難しいね。でも、同じ歳の子に比べたら何倍も喋れているから大丈夫」

 嬉しそうに笑うユールにつられて僕も嬉しくなって、彼に掴まったまま体を上下にふんふんと揺らす。飛び跳ねることは出来ないけど、これくらいなら支えがあれば出来るんだ!

「じゃあ次は『ママ』って言ってみようか」
「まっ、みゃ……うぅ……まっまっ!」
「そう、上手! 次は『パパ』だよ」
「ぱー、ぴゃ?」

 こてん、と首を傾げながら合ってる? と問いかける。けれど、ユールは首を振ってから、私の言葉を繰り返してねと言った。

「ぱ」
「ぱっ?」
「ぱ」
「ぱっ!」
「そう、『パパ』」
「ぱっ、ぴゃ!」

 自信満々に答えたけれど、なんか違う気がした。でもユールは笑いながら僕を抱き上げて、また上手だねって言ってくれた。

「んっふふ……ちょっと惜しいけど、なんて言ってるかは分かるからね。じゃあ最後だよ。『にーに』って言ってごらん」
「にぃ、に?」
「あはは、悔しいけどこれが一番上手に言えてるなあ。さ、今日はその練習を発揮しに行こうか」

 僕が立ったり喋ったりする練習を終えて直ぐに、アンヘルがまた部屋にやってきた。起きた時に言っていた、特別な日だからおめかしをするんだって。何時もとは違ういっぱいヒラヒラの付いた服を着せられ、少し鬱陶しく思う。僕がむっとした事に気がついたユールが、申し訳なさそうにしながらも「我慢してね」と言った。彼にそう言われたら、我慢するしかない。だから代わりに、僕をおめかししたアンヘルを少しだけぽかぽかと叩いておいた。

「ランドルフ様、痛いですよ?」
「むむぅ!」
「ふ、あはは、ランディーはよく分かってるなあ」

 椅子にちょこんと座ってアンヘルを叩いていた僕を、ユールが再び抱き上げる。その時横からアンヘルが手にしていた何かをこちらへと向けた。

「すごく可愛いのに……ほら、ご自分でもご覧になってください」

 渡された何かに手を伸ばして掴むと、その上からユールの手が伸びてきて一緒に持ってくれる。掴んだそれを見てみると、見たことの無い誰かがそこに映っていた。これ、鏡だ!

「ぱ! ぱっ、ぱっ! まっんまぁ!」

 興奮しながら鏡に映る自分をじっと見つめる。髪の色は父と同じ白色で、目の色は母と同じ緑色だった。どっちに似ているかは自分では分からないけれど、父と母の色を貰っていたことにすごく嬉しくなった。

「うー、ゆ! って! ぱっぱ! まん、ま!」

 ユール、見て、ぱぱとままの色だよって彼の方を見ながら教えてあげる。いつの間にか鏡から手を離して、頭を両手でポンポンしたり、頬を両手で包んで目を見開いたりする。ずっと自分がどんな色をしているのか気になっていたけれど、今になってやっと知ることが出来た。

「うん、ランディーは両親の色をしっかり受け継いでいるよ。綺麗で可愛い」

 ちゅっと頬にキスをされてきゃあ! と声が出る。しばらくは興奮が治まらなかったけれど、ふと兄のことを思い出してはっとする。僕は兄と同じ色が何も無かったのだ。それに気付いて、じわりじわりと涙が込上げる。

「う、っ……ふぇ……うわあああああん!」
「ランディー? どうしたの?」
「ランドルフ様、どうなされたのですか?!」

 急に泣き出した僕を心配して、ユールとアンヘルがわたわたとしている。けれど、ユールに背中をぽんぽんと撫でられて涙が止まるまで、僕は答えることが出来なかった。

「ふうぅ……ぇう……」
「本当にどうしたんだい。さっきまではあんなに嬉しそうにしていたのに……」
「に、っに……なぃ、なぃ……」
「え?」
「にー、に……」

 ユールの方を見つめて、兄の色が何も無いと訴える。兄弟は似ているって聞いたことがあるのに、僕はアレク兄様とは全然違った。本当は兄じゃない? じゃあ僕は誰の子? 兄は誰の子? どんどん分からなくなってきて、また涙が溢れそうになる。

「アレクシスと違う色だからびっりしたんだね」

 よしよし、とユールに頭を撫でられて、ぽろりと一粒だけ涙が落ちる。父と母と同じ色で嬉しくなっていたのに、こんな事に気づいてしまうなんて。

「にぃに……ない、ない? にっに、ちぁ、う?」
「うーん、なんて言いたいんだろう?」
「えぇと……もしかしてですが、アレクシス様と色が違うので家族では無いかもと疑っておられるのでは……」

 横で見守っていたアンヘルが口を挟む。アンヘルの言葉に頷くと、アンヘルは安心したように笑った。

「あぁ、なるほどね。アレクシスとランディーの色が違うのは偶然だよ。よく思い出してご覧。アレクシスは髪の色は母親で、目の色は父親だろう?」
「……!!」

 そうだった。自分と兄の色だけで勝手にいろいろ想像していたけれど、良く考えればわかる事だ。それなのにぎゃあぎゃあと騒いでしまったことに少しだけ恥ずかしくなって、顔を隠すようにユールの胸に頭をつけた。ユールはそんな僕を撫でながら、優しい声で続ける。

「だから大丈夫。兄と何も色が一緒では無いのは悲しいかもしれないけど、色だけが全てじゃないよ。ランディーはアレクシスの事が大好きだろう?」
「ん!」

 顔を上げ、自信を持って頷いた。僕の事を何度も何度も好きだよって、愛してるよって言ってくれた家族。僕も大好きだ。ユールも好きだけど、家族への好きは少し違うんだよって教えてくれた。確かになにかが違う気がする。でも、まだよく分からない。

「それだけで十分だよ。家族は何も、血の繋がりだけじゃない。まあ、アレクシスとランディーはちゃんと血は繋がってるから安心して」

 こくこくと頷くと、ユールがふっと柔らかく笑う。泣いたことで疲れて少し眠たくなってきたけれど、今日は寝ちゃダメだと思い出す。目を擦ろうとすると、ユールがその僕の手を握った。

「擦ったら腫れちゃうからだめだよ」
「ランドルフ様、泣いたあとが残らないように綺麗にしましょうか」
「あぃ……」

 再び椅子に座らされ、暖かい布で顔を拭われる。べしょべしょになった服も着替えて綺麗になったところで、もう一度手鏡で自分の顔を見た。まだ少し目が赤くなっているけど、もう泣かない。鏡に映る自分の顔をじっと見つめてから、一緒に手鏡を支えてくれているユールの方を見た。どうしたの、と言うように微笑んだ彼に手を伸ばして抱き上げてもらう。そうして腕の中に収まってから、ちゅっと頬にキスをした。

「あぃ、あとっ」

 ユールにお礼を言ってから、アンヘルの方にも手を伸ばして彼にも抱き上げてもらう。

「ちゃんと涙は止まりましたね。まだ少し目が赤いですが、時間が経てば治まるでしょう」
「あーへぅ、あー、あとっ!」

 アンヘルにも同じようにお礼を言って頬にキスすると、自分もされるとは思っていなかったらしい彼が酷く驚いた顔をした。彼のそんな表情は少し珍しくて、ふふふっと口元に手を当てて笑う。

「ランディーは案外悪戯好きなのかな? ほら、私の所へ帰っておいで」

 僕をアンヘルから取り上げるようにサッと抱き上げたユールは、大事なものを隠すように腕の中に僕を閉じ込めた。

「殿下……私に嫉妬するのはいいですが、ランドルフ様とは今後も仲良く・・・させていただきますからね」
「君も言うようになったね?」
「何も知らないランドルフ様を魔の手から守るのは俺の役目ですので」
「……」

 二人の顔が見えないけれど、ふふふ、とかははは、とか笑ってるから楽しいのかな。僕も混ぜて欲しかったけど、大好きな二人が仲良くしてるみたいだから今は大人しくしておく事にした。
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