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Zazilia

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4 映画撮影

20日目 リヨンにて

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 リヨンの学園にはルールがある。
 それは、金曜日、土曜日、日曜日以外は外出が出来ないというものだ。
 理由は、学園の立地にある。
 ぼくたちは、リヨン市内にあるとある教会に向かった。
 リヨンの修道士さんや修道女さんは特別で、みんな、ぼくたち魔法族の存在を知っている。
 ぼくたちは、入口に立つ修道士さんと挨拶をした。
 修道士さんは、手の平から教会のドアに魔力を注ぎ込み、押し開けた。
 ドアの向こうには、晴れ渡ったリヨンの街が広がっていた。
 子どもたちは、振り返り、自分たちが先ほど歩いてきたリヨンの街並みを見つけると、みんな小さく、わー、っと、驚いたような声を上げた。
 ぼくたちは、もう1つのリヨンの街へと足を踏み入れた。
 街並みには、これといった変化はなかった。
 空を飛んだり、窓ガラスや鏡、影に飛び込む魔法族たちの姿があること以外は、リヨンの街と同じだ。
 この景色が見られるのは、そして、このもう1つのリヨンに足を踏み入れることが出来るのは、魔法族と、学園関係者だけだ。
 ぼくたちの背後でドアが閉まった。
 平日にも関わらず、大勢の者が教会のドアをくぐれば、流石におかしいと眉をひそめる人間たちもいる、というのが、リヨンの学園に外出制限が設けられている理由だった。
 子どもたちは少しばかり窮屈な思いをするかもしれないけれど、7人は魔法族の常識どころか、人間社会の常識も身につける必要がある状態にある。
 そういう意味でも、外出制限のあるここから学園生活をはじめるというのは悪くない話だろう。
 ここ、リヨンの学園は、リヨン市と同じ表面積を持つ惑星のような感じになっている。
 重力やら太陽光やら酸素やらは、この世界を生み出した始祖の天使が上手いこと作り出したらしい。
 人口は5万1000人。
 その全員が魔法族で、その9割が学生、残りは、教職員や、インターポール国際魔法犯罪課の捜査官だ。
 この学園は、人口密度も低めで、割と人気の留学先だったりする。
 ぼくも、そのうち足を運んでみたいと思っていたものの、結局来たのは今回が初めてだった。
 ぼくたちは、街をあちこち見て周りたい欲求を抑え、まずは学園校舎に向かうことにした。
 唯一、元のリヨンの街にはない、宮殿の様な巨大な建物、それが、リヨンの学園だった。
 ぼくたちは、大階段を上り、なんかの冗談かってくらい巨大で荘厳、絢爛豪華な扉をやっとの思いで押し開け、学園の中に入った。
 エントランスホールは、吹き抜けのある、高さも広さも9mくらいの広大な空間。
 天窓から差し込む太陽の光。
 大理石の床、ど真ん中に大理石のカウンター。
 これだけの広さを誇っているにも関わらず、空間にいるのは、ぼく、アナちゃん、7人の子どもたち、そして、カウンターの向こうに立つ2人のおねえさんだけだった。
 ちなみに、ヤコは元のリヨンの街でぼくたちを待っている。
 1人で撮影をしてるからゆっくりしてこいよ、とのことだ。
 子どもたちとの別れはあっさりとしていた。
 ヤコは、他人にあまり興味を持たないのだ。
 ぼくたちは、2人のおねえさんに挨拶をして、ここに足を運んだ要件を伝えた。
 おねえさんたちは、電話の受話器を取って、どこかに連絡をした。
 数分後、硬い靴底を静かに踏み鳴らしながらやってきたのは2人の人物。
 1人は、ヨハンナさん。
 もう1人は、アーヴィンさん。
 ぼくは、2人の雰囲気を見て、頷いた。
 どうやら、2人は既に知り合いらしい。
 それっぽい雰囲気を漂わせている。
「やあ、久しぶりだな」ヨハンナさんは、ぼくとアナちゃんに握手をした。「万引き犯は見つかったか?」
「いや、まだ」アナちゃんは、怪訝そうに眉をひそめながら、ヨハンナさんを見た。「なにしてんの?」
「知らなかったかな。わたしも教員免許を持っているんだ」
「なんてこった」アナちゃんはぼくを見た。「世も末だわ」
 ぼくは、それには反応せず、アーヴィンさんを見た。「はじめまして」
「この間会ったじゃないか」
 ぼくは息を呑んだ。どうやら、とぼける必要はないらしい。
 ヨハンナさんとアーヴィンさんは、子どもたちと挨拶をした。
 それからぼくたちは、大所帯で学園内を散策することになった。





 ぼくとアーヴィンさんは、学園構内の談話室で、暖炉の火を見つめながら、コーヒーを啜っていた。
「きみともう少しだけ話をしたくてね」アーヴィンさんはそう言った。
「話をするだけなら、別に構いませんけど、諦めるつもりは?」
「あのときは、君に来てほしい理由を伝えられなかったからね」
 ぼくは、頷いた。
「彼らのことを知る者たちの中で、手が空いているのは君しか居ないんだ」
 つまり、必要なのは情報だけということだろうか。ぼくは口を開いた。「連中の厄介なところは、コミュニティ内で常に情報伝達がされていることだけですよ。訓練もろくに受けていない、情報伝達の手法も粗雑な、安物の連中の集まりです。1人でも捕まえれば、芋づる式に100人を捕まえられる。問題は、連中は、思想に触れた者たちの中から突然現れる。連中の思想に共感した者が1人増えれば、翌日には10人に増えている。それに、連中は、自らの思想を極限まで美化して伝える術を持ち、ヒトの欲望を煽ることにも長けている」
「問題は、情報伝達がされているというところだ。あの手の連中は面倒でね、私達は、可能なら今回限りで、連中を根絶やしにしたいと考えているんだ」
「3年前にも聞いたセリフですね」
「この数年で、だいぶ弱体化させてきた。連中が400年前の吸血鬼を起こすなんていうリスクのあることをやろうとしているのは、それだけ追い詰められているからだ」
「もしもぼくが参加すると言ったら、どうするんです?」
「今すぐにでも、私とともに来てもらう」
「ぼくになにをさせるんですか?」
「連中と戦ってもらう」
「どのように?」
「3年前と同じだ。思想が対立しているだけの善人を殺す必要も出てくるだろう」
 ぼくは眉をひそめた。「善人を殺す? それが正しいことだと?」
「そんな選択を迫られることもある」
「しかたがないことだと?」
「そんなこともある」
 ぼくは、わざとらしく、大きな音を鳴らしながら、ため息をついた。「そんな選択を迫られる状況自体が間違っているんですよ」ぼくは、ポケットから手巻きタバコを取り出し、1本巻いて口に咥え、火を点けた。「あなた方はわかってない」
 アーヴィンさんは、頷いた。「聞かせて欲しい」
「ぼくがあのとき、彼らと戦ったのは、彼らの存在や主義主張が気に食わなかったからじゃない。彼らの手段が気に入らなかったからです。彼らが、平穏な手段で同じことを実現させようというなら、ぼくはおそらく彼らに対立はしなかった。人の人格は手段に現れます。善人や賢い人は、そもそもそんな選択を迫られるような状況にたどり着かないように立ち振る舞う」ぼくは、タバコの煙を吐いた。「神は聖書の中で大勢の人間を殺し、悪魔は数人しか殺していないという話を聞けば、ぼくは、それだけ多くの悪人がこの世にはいる、ヒトはそれほど容易に道を踏み外す、そして、悪魔は、なにがあっても道を踏み外さない数少ない善人をあの手この手で踏み外させようとして、それが敵わないと判断した瞬間に殺すのだと、ぼくはそう考えます。愚かな馬鹿をのさばらせておくことこそが、悪魔の喜ぶ世界を実現させる方法なんでしょうね」
「なにが言いたい?」
 ぼくは、アナちゃんに嘘を吐いた。ヒトの形をした悪魔を殺したのは、1度や2度じゃない。群集心理によって、人は容易に道を踏み外す。戦場では、多くのものが自らの欲望や感情をあらわにする。そいつ等を止めるために、ぼくは、戦場でなにをしたのか。「悪人を殺すのは気分が良い。神になったような気持ちになれる。辛いのは、その後です。正気に戻ったときのこと。結局、自分の目的のために争いや問題を生み出す存在なんですよ。死ぬべきなのは。だから嫌いなんです。対話をせずに物事を進める連中や、自分の主義主張を押し付けるだけの連中や、他者を尊重しないくせに他者と関わろうとする連中が。簡単に操られる馬鹿もね」
 アーヴィンさんは頷いた。
「誰を殺すか、誰を見逃すか。ぼくがそれをやるのなら、それを決めるのはぼくです。自分の目で見て、自分で判断する。これ以上なく慎重に、限界まで待って判断を下す。仮にその判断が間違っていたとしても、その責任を取るのはぼくだ。別の誰かの判断で行動し、その責任を取らされるのはお断りです。人は本来、みんながそうするべきなんです。大勢の人を扇動し、大勢の人から自我を奪い、狂乱を生む様な手段を、連中が取ろうとしているのなら、ぼくはそれを止めなくてはいけない」先日の、アナちゃんの言葉が脳裏に浮かんだ。ソラなら、人を殺さずに、事件を解決出来るんじゃないかと。「ぼくは、もう、自分にはそれが出来るということを知ってしまいましたからね」
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