その血は呪いか祝福か 不死人は己を憂う

陽仁狼界

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Undeadman meets Vampiregirl

刺客

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 のんびりとアルカ嬢達を待っていると、二人は二時間ほどで大きなバックパックを背負って戻ってきた。
 おや、思ったよりも荷物が少ないな。女の二人旅だし、着替えとか大量に持ってそうなもんだが。

「おかえんなせぃ」

「……」

 俺が食堂で茶の用意をしながら声を掛けると、アルカ嬢はきょとんと俺を見る。
 ……なんだ?

「………た、ただいま」

「ん。あんたらの部屋は、俺の部屋の隣に用意してるから荷物置いてこいって、レイラちゃんが言ってたよ」

「分かったわ」

 伝言を伝えると、アルカ嬢達は階段へと歩く。

「……ねぇ、ビットさん」

「ん?」

 二階へ向かっていた嬢達だが、おもむろに階段の途中で立ち止まり、振り向いて声を投げた。

「どうした?」

「………『おかえりなさい』って言ってもらえるのって、嬉しいものなのね」

「………ああ、そうだな」

 アルカ嬢が放った言葉とその笑顔が、俺には何処か儚げに見えた。




 程なくして二人は荷物を置いて食堂に降りてきた。
 俺はティーセットの用意を終えて二人に座るように促す。

「貴方が淹れたの?」

「おう。永い人生、退屈しのぎにな」

 「荒事は除くけど」と軽口を叩きながら紅茶をカップに注ぐ。
 琥珀色の液体に満たされたカップを3人・・の前に置き、執事の如く敬々しく一礼。

「どうぞご賞味下さいませ」

「いただきまーす」

 間延びした声で最初にカップを手にとったのはレイラちゃん。

「………って、貴女も飲むの?」

「二人が3人に増えようが同じでしょ?」

「変わるぞ、茶葉の分量やお湯の温度とか」

 アルカ嬢が眉を上げて声を掛けると、隣に座っていたレイラちゃんはすました顔でカップを傾ける。
 俺が控えめに反論するが聞いちゃいねぇ。
 この娘は俺の淹れた茶がお気に入りらしい。
 俺が茶を淹れると毎回どっからか現れて飲んでいく。
 今日もそんなこったろうと思って一人分余計に淹れたのだが。

「冷めない内に飲んじまいな。冷めた茶は飲めたもんじゃねぇ」

「え、ええ。頂きます」

「い、頂きます」

 アルカ嬢がカップに口を付けると、ジャコもそれに倣う。
 口に含んだ瞬間、二人の目が真ん丸と見開かれた。

「………美味しい」

「そら良かった。っつっても、下町価格のやっすいハッパなんだがね」

 淹れ方の工夫次第で安い茶でも美味いもんになる。
 湯を高いところからポットに入れて葉を踊らせたりだとか、蒸らす時間とかな。
 湯の中で葉が開き過ぎれば渋くなるし、下手に開かせようとすれば雑味が交じる。
 昔は執事の真似事なんかもしてたっけな。

「そろそろ日が落ちる。それ飲んだら風呂に入ってゆっくり休むといい」

「ええ、そうさせてもらうわ」

 嬢達はカップの中身を飲み干して上階へ戻って行く。
 その背中を見送っていると、レイラちゃんがじっと俺を見ていた。

「……何?」

「……………のぞ」

「かねぇよ。俺を何だと思っているのかねチミは」

 確かに女を食い物にしてるけども。そこまでゲスなつもりじゃないぞ。
 しょうもない会話で空気が緩み、とっぷりと夜はふけていった。





 一方その頃。
 ガルサの路地裏を髭面の男が歩いている。

「くそぉ…あのカボチャ女ァ…!」

 口元はよだれや泡に濡れて右肩を押さえているその男は、先程ビットを襲い、ジャコに叩きのめされた三流冒険者、アージャだった。
 アージャは恨み言を呟きながら、みすぼらしく壁伝いに路地裏を歩く。
 その心の内にはどのようにして、ジャコやビットに報復するかという暗い感情が渦巻いていた。

「ひ、ひひ…あの二人にはぜってぇ復讐してやる…首だけにしてションベン漬けにしたあの不死人の目の前でカボチャ女を犯し殺してやる…!」

 数人がかりで襲いかかって相手になりもしなかったというのに、どのような仕打ちを与えるかを考えるアージャ。

「おい」

「………ああ?」

 その下卑た思考を、背後からの声が遮った。

「今、カボチャがどうとか聞こえたが?」

「あぁん?テメェには関係ねぇだろうが!」

 妄想に横槍を入れられたアージャは不愉快さを隠そうともせず、声の主へと振り返る。



 瞬間、自らの腹にずぶりと何かが入り込んだ。


「………ぁえ?」

「汚らしい声だ。耳朶に触れるだけで虫酸が走る」

 声の主は汚物を見るような目でアージャを見、彼の腹に指先から手首までを突き立てていた。

「あびゅ…ギ…ひぃ…!?」

 気持ち悪い。
 アージャは思った。
 顔色一つ変えずに自分を手にかけた目の前の人間に。
 腹に人の腕が突き刺さっているというのに、痛みがない・・・・・ことに。

「耳が腐るのでな、これ以上喋ることは許さん。……だが、貴様の言葉には気になる事がある」

 故に、とその女・はアージャの腹から腕を引き抜く。
 塞ぐものの無い腹からどぼどぼと血が流れる。
 腹部に大穴が空いているというのにやはり痛みを伴わない。
 その事にアージャは得体の知れない恐怖を覚えた。

貴様の血・・・・に訊くことにしよう」

 そう言って女は手にべっとりと付着したアージャの血液を赤い舌で舐めとった。
 扇情的なその仕草は、アージャの心に更なる恐怖を植え付ける。
 ごくり、と女は血を飲み込み、目を閉じて数瞬考える仕草を見せると、ゆっくりとその赤い瞳をアージャに向けた。

「……偶然見ただけか。役立たずめ」

「え」

 その言葉が、アージャの最後に耳にした言葉だった。
 次の瞬間、彼の視界がまっすぐ下に落ちていく。

「不味そうなのは仕方ないが数日ぶりの人の血だ。糧になってもらおう」

 まるで愛しいモノにキスでもするかの如く、女はアージャの首の切断面に口をつける。
 服が血に汚れるが気にする様子もなく、ごくり、ごくりと女はアージャの血を飲み干していった。

「………化け提灯ジャック・オ・ランタンを見た、ということは、吸血姫アルカードも近くに居るか」

 女は血を飲む合間にアージャの・・・・・血から・・・読み取った・・・・・記憶・・を反芻する。
 アージャが灰色の髪をした青年を痛めつけ、カボチャ頭のメイドに叩きのめされる映像。
 青年の方は女の知らない地元の住人だと思われるが、カボチャメイドの方はよく知っている。
 吸血種穏健派のトップに付いている従者、ジャクリーン・ターナ。
 彼女がここに居るのなら、主人の女もこの街のどこかに居るはず。

「………アルカ・ドリィ。あの女は殺す」

 女は口元を拭い、血を飲み干してカラカラに乾いたアージャの遺体に魔力を集中させる。
 ぼぅ、と青い炎が灯り、一瞬で遺体は灰になった。
 ゆらりと、女は身体を翻す。
 人通りの少ない路地裏に、再び静寂が訪れた。





 アルカ嬢達が青猫亭に宿を移した翌日。

「ふあ…あぁぁ…あふ」

 俺は昼ごろに目を覚まし、欠伸を噛み殺しながら部屋を出てきた。
 バリバリと頭を掻きながら下階へ降りると、アルカ嬢達が食事をとっている。
 お、今日の昼飯はサーモンのソテーか、美味そう。

「おはようさん」

「ええ、おはよ…!?」

「お早うございま…っ」

 二人が俺に目を向けると、ぎょっと俺を見た。

「んん?どしたん?」

「……ビットさん、前はだけてる」

 俺から視線を外しながら怖ず怖ずとアルカ嬢が指摘する。
 視線を下ろせば、シャツのボタンが外れて鎖骨とか胸元がセクスィーな事になっていた。
 いやん。

「あらいやだ。アタシったら」

「気持ち悪いわよバカビット」

「いったぁ!?」

 飲み屋のオネエ様っぽくおちゃらけながらボタンを留めると、レイラちゃんの投げたトレーがこめかみにクリーンヒット。
 うう、ちょっとした冗談なのに…。

「ふぁ……あふ。ジェエエェェイク。飯ぃー」

「………あいよ」

 欠伸をしながらいつものやりとりを済ませ、俺はアルカ嬢達の前の席に座る。
 他の宿泊客達は既に仕事に出ている様だ。

「よう、昨日はぐっすり眠れたかい?」

「ええ、お陰様で」

 俺の言葉にアルカ嬢は頷き、ソテーの一欠片を口に放り込む。
 いちいち動作が様になるなぁ。ホントにどっかのお貴族様か?
 煙草に火を点けて血の巡りが悪い頭にニコチンを補給しながら、そんな事を思う。
 しかし、千年を超える俺の記憶の中には『ドリィ』という姓の家系は存在しなかった筈だ。
 ………十中八九偽名かな、こりゃ。
 ま、そっちに関しちゃ追々探りを入れるとして。

「お待ち遠様。アンタの分のご飯」

「イヤッホゥ!」

 まずは飯だぁ!




「……げふっ。ごっそさん」

 たらふく食い終えた俺は膨れた腹を軽く撫ぜる。
 その様子にアルカ嬢はいつもの様にぷっと吹き出した。

「おっと、悪いね、毎度毎度」

「ううん、見ていて気持ちいいくらいの食べっぷりだったわよ」

 クツクツと笑いながらアルカ嬢はその金の目を細める。
 俺が道化を演じている理由を探ってるみたいね。
 懐疑の視線を冷ややかに受け流しながら、俺は親指を階段へ向ける。

「さて、飯が済んだら昨日の話の続きと行こうか」




 俺たち3人は昨日と同じく俺の部屋に集まっている。

「んじゃま、色々すっ飛ばして本題に入ろうか」

 脚を組んで椅子に座る俺は、ベッドに腰掛けるアルカ嬢とその横に立つジャコへ話を促す。
 前置きもへったくれもないが、昨日の時点である程度話をしたのだからする必要もないだろう。

「ええ、そうね」

 俺の意図を察したアルカ嬢も俺の言葉にコクリと頷く。

「そんじゃあ、まずはあんたら穏健派と排斥派の組織的な規模、具体的な人数、そんでもって、あんたらのトップについてを聞こうか」

 つらつらと一息に訊きたいことを言い並べると、最後の項目を口にした辺りでアルカ嬢の目が少し細まった。

「………規模としては穏健派わたしたちよりも排斥派の方が圧倒的に勝っているわ。穏健派の人数は凡そ1000人、排斥派はその10倍といった所かしら」

 アルカ嬢はそこまで言って一度言葉を切る。
 10:1か…圧倒的に排斥派が有利だな。
 それだけ反吸血種ノスフェラトゥ思想の被害者が多いと言えるのか。それとも排斥派の頭のカリスマ性の成せる業か。
 どちらにせよ、嬢達の状況が思った以上に切迫していると改めて理解した俺は、顎をしゃくって嬢に続きを促した。

「………私達のリーダーについてだけど、それが一体誰なのかは、分からないのよ」

「………へぇ。素性も知れない奴にあんたらは従ってんのか。意外と頭軽いのな」

 その発言を聞いた俺は敢えてアルカ嬢を見下す様に肩を竦める。
 次の瞬間、俺の全身が殺気を向けられて総毛立った。

「!!!」

「ジャコ!」

「ッ……申し訳ありません。出過ぎた真似を」

 秒と待たずアルカ嬢に諌められ、張本人であるジャコが俺への殺気を収める。
 右手には紅い血が血晶魔法ブラッドアーツでナイフ状に固めて握られていた。どうやら親指の爪で人差し指を切って創ったらしい。
 怖い怖い。やっぱり昨日の大立ち回りは手ぇ抜いてやがったな?
 だが、今ので確信が持てた。
 多分アルカ嬢は穏健派のトップ、あるいはそれに準ずる地位に居る人間だ。
 それが周囲にバレれば、彼女はただの吸血種ノスフェラトゥ以上の脅迫材料爆弾になり得る。
 常人種との共存という青臭い思想を本気で抱いているのも、組織を立ち上げた当人と言うのならば納得できる。
 ……ま、本人が自分から打ち明けるまで知らん振りするがね。

「ごめんなさいビットさん」

「構わないさ。知らんことを教えられる道理も無い。……そんじゃ、相手方のリーダーについて何か知ってることは?」

「…………ごめんなさい」

 アルカ嬢は俺の問いに目を伏せる。
 ………ふぅん、こっちの方は本当に知らないみたいだな。
 まあ、幾ら数の少ない吸血種とはいえ、穏健派に比べて排斥派の規模は大きく上回ってるのなら、トップの特定は難しいか。

「………今までの話を聞いた俺の出した結論だが、あくまでも俺の主観に基づくモノだし、場合によってはあんたらの気分を害する事になると思うが、聞くかい?」

「………いいわ。聞かせて」

 アルカ嬢は俺の言葉に固唾を呑んで頷く。

「とりあえず結論から言わせてもらうと、今のあんたらじゃ排斥派をどうにかするのは無理だな」

 そう言った瞬間、ジャコの瞳がギラリと光った。比喩じゃなくぐぽーんと物理的に。
 うん、いきなり無理って断じられたら怒るよな。
 でも事実だから仕方ねーだろ。
 あ、嬢のひと睨みで光が消えた。

「……理由を聞いてもいい?」

「まず単純に数の差で負けてる。シンプルだが分かりやすいだろ」

 俺は右手の人差し指を立てる。
 数の差というのは分かりやすい力の差だ。ちょっとやそっとでひっくり返すのは難しい。
 俺の言葉の意味を理解したらしく、アルカ嬢は重々しく頷いた。

「次に、あんたらの『敵』は排斥派だけじゃないこと。意味は分かるかい?」

「………いいえ」

 アルカ嬢は俺の問いに首を横に振る。
 意外と気付かないもんかね。

「答えは、常人種ヒューマンだ」

 俺が中指を立ててそう言うと、嬢もジャコも目を見開いた。

「な、何故?私達は彼らとの敵対意思は無いのに」

「ンなモン、向こうに取っちゃ関係ないやね。未だに吸血種は常人種から色眼鏡で見られてる。穏健派と排斥派の争いも、所詮はバケモン同士の内輪揉めと思われるのが関の山。上手いこと取り入っても、利用するだけ利用してポイだろうな」

 立てた人差し指と中指を閉じて開いてハサミを作る。
 蜥蜴の尻尾切りなんてのはよくある話だ。
 しかも切るのは吸血種。
 吸血種バケモン相手なら良心の呵責なんぞありゃせんわな。
 最悪一網打尽で奴隷行きもあり得る。

「他にも理由は色々あるが、とりあえず挙げられるだけでもこの2つで致命傷、俺に言わせりゃ今まで生き残ってたのが不思議なくらいだ」

「…………………………」

 俺の見解にアルカ嬢はがっくりと項垂れた。
 今までの努力を一気にブチ折る発言を聞かれりゃ、どんなに芯が強くても流石に落ちるか。
 だが気付かなかったとは言え、ここまで不利な状況でも諦めなかった彼女の胆力は評価に値する。
 ………やっぱり、永いこと生きてると面白い人間に出会えるもんだ。

「ま、致命傷っつっても、打つ手が無い訳じゃない」

「本当!?」

 俺の言葉にアルカ嬢が身を乗り出す。
 おお、さっきまでの落ち込みが嘘みたいな食付き。いや、落ち込んでいたからか。

「まま、ちょい落ち着いて。俺の言う『打つ手』も、色々準備が必要なもんでね」

「で、でも…」

 アルカ嬢は少し不安そうに目を泳がせている。
 あー…現状を伝えるにしても、もうちょいボカして言うべきだったか。
 己の配慮の無さに少し苛立ちながら、俺は頭を掻く。

「大丈夫、あんたらのボスが無事なら、穏健派も息を吹き返すって」

 ボスはあんただろうけど、と心の中で付け加えながら俺はアルカ嬢をたしなめた。
 そしてこれからどうするかと切り出そうとしたその時、コンコンとドアが叩かれる。

「ビット、ギンさんの使いの人が来たよ。…………仕事だって」

「…………バッドタイミング」

 ドアの外に居るレイラちゃんの言葉に、俺はがくんと頭を落とす。
 本腰を入れて話そうとすればこれだ。

「不安にさせて悪いけど、これから仕事だ。詳しく話を詰めるのは明日だな」

「え…あ、ええ、分かった」

 俺が手を挙げて謝意を示すと、アルカ嬢がひとつ頷く。
 そして上着を羽織る俺に声を掛けた。

「……そう言えば、ビットさんの仕事って?」

「あー?男娼だよ」

 娼婦専門の、と肩を竦める。

「………………え?」

 俺の返答に、ジャコの目の光が点になる。

「…だん…しょう?」

 アルカ嬢の顔が徐々に真っ赤に染まる。

「そ。酒盛りの相手から夜のお供まで、お手軽プランで貴女も満足。………お嬢ちゃんリトル・レディにゃ刺激的すぎたか?」

 ドアを出る間際、パチリと軽くウィンクする。
 部屋を出てドアを閉める際、ボンッと二人が赤面するのが見て取れた。
 ははは、ウブだこと。





 夕陽が街に差し込み、石造りの道を紅く染め上げる中を俺は歩く。
 やー、二人の赤い顔は眼福でしたな。
 痩せぎすでゴロツキにボコられるようなショボい男が、まさか男娼やってるなんて夢にも思っていなかったって顔、愉快痛快不死人ビットくん。
 今の今まで黙っていた甲斐があったというもの。これだから女を誑かすのはやめられない。
 …………って、いかんいかん、幼気な少女をいじくり回すのは俺の悪い癖だ、自重自重。
 この場にギンが居たら、『アンタに取っちゃ大概の女は幼気な少女だろうに』とか言われそうだけど。
 そのギンから呼び出し食らって職業教える破目になったんですけどねー。
 さーて、仕事仕事っと。





「アンタに取っちゃ大概の女は幼気な少女だろうに」

「うーわー、予想してた回答ど真ん中とかつっまんねー」

 俺がそう言った直後、顔面に拳がめり込んだ。

「殴るよ」

「…………殴ってから言うなよ」

 打たれた頬を擦りながら、殴ったギンに抗議する。
 しかしギンはふんっと鼻を鳴らすだけだった。
 うん、俺が悪いもんね。

「で、今日の相手は?」

「あたし」

 …………うん?
 ギンの返答に俺は耳を疑う。

「ごめん、もっかい」

「あたし」

 うん、聞き間違いじゃない。

「お邪魔しました」「待ちな」

 踵を返した俺の襟首をギンががっちりと掴む。

「………いっ…」

 掴まれた瞬間、俺は全身を引き攣らせて戦慄いた。

「嫌だぁぁぁぁぁ!!!もう木乃伊ミイラになるのは嫌だぁぁぁぁぁ!!!」

「だー!やかましい!今日はそういうので呼び出したんじゃないから!!」

 バタバタと暴れる俺をギンが羽交い締めにする。
 俺がここまでギンの相手を嫌がる理由。
 それはこいつの底なし加減だ。
 こいつが娼婦だった頃、相手にした男が干からびるまで搾り取るなんぞザラ、下手すりゃ腹上死すらあった程。
 俺なんて干からびても魔力が補充されるから実質無尽蔵、ギンが本当に満足するまで貪られる。
 そういう経験があって俺はギンの相手はトラウマになっていた。

「………じゃ、じゃじゃじゃ…じゃあ、なななんで呼び出した…」

「相も変わらず、小物臭いというか、尻の穴が小さいというか…」

 半泣きで壁際にへばりつく俺に、ギンが呆れ顔で頬を掻く。
 ギンはため息を吐き、振り返って戸棚を漁り始めると、怯える俺の前にドンッと一本の瓶を置いた。
 ちゃぽんと内部の液体が揺れる。

「ただの酒盛りだよ。たまには馴染みと呑みたいと思うもんさ」

 そう言ってギンはニカッと笑った。





「ほー、吸血種ノスフェラトゥを匿ってんのかい」

「ああ、見てて面白そうだと思ったんでな」

 杯を傾けながらそう言うと、ギンの目に呆れが混じる。
 昔から俺がこんなんなので半分諦めてるな。
 ギンにアルカ嬢達の事を話した俺だが、ギンから彼女達の事が漏れる危険は考慮していない。
 昔からの付き合いだし、コイツはダチを売る真似をする奴じゃない。
 口も固いからポロッと零すことも無いだろうしな。
 俺は杯の中身を飲み干し、卓の上に杯をカンと鳴らして置く。

「………なあギン、ちょい頼みがあんだけど」

「なんだい、藪から棒に?」

 酒に当てられて少し赤くなった頬を撫でながら、ギンは俺に目を向ける。

「もしかしたら、街ガルサを出ることになるかもしれん」

「嫌だよ」

 内容を話す前に断られた。

「………まだなんも言ってねーだろ」

「大方、『青猫亭の二人を頼む』とかだろう?アンタの言いそうなこったね」

 読まれてた。
 伊達に長い付き合いじゃないな。

「………駄目か?」

「駄目とかじゃないよ。アンタ自身で折り合いつけなって意味さね。特にレイラちゃんに対しては」

 …………。
 ギンの忠告に俺は目を伏せる。
 脳裏にジェイクとレイラちゃんの顔を思い浮かべた。
 確かに、あの子に対しては不義は許されない。

「………とりあえず、話はしてみる」

「それがいい、それでいい。ごちゃごちゃ考えるよりもドタバタしてるアンタの方が、あたしは好きだよ」

 煙管を咥えながら、ギンはカラカラと笑った。
 それを見て俺も頬が緩む。

「ハハッ、何べん惚れ直した?」

「数えるのも忘れたほどさね」

 しばし熱い視線で見つめ合う。

「「………ぷっ……あはははは!」」

 軽口の叩き合いに俺達はゲラゲラと笑い合った。




「ふはぁ…」

 夜の帳が下りたガルサの街並みを俺はほろ酔い気分で歩いている。
 ギンはああ言ってたけど、俺がガルサを去ったらなんだかんだで青猫亭の二人を面倒見てくれるだろう。
 酒で火照った身体を秋の夜風が冷ましてくれる。

「……少し近道するか」

 あんまり遅いとまたレイラちゃんに怒られる。
 俺は大通りから少し逸れて路地裏に足を向けた。

「…………?」

 路地裏に入った直後、俺は足を止める。

「…………」

 進行方向には人影が立っていた。
 全身を真っ黒なマントで覆ったその人物は、俺の行く先を阻むように路地裏の真ん中で仁王立ちしている。
 怪訝に思いながらも俺は通り抜けようとその人物に歩み寄った。

「ちょいと悪いね、通してもらえる?」

「…………」

 黒マントは少し右にズレて俺に道を譲ってくれる。
 手を挙げて謝意を示しながら俺は黒マントとすれ違う。

「……………アルカ・ドリィ、ジャクリーン・ターナ」

「っ」

 声の質からして女。
 その声から発された名前に、俺は一瞬身体を強張らせた。

「当たりか」

「ッ!ガッ!?」

 頭に衝撃。
 いつの間にか女が持っていた『紅い棍棒』で、俺は頭を殴られて一瞬で意識を失った。
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