その血は呪いか祝福か 不死人は己を憂う

陽仁狼界

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Undeadman meets Vampiregirl

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「………ううっ…!」

 決着が付いた直後、アルカ嬢は膝から床に崩れ落ちる。

「アルカ様!?」

 自分の怪我も塞がりきって無いだろうに、それを見たジャコがアワアワと彼女に駆け寄った。

「アルカ様!アルカ様!」

「……だい…じょうぶ…というかあんまり大きな声を出さないで…頭に響くから」

 突っ伏している嬢は辛そうな声を上げながらジャコに応答する。
 意識ははっきりしているようだが、身体を思うように動かせないようだ。

「…よう。お互い死に体だねぇ」

「…ええ。でも、生きてる」

 ジェイクに担がれながら嬢の側に寄ってそう言うと、彼女も苦笑しながらそう答えた。

「俺はともかく、他に・・死人が出てないのは重畳だ」

 俺は離れた場所で倒れる仔猫ちゃんに目を向ける。
 どうやらギリギリで急所は外れていたらしく、耳を澄まさなければ分からない程度のか細い呼吸音が聞こえた。

「…!化け猫…!」

 仔猫ちゃんにまだ息があると分かったジャコの目に険しいものが宿る。
 今の今まで殺し合っていた相手だ。確実に始末しておきたいのは分かる。

「待った。仔猫ちゃんにゃまだ利用価値がある」

「………しかし…」

 静止をかける俺だが、ジャコは知ったことかと剣呑な目で睨みつけてきた。
 主人の安全を第一に考えればここで仔猫ちゃんを殺しておくのは最善だろうねぇ。
 けど、それは最上じゃぁねぇんだなぁ。
 俺はジェイクの手助けを借りながらアルカ嬢の側に座る。

「アルカ嬢、コイツの身柄は俺が一旦預かる。いいかい?」

「………ええ…お願い…します…」

 俺の問いにそれだけ返すとアルカ嬢はゆっくりと目を閉じた。

「アルカ様!」

「しぃー…」

 嬢に駆け寄るジャコを阻む。

「すぅ…すぅ…」

「今は寝かせといてやんな」

 いきなり吸血ドーピングして疲れたんだろう、彼女はぐっすりと眠っていた。
 一応後でギンに診てもらうか。
 俺はそんなことを考えながらジェイクに目を向ける。

「………ジェエエェェイク。なんか食いもん持ってねぇ?」

 そう言った瞬間、俺の腹から獣の唸り声と間違えそうな程の腹の虫。
 言い方は軽かったが、このレベルの空腹感はやばい。
 底をつきかけた魔力を回復させるために仮死状態になりかねん。
 正直いつ気絶してもおかしくなかった。

「………あいよ。どうせそんなことだろうと思ったよ」

 そう言ってジェイクは腰の袋から銀紙に包まれた棒を数本取り出した。
 携行食のチョコバーだ。

「サンキュー!」

 有無を言わさずそれをひったくり、銀紙を剥がしてムシャムシャとむさぼり食う。
 ああ、チョコとナッツの甘さが沁みる…。
 無心になってチョコバーを腹に収めていき、ものの一分で食い尽くすと俺は仔猫ちゃんに視線を移した。

「ジャコ、まだ血晶魔法ブラッドアーツは使えるかい?」

「は、はい。でも少し血を流しすぎたのであまり大きなものでなければですが…」

 口の周りや指についたチョコを舐め取りながら質問すると、ジャコは若干弱気な返答。
 多少でも使えるんなら十分だな。

「これから仔猫ちゃんの応急処置をしようと思うんだけど、暴れられちゃ面倒だから拘束具一式よろしく。猿轡さるぐつわ手枷足枷てかせあしかせね」

「わかりました」

 そう言ってジャコは自分の腕に付いていた傷を軽く抉って傷口を広げる。
 ………わー、ワイルド。
 それを横目に俺は立ち上がって仔猫ちゃんの側に寄る。

「……ひゅー…かひゅ…」

「うわー、ホントにギリギリだな」

 仰向けにし、傷の具合を見てそう呟く。
 辛うじて動脈を外しているので出血は派手だが広く飛び散った印象だ。
 血の色も薄いから内蔵にダメージは無さそう。

「ちょいと失敬」

 服のボタンをあけて肌蹴させ、状況が状況なら生唾ものの仔猫ちゃんの胸に、指を突っ込んで傷を広げる。
 アバラにヒビが入っているが折れて肺に刺さってはいない。
 よく見ると傷の隙間に紅い血晶が見えた。
 成る程ね。

「斬られる直前に皮下脂肪と筋肉の間に血晶を張ってやがったか。痛かったろうに」

 ついでに胸の脂肪が上手いことクッションになったようだ。
 これなら縫合すりゃすぐに塞がるかな。
 俺は上着のポケットを漁り手のひらサイズの平べったいケースを取り出す。
 中身は昔から使っている救急医療キットだ。
 中を開き、ピンセットとガーゼ、縫合糸と針とウォッカが入った小瓶を取り出す。
 消毒液は切らしていたので代わりに詰めたものだが、度数90超えなので消毒には問題ない。
 縫合糸も無くなりそうだな。ギンに新しいの作ってもらうか。

「ビットさん、用意できました」

「ん、ありがと」

 ジャコがゴテゴテとした拘束具を持ってきてくれた。
 俺を拘束していた鎖を思わせる紅いそれを仔猫ちゃんの手足に取り付ける。
 手は縫合の邪魔なので後ろ手にした。
 猿轡は後でもいいかな。
 酒の小瓶の栓を開け、中身を適当に傷口にぶっかけた。

「っ!?!?!?あがぁぁぁぁぁ!?!?」

 傷に染みたのか、仔猫ちゃんは絶叫をあげて目を覚ました。

「…………エグい」

 ジャコとジェイクが同時にそう呟く。
 医学は専門じゃねぇんだ。ほっとけ。

「がっ…がはっ…!」

「おはようさん。生きててよかったね」

 俺がそう言うと、仔猫ちゃんは凄まじい顔で睨んできた。
 しかし涙目なので迫力ゼロだ。

「きっ…さまっ…!」

「はいはい。文句も罵倒も後で幾らでも聞いてやるから、今は治療の邪魔すんな。というかお前、俺の首落としてんだから、この程度で文句言うな」

 暴れたらまた血が噴き出しかねん。
 弱々しく声を上げる仔猫ちゃんを受け流しながら俺は処置を続ける。
 ピンセットでガーゼをつまみ、傷口の周りの血を拭き取り始めると、仔猫ちゃんは先程より小さくうめき声を上げた。
 リドカインかメピバカインでもありゃいいんだけどねぇ。最悪コカインも可。
 無い物ねだりしても仕方ない。針麻酔の心得もねぇし。
 縫合糸を針に通し、肩傷の端に突き刺す。

「きさま…な…ぜ…」

「お前にゃ色々訊きたいことがあるんでな。大人しく寝てろ」

「…………」

 それを聞いた仔猫ちゃんは目を閉じる。
 どうやら再び気を失ったようだ。
 起きててうんうん唸られても面倒だから都合がいい。
 俺は淡々と応急処置を続けた。





「よし、これで一応死にゃしねぇだろ」

 糸を結んでハサミで切り取り、一息つく。
 縫い目は均等で歪みも見当たらない。
 これなら吸血種ノスフェラトゥの回復力で綺麗に塞がるだろう。
 額に手を当てると、汗でびっしょりとぬれていた。
 やっぱ他人の傷を塞ぐのは神経すり減らすなぁ。

「ジェイク、帰るぞ。コイツとアルカ嬢頼む」

「あいよ」

 ジェイクは俺の指示に頷き、仔猫ちゃんを肩に担ぎ上げるとアルカ嬢の方へと向かう。
 俺は医療キットを仕舞って立ち上がり、のろのろと歩き始めた。
 …………疲れた。風呂入りてぇ。





 アルカ嬢と仔猫ちゃんを青猫亭に運び込んではや3日。
 あれから俺たちはてんやわんやの大騒ぎだった。
 縫合した仔猫ちゃんの傷は最後に受けた一刀のものだけであり、他の傷は完全には塞がっていなかったので、俺の部屋に運び込み治療にあたったのだが、問題はその後。
 大人しく眠っていたアルカ嬢が突然高熱を発したのだ。
 俺は仔猫ちゃんの傷の手当で手が離せなかったので適当な宿泊客にギンを呼ぶように頼み込み、アイツが来るまでの間ジャコとレイラちゃんが嬢の身体の汗を拭いたりしながら看病に当たる。

 ギンが到着した直後、俺達は有無を言わさずアルカ嬢を診せるとギンも切迫した状況だと察したらしく、すぐに症状を詳しく調べ始めた。
 ギンは元娼婦だが魔法使いとしては超がつく程に優秀だし、医療の心得も多少ある。大抵の病気はアイツに診てもらえば大丈夫なはずだ。
 鎧を脱がされたアルカ嬢の身体をあちこち触り、ギンが一言。

『………魔力酔いだね、こりゃ。しばらく放っときゃ魔力が馴染んで落ち着くだろうから、生命に別状は無いよ』

 ギンの診断結果に俺は、安心すると同時に首を傾げた。
 確か魔力酔いとは、自分の許容量キャパを大幅に上回る魔力を無理矢理取り込む事で起こる症状だった筈だ。
 確かに彼女は俺の魔力をほぼ全て持って行った。
 だが、あの時のアルカ嬢は割と余裕があるように見えた。
 俺がその時の状況を話すと、ギンはポンっと自分の手のひらを拳で叩く。

『ああ、消化不良だね、そいつは』

 ギン曰く、魔力が少ない状態でいきなり魔力を取り込むと似たような症状を起こすそうだ。
 質素な食生活をしていていきなりたらふく掻っ込んだ時と似たようなものだろうか。
 俺がそう訊くと、ギンは呆れながら『あんたが分かるんならそれでいいよ…』と溜息をついていた。
 いや、だって俺の場合は腹いっぱい食えば魔力戻るし。
 俺がそう返せば、そうなるのはお前だけだと殴られた。ひでぇ。ぼーりょくはんたい。

 ついでに仔猫ちゃんの手当も手伝ってもらった。
 独学で身につけた付け焼き刃の治療じゃやっぱり限界があるしな。
 ギンに魔法で縫合糸を作ってもらい、残りの傷もちまちまとパッチワークした。
 ギンの縫合糸は特別製で、傷の治癒と同時に消えるようにできているから跡も然程残んねーだろ。
 あとは化膿止めと湿布だけして包帯でぐるぐる巻き。
 意識が戻った時に逃げられたり自害されちゃ敵わんからしっかりと拘束しておいた。
 ちなみに猿轡は思う所があって鼻と口元だけを露出した、顎を無理矢理閉じさせるマスクにしてもらった。

 それと、ジャコは既に傷自体は癒えており、調子の方も軽い貧血なので大した処置は要らないとのこと。
 ジェイクも似たようなモンだが常人種ヒューマンだからちゃんとした治療もしとくか。




 それが三日前のこと。
 あれから仔猫ちゃんもアルカ嬢も死んだように眠りについたままだ。
 一応心臓は動いてたし、呼吸も一定のペースで落ち着いていた。
 念の為にギンにはそのまま泊まってもらってるけど………大丈夫なのかねぇ。
 俺はそんなことを考えながら食堂でぼんやりと微睡みに浸る。
 椅子にだらしなく座り、テーブルに足を投げ出して足を組む様は端から見てかなり不遜だが、俺のベッドは仔猫ちゃんが占領しているので仕方ない。

「……んん…すー…」

 宿に一つしか無い長椅子ベンチはギンが使ってるしな。
 部屋を借りりゃいいのに、わざわざ俺に付き合ってくれちゃってよー。
 ギンの寝姿を見ながら眠りに落ちかける。

 そんな時、ドタン!と天井が大きく音を立てた。


「………んがっ?うわったった!?」

 音に目を覚ました俺はバランスを崩して椅子から転げ落ちる。

「ってぇ…!…なんだ?」

 打った尻をさすりながら俺は立ち上がり、天井を見上げる。
 最初ほど大きくは無かったが、今も上階で暴れるような音が何度も鳴っていた。

「……まさか」

 俺は音の発生源から思い至った。
 仔猫ちゃんが目を覚ました様だ。





「フゥー!シャーッ!」

「……うわー…」

 俺は部屋の惨状に呆然と声を上げる。
 部屋の物は軒並みひっくり返り、ベッドはぐちゃぐちゃに引き裂かれていた。
 その中心にはそれをやらかしてくれた張本人が、尺取り虫の様に体を曲げて俺に威嚇行動を取っている。
 ……マジでネコみたいだな。

「とりあえず落ち着けよ。仔猫ちゃん」

「貴しゃま!なじぇわらしを生かひた!」

 ネコみたいな耳を尖らせながら、仔猫ちゃんは俺にそう訊いた。
 ちなみに喋り方が可笑しいのは顎が開かないから。
 人間の顎って噛む力は強いけど、開く力は弱いからな。
 ジャコに猿轡からこのマスクに創り変えてもらったのは、噛み千切られてそのまま舌を噛まれる可能性があったからだ。
 せっかくの商談なんだ、死なれちゃ残念だ。

「なんでお前を生かしたか。聞きたいか?」

「当じぇんだ!しぇん場で死にじょこにゃうにゃんて、兵ひの恥だ!」

 仔猫ちゃんはぐるぐる唸りながら俺を睨みつける。
 可愛いねぇ。個人的には食っちまいてぇが、後々面倒になるから自重して。

「えーと…確かこの辺に…」

 俺は仔猫ちゃんが荒らしてくれた部屋を漁る。
 お、あったあった。
 僅かにある床の隙間に指を突っ込んで床板の隠し扉を開き、中にあった革袋を取り出した。
 仔猫ちゃんの目の前に放ると、じゃらりと中に入っていた黄金色がこぼれ落ちる。

「!?」

 それを見た仔猫ちゃんの目が大きく見開かれた。
 えーと、あとは…。
 仔猫ちゃんの驚愕を無視して俺は部屋の物色を続け、机を踏み台にして屋根裏に腕を伸ばし、再び革袋を取り出す。
 続いてクローゼットの奥。ベッドの下。
 袋を取り出して次々と仔猫ちゃんの前に放り出す。
 全て出し終えると、俺は革袋を挟んで仔猫ちゃんと向き合う様に胡座をかいた。

「単刀直入に言う。お前、排斥派から俺に鞍替えしねぇ?」

「………」

 仔猫ちゃんは俺を疑わしげな目で見つめる。
 いきなり見せつけられた金貨の山と雇用の提案に、最初の怒気は既に失せていた。

「おみゃえ、私ににゃにをひゃれたのか、わしゅれたのか?」

「分かってるよ。攫われて、尋問されて、首斬り飛ばされた」

 俺がそう返すと、仔猫ちゃんは呆れを多分に含んだ目を向ける。
 ははははは、照れるなぁ。

「その上での提案だ。お前はアルカ嬢から『何故排斥派に就いてるのか』って訊かれた時、『連中は金払いがいい、ただそれだけだ』って言ったな。って事は、カネ次第で穏健派に雇われることも考えるって俺は思ったわけだ」

「………しょれは、一考に値あたいしゅるというだけだ」

「因みに排斥派に雇われた額は?」

 俺が問うと、仔猫ちゃんは一度目を閉じる。

「……金貨ごしゃく」

「こっちは排斥派やっこさんの情報提供もコミコミで俺のへそくり全額の金貨二千。無理なら出てけ」

「……ッ」

 俺が即答すると、仔猫ちゃんはかなり悩ましげに顔をしかめた。
 ………もうひと押しって所か?
 俺が内心そう考えていると、部屋のドアが開く。

「ビットさん!アルカ様が………化け猫、目を覚ましたんですね」

「ああ、ジャコか。嬢がどうした?」

 テンション高めで部屋に飛び込んできたジャコだが、仔猫ちゃんを見とめた瞬間その眼窩の奥の光を細める。
 うーん、味方(予定)にそんな目をするのは良くねぇなぁ。
 時間が解決してくれるといいんだけど。

「……っ、そうでした。アルカ様がお目覚めになられたんです!」

「おっ、そうか。そりゃ良かった。そんじゃ快復祝いでも………待てよ?」

 言いかけた俺はあることを思いつく。
 俺は一度仔猫ちゃんに目を向けた。

「………ジェエエェェイク。仔猫ちゃんを下に連れてってくれ」

 そして部屋から出て下階に居るジェイクに呼びかける。
 餌一つで釣れねぇなら、釣り餌を増やすことにしよう。





 仔猫ちゃんをジェイクに任せて一階に降りると、アルカ嬢が食堂の一卓に座っていた。

「おはようさん。調子はどうだい?」

「おはよう……ずっと寝ていたせいかしら。少しだけ気怠さがあるわね」

 そうは言うが、アルカ嬢の声は明るいものだ。
 どうやら俺の魔力が完全に馴染んだ様だ。
 とは言え俺の魔力は元々がアルヴィラのモノなので経過を見ておく必要は在るだろうが、とりあえずの不安要素は無くなった。

「そう言えば、私が目を覚ます少し前に化け猫ケット・シーが目を覚ましたらしいけど、大丈夫?」

「あー…部屋を派手に散らかしてくれたよ。参ったねどーも」

 本当に参った。
 ゴタゴタが済んだら片付けねーとな。

「はにゃせ!おーりょーせー!!」

「…………」

 お、噂をすれば影。
 騒ぎに振り向くと、階段を降りてきたジェイクの肩に、手枷足枷口枷を付けられたままの仔猫ちゃんが担がれていた。
 バタバタと足を振る度に、ローライズの短パンから出ている包帯を巻かれた太腿がしなやかに動いた。
 うむ、いい尻と脚だ。

「おう、ジェイク、ソイツその辺に座らせてやってくれ」

「あいよ」

 ジェイクは頷き、仔猫ちゃんをアルカ嬢の隣に座らせる。
 あ、ジャコの目が物凄く光った。

「ジャコ、もう拘束解いていいよ」

「え…ですが」

 一度敵対した相手を自由にすることにジャコは難色を示す。
 隣のアルカ嬢へ危害を加える事を心配しての事だろう。

「大丈夫よ、いざという時は私が取り押さえるから。だからジェイクさんは私の隣に座らせたんでしょう?」

「………まあな」

 ジェイクは嬢の言葉に顎を掻きながら答えた。
 ああ、一応コイツを倒したの嬢だしな。そこまで考えてたのか。

「ジャコ」

「………かしこまりました」

 アルカ嬢の命令をジャコは渋々ながら承諾し、仔猫ちゃんを拘束していた血晶が塵に還る。

「………はぁ」

 自由の身になった仔猫ちゃんは枷をされていた手首や口元を擦り、一度伸びをした。

「あ、そうだ。お前、傷の具合はどうだ」

「………む」

 俺の質問を受けた仔猫ちゃんは額に巻かれた包帯に手を伸ばして爪を立てる。
 スッと指を引けば、包帯はぷつりと切れて床に落ちた。

「…………いい腕だ。跡も残っていない」

「そりゃ良かった。女の肌に傷跡残すのはヤだから、神経すり減らした甲斐があったってもんだ」

「…………む?」

 自分の額を撫でていた仔猫ちゃんは、俺の言葉に怪訝そうな目を向ける。
 そのまま数秒俺の顔を見ていたが、その目が徐々に見開かれた。

「……そう言えば、私の傷を治療したのは…」

「主に俺だな。あっちで煙草吸ってる奴にも手伝ってもらったけど」

「あたしはついでかい」

 騒ぎで目を覚ましていたらしく、ベンチで煙管を咥えていたギンが不満気に煙を吹いた。

「………ということは…!」

「剥かにゃ治療なんか出来るか」

 それだけ言って肩を竦める。

「…………もう…嫁に行けん…ッ!」

 顔を真っ赤にした仔猫ちゃんはぶしゅぅ、と煙を上げてテーブルに突っ伏した。
 ……やれやれ、吸血種ノスフェラトゥ生娘ガキばっかかよ。
 閑話休題それはともかく

「あ、そうだ。あんたら丸3日寝てたわけだが、腹減ってるだろ?」

「え?……そう言われると、そうね」

「………なんだ、捕虜に食事を与えるのか」

「捕虜て。ンなぞんざいな扱いはしてねぇだろ」

 薄々思ってたけど、仔猫ちゃんの思考様式はかなり偏っているらしい。
 良くも悪くも裏表が無いって事なんだろうけど、こういう奴ほど味方に付けておきたい。

「ジェエエェェイク」

「あいよ」

 俺の呼びかけにジェイクは背を向けて厨房に向かう。
 あ、違う違う。確かに飯だけど。

「今回は俺が作るからいい。手伝いも要らん」

「……………なに?」

 俺の言葉を聞いたジェイクは珍しく目を見開いた。
 同時に食堂に居た宿泊客達もガタガタと音を立てる。

「ビットが食事係…だと…!?」
「おい、マジかよ!」
「レアだ…」

 思い思いに客達が騒ぎ出す。
 ………こいつら…。

「お、おい、ビット…」

「………わざわざ言わなくても、お前ら全員分作ってやるよ。大人しく待ってろ」

「イェエエエエェェェイ!!!!!!」

 バカ共が一斉に沸き立った。

「あたしも相伴にあやかるよ」

「ヘイヘイ」

 既にギンは満面の笑みで箸を握っていた。
 コイツ…。

「……え、えぇっと、何故みんなこんなに嬉しそうなんですか?」

 周りのテンションについて行けてない嬢たち吸血種ノスフェラトゥ組は狼狽えながらジェイクにそう問う。
 ジェイクは上着を脱いで用意に掛かる俺を一瞥してから答えた。

「…ジィさんは俺の料理の師匠だ。俺がまともなもんを作れるようになってからは、厨房に立つことは滅多に無くなったがな」

「そ、そうだったんですか…」

 意外そうな目でアルカ嬢達は俺の背中を見る。
 俺はそれを気にすることもなくポケットから結紐を取り出し、ボサボサのざんばら髪を一つに纏めて三角巾を頭に巻いた。
 厨房の引き出しからフリル付きのエプロンを取り出し、腕を通して背中で結ぶ。

 ………うん?

 妙に暑苦しい視線を感じたのでバーカウンターの向こうの食堂に目を向ける。

「………ああして見ると、男とは思えねぇ」
「……アリだな」

 バカ共が超えちゃいけない一線を超えかけていた。
 よし、ちょっとからかってやろう。

「こほん。……すぐに出来るから、待っててね?ア・ナ・タ♪」

 傍にあったトレーを胸に抱き、顔は右斜め45度。目を細めて流し目で腰をくねらせてやや高めの声でそう言ってやると、バカ共が鼻血を出してぶっ倒れた。
 ははははは、そのまま貧血で死ね。




「…………」

 すとととととと、と淀みなく包丁を走らせる。
 乱切り野菜は包丁の腹に乗せてボウルに放り込んで、鍋が沸騰したらぶちまけろー。
 細切れにした野菜は挽肉と混ぜて種にし、生地に包んで蒸し焼きかスープの具材。
 お、牛肉とピーマン。青椒肉絲もいいな。
 鶏はまるごと一羽あったので詰め物にしよう。
 濃い味付けばっかりだし、サラダのドレッシングはレモンベースで塩分油分控えめのあっさり系。
 豚肉も下味は付けずに薄切りにして軽く湯通し、キャベツを添えて魚醤とレモンで。
 カボチャの中身を繰り抜いて種を取り、生クリームと鶏肉、玉ねぎと混ぜて繰り抜いたカボチャの器に流し込む。。
 そんでもって大本命。小麦粉と卵黄、卵白を分けてから混ぜたものと牛乳と砂糖を混ぜた生地を型に流し込んでカボチャと一緒にオーブンに突っ込む。
 ふふふ、コイツで仔猫ちゃんもイチコロだぜ。




「お待たせしましたお客様。本日のディナーでございまーす」

「うおぉぉぉぉ!!!」

 バカ共が沸くけど無視。
 ジェイクとレイラちゃんの三人で料理の乗った大皿をテーブルに並べていく。
 全て並べ終え、俺は適当な席に着き、両手を合わせた。

「そんじゃ、頂きます」

 それを合図に、皆一斉にフォークや手づかみで料理を口に運んでいく。

「………あつっ…美味しい…!」

 肉饅頭にかぶりついたアルカ嬢が、饅頭の中身から溢れた肉汁に悪戦苦闘しながらそう漏らす。

「しつこくない甘さですね……是非レシピを教えて下さい」

 カボチャグラタンに舌鼓を打つジャコだが、お前それ共食いじゃねーの?

「………美味い」

 目を輝かせながら鶏の丸焼きに黙々とかぶりつく仔猫ちゃん。……それ玉ねぎ入ってんだけど、平気なのね。
 元を辿れば吸血種も人間だから代謝に大した違いなんぞ無いんだろうけど。

「うん。美味いねぇ。酒の肴にいい」

 あ、ギンが青椒肉絲をツマミに飲んでる酒って俺のボトルじゃねーか!?
 俺がギンから酒を取り返そうと躍起になる間も他の皆は美味そうに料理を平らげていく。
 その顔は全て笑顔。
 面倒であるのは変わりないが、たまには飯を作ってやるのも悪かねぇな。





「………そろそろかな」

 宴も終盤に差し掛かった頃、俺は再び厨房に戻る。
 焼きあげて氷室に入れている生地がもう冷えてもいい頃だ。
 ミトンを付けて氷室に手を突っ込み、トレーごと取り出すと、型くずれする事無く綺麗に形を保ったスポンジが顔を出す。
 俺はそれを上下に切り分け、間にホイップクリームとイチゴを挟み込む。
 更にスポンジを覆うようにクリームを塗りたくり、その上にイチゴを乗せた。
 ナイフで切り分け、皿にのせる。
 これぞ年頃の少女に取って永遠の好物であり敵である神の食物。
 イチゴのショートケーキである。

「ほい、デザート」

「………………」

「おや、こりゃいい」

 アルカ嬢、ジャコ、レイラちゃん、ギン、そして本命の仔猫ちゃんの目の前にケーキの乗った皿を置く。
 たらふく料理を平らげた少女たちはケーキとにらめっこ。

「ん、優しい甘さだねぇ」

 しかしギンは直ぐ様フォークを手にとってケーキを口に運ぶ。
 やっぱギンくらいのババァになるとカロリーとか気にしないのね。いや、脂肪が全部乳とケツに行ってるからか?

「あんたを焼きあげてやろうか?」

「ごめんなさい」

 失礼なことを考えていたのが分かったのか、ギンは指先に火を灯しながら睨んできた。土下座した。

「…………」

 他の皆は未だにケーキと睨み合いを続けている。

「早く食べないと溶けるぞ」

「……ッ」

 ごくん、と誰かが唾を飲み込む。
 それが引き金になったのか、少女たちは一斉にフォークを手に取り、ゆっくりとケーキを口に持っていく。
 ゆっくりと咀嚼し、飲み込んだ。

「…………………………お…美味しい……………」

 そこからは早かった。
 少女は獣になり、一心不乱にケーキを貪る。
 一分とかからずにケーキは皿から欠片も残さず消え去った。

「よう仔猫ちゃん、夢中になってたけど、そんなに美味かったか?」

「……………」

 俺に声を掛けられ、仔猫ちゃんはビクッと耳を立てながらこっちを見る。
 ケーキの余韻を残すためか、ただ無言でコクコクと首を縦に振った。

「そんじゃ商談の続きだ。お前が俺達に就くなら週イチでこういうデザートを付ける。どうす「仲間になる!!」……商談成立だ」

 言い切る前に食い気味で返事をした仔猫ちゃんに若干気圧される。
 やっぱ女の子にゃ甘味が効果テキメンだな。
 こうして化け猫ケット・シー、キーシャ・トレインは俺達の仲間になった。





 仔猫ちゃん……じゃなくて、キーシャが俺に雇われる事になった後、なし崩し的に彼女の歓迎会みたいな感じになった。

「よ、よろしく頼む…」

 キーシャは向かい側に座るジャコとアルカ嬢へ頭を下げる。
 それを見たアルカ嬢はきょとんとした目で首を傾げ、ジャコは目の光が凶暴に輝いた。

「えっと、ビットさん。何故彼女が仲間に?」

「金貨二千即金払いで雇った」

 あっけらかんと言い放つと、二人はあんぐりと口を開ける。
 驚くのも詮無い話だ。額が額だからなぁ。

「………一体どうやってそんな大金を…」

「コツコツ貯めたへそくりだ。いい買い物したと思ってるよ」

 にかりと笑って隣のキーシャの頭をぼすぼすと軽く叩く。
 が、即座に手首を掴まれて腕を捻り上げられた。

「いだだだだだ、折れる折れる!」

「………気安く触るな」

 綺麗に関節を極められてめっちゃ痛い!
 あ、でも胸に腕が当たって役得かも。

「いだだだだだ…助けてー(棒読み)」

「仔猫のお嬢ちゃん、そのバカ胸当たって役得とか考えてるよ」

「あっ、バカッ…!」

「っ!」

 ギンが余計な事を言ってくれた所為で、仔猫ちゃんが手を離してしまった。
 ちっ。もうちょい感触を楽しみたかったんだが。
 ぶらぶらと捻った腕を振りながらキーシャを見る。

「………げ」

「…………」

 顔を真っ赤にしたキーシャは立ち上がり、右足を綺麗に振り上げてI字バランスの態勢でスタンバイ。
 うん。やっぱりいいケツと脚だ。

「…………アイムソーリー」

「死ねっ!!!」

「アベノミクス!!!」

 カカト落としが脳天を直撃し、俺はテーブルに突っ伏した。

「全く、男という生き物は…っ!」

 未だに僅かな朱が差した顔でキーシャが着席する。
 そうして向かいに座るアルカ嬢達に目を向ければ。

「……ぷ、くふふ」

「…………」

 嬢はクツクツと笑い、ジャコは僅かではあるが敵愾心を鎮めていた。

「……吸血姫アルカード、何が可笑しい」

「くふ、ふふ…ごめんなさい。本当に裏表が無いんだなぁって思っただけ。ジャコもそう思うでしょ?」

「…………まあ、感情に素直な部分だけは」

「………」

 アルカ嬢とジャコの言葉にキーシャはバツが悪そうな顔で頬杖をつく。
 どうやらキーシャ自身にも自覚はあったらしい。

化け猫ケット・シー……いいえ、キーシャ」

「なんだ、吸血姫」

 嬢から初めてまともに名前を呼ばれた事に眉を上げながらキーシャは呼びかけに応える。
 嬢はニコニコと笑いながらグラスを2つ手に取り、一つをキーシャへ差し出した。
 怖ず怖ずとキーシャがそれを受け取れば、嬢はそこに瓶に入った酒を注ぐ。
 ………って俺の取って置きのボトル!?高かったのに!

「これから一緒にやっていくんだから、アルカって名前で呼んで頂戴。ジャコ、貴女も」

「…………はい」

 アルカに促され、かなり不満気にだがジャコもグラスを差し出す。
 三人のグラスがカチン、と軽い音を立ててぶつかり合った。

「よろしくね、キーシャ」

「あ、ああ。改めてよろしく頼む、アルカ」

「アルカ様の期待を裏切らないでくださいね」

 歓迎、困惑、疑惑。
 それぞれの感情は異なっているが、一応のまとまりを見せた三人。
 とりあえずの心配は無いかな。

「…………道化役も大変だね」

「…………こんなんしか出来ることもねぇしな」

 隙を見て席を立ち、遠巻きに見ていた俺の肩をギンが軽く叩く。
 貧乏くじ役は面倒だな、本当に。

「………ところで」

「あん?」

 ギンの手の、俺の肩を掴む力が僅かに強まる。

「あのお嬢ちゃん雇えるほど金貯めこんでたクセに、あたしから幾ら借金してると思ってんだい?」

「…………あっちゃぁ…」

 こいつはやばい。
 俺はギンの手を振り払い、即座に走った。

「逃がすかこのダメヒモ!!!」

「ぎゃぁぁぁ!!!!」

 逃走虚しくボコボコにされた。






「………ったく」

「すみませんでした……」

 腫らせた顔面の痛みに耐えながら俺はグラスを煽る。
 既に宴はお開きとなり、食堂には俺とギンだけが残っていた。
 宿の明かりは落とされ、持ち込んだランタンの光が俺たちの顔を照らす。
 新入りであるキーシャの部屋はまだ用意出来ていないので、粗方片付けた俺の部屋に寝かせていた。
 今日まで寝床は硬い椅子とテーブルで我慢するとしよう。

「それにしても、カネとメシで女を釣るとはやるもんだね」

「あー、アレで釣れなきゃ、最終手段だったな」

「最終手段?」

 俺の言葉にギンは首を傾げる。
 実はキーシャをこっち側に引き込む方法がもう一つあったのだ。

「一体どんな方法でお嬢ちゃんを抱き込むつもりだったんだい?」

「コマして、屈服させて、依存させる」

「………成る程、確かに確実だぁね」

 その方法を聞いたギンは渋い顔で溜息をついた。
 要するにストックホルム症候群とパブロフの犬の合わせ技である。
 一番手が掛からない堅実な方法ではあるが、結局は洗脳に近い外道なやり方だ。
 いくらクズの俺でもそこまで落ちぶれるつもりは無い。
 何よりそんなやり方をすれば確実に嬢達の反感を買う。
 だから使わずに済んで本当に良かった。

「ま、なんにせよ今のあんたは一文無し。しばらくはタダ働きしてもらうよ」

「………へーへー。分かったよ」

 がっくりと項垂れながら、俺は提携業者ギンの言葉に溜息をついた。
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