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Twin Snakes
青い猫と麦わら帽子大作戦
しおりを挟む「……………し、死ぬ」
宿に戻り、流れるような動作で自分の部屋のベッドに倒れこむ。
精も根も尽き果てるとはこの事か。
「………自業自得では無いのか?」
俺のボヤキを聞いている、床に座り込んで繕い物をしていたシャツと短パン姿のネコ女が、目を細めてそんなことを言い出した。
「おい、半分はお前の所為だって分かってんのか、キーシャ」
「…………返さんぞ。契約不履行だ」
ネコ女、キーシャ・トレインは繕っている最中の、以前にアルカ嬢達と殺り合った際にボロボロになった服に目を戻してそう言い放つ。
その体に包帯はもう巻かれておらず、左頬の三条の傷跡以外は………まあ多少古傷はあるみたいだけど、綺麗な肌だ。
くっそぅ。流石に金貨二千は払い過ぎたか。
キーシャとの戦いから一週間。
こいつが排斥派からこっち側に鞍替えしてから、俺は休む暇もなく娼館街へ通う日々。
俺が貯めこんでいたへそくりを全て放出してしまったので、借金していたギンに金を返すアテが無くなってしまった。
というか金があったのに黙っていたのがマズかった。
あのごーつくババァはその事実に怒髪天を天元突破し、この一週間タダ働きを強制されている。
ひどい。労働基準法違反だ。
「…ってーかよ、キーシャ」
「なんだ」
チクチクとパッチワークをしていたキーシャは煩わしげに俺を見る。
「カネあんだから服くらい新調しろよ。サイズ合ってねぇだろそれ」
この一週間気になってたんだが、キーシャが着ている服のデザインは今から40年近く前に流行したものだ。
いくら年を取るのが遅い吸血種とは言っても成長しないわけじゃないし、着回すのには限界があるだろう。
というか発育が良いせいでシャツはぱっつんぱっつん、短パンはローライズになってるし。
「………いやだ。外に出たくない」
俺の忠言を聞いたキーシャはバツが悪そうな顔でそう口にし、繕い物に集中する。
おーい、雇われといて引き篭もり宣言ですかー?
「おいバカネコ、雇い主に対してちと無礼すぎやしねーか」
「うるさい。出たくないものは出たくない」
頭の猫耳を折りたたんで塞ぎ、俺の言葉を聞かないと示す。
気まぐれ加減も猫かお前は。
………ん?耳?
「………ああ、何だお前。耳見られんのヤなの?」
「っ」
俺の一言に、キーシャはその手を止める。
図星かよ。
「異形化が顕著な吸血種は、人前に出るのを嫌うって噂は聞いてたがマジなのか」
アルカ嬢の従者であるジャコやキーシャの様に、頭部がカボチャになったり猫耳が生えたり、アルヴィラの影響なのか肉体が変形する吸血種も存在する。
尻尾が生えるだとか、瞳の形が変化する程度なら然程重要では無いらしいが、目に見える異形化は人目を惹きやすい。
奇異の目で見られるのはどんな人間であれ辛いものだ。
だからキーシャの様に引き篭もりになる吸血種も多く、それが常人種との溝をより深めている。
「ガルサの連中は不死人で見慣れてるから、大抵の事には驚かねぇぞ?」
「それでもいやだ」
にべもない。
俺は寝そべったまま頬杖をつき、胡座をかいてチクチクと繕い物を再開するキーシャの横顔を眺めていた。
「ってな事があったんだけど、どうすっかね」
「…………むー」
「いふぇふぇ」
娼館にて。
行為を終えて俺の上で寝そべっているカイに相談してみたのだが、不満気なカイに頬を抓られた。
「他の女の話はタブーって言ったじゃない」
「わひぃわひぃ。………ギンはへそ曲げちまったし、相談できそうなのがお前くらいしか居なくてよ」
「もう。………そんなに気になるなら、服くらい贈ればいいんじゃないの?」
「カネねぇ。今日の代金もギンに巻き上げられる」
「………我が師ながら、本当に容赦がないわね」
正に鬼の所業。
どうにか金をかけずにキーシャの服を調達出来ないものか。ついでに脱引きこもり。
「お仲間の服は?お師さんのでもいいけど」
「ジャコもアルカ嬢も体格が違い過ぎる。ジャコは背で、アルカ嬢はボディラインで。ギンの服は合うには合うんだろうが、露出過多だからあいつは着ねぇだろ」
因みに嬢の名誉のために言っておくと、彼女も均整の取れた体つきというだけでスタイルはいい。
ただキーシャの体つきに合ってないだけだ。
「じゃああんたの服は?」
「ちょっと直せば着られない事もねぇだろうが、男物だしなぁ………ん?」
そういや、ギンに預けた服の中に『アレ』があったな。
あれなら少し改造すれば行けるかも。
かちかちと頭の中で構想を纏める。
「………うん、行ける」
「…………むー」
「いひゃひゃひゃひゃ」
放っとかれたカイにまた頬を抓られた。
一仕事終えて金を受け取り、返済のためにギンの屋敷へ。
「………何やってんだいあんた」
「裁縫」
ちまちまと針を通しながら、呆れ顔で煙管を咥えていたギンにそう返す。
「……『それ』、前に拉致られた時に着せられてた服だね」
「おう、そう言えばあったなって思い出してよ」
俺が弄っていたのは、以前に女装男子趣味の男色野郎に攫われた時に着せられてた服だ。
見目のいい男を捕まえて着せ替え遊びをするのが好きな変態野郎だったが、服を選ぶセンスだけはピカイチだった。
………まあ、今でも繋がりはあるっちゃあるのだが。ぶっちゃけあんまり関わりたくない。
この服も仕立てはしっかりしてるし、やや流行遅れだが俺好みのデザインだ。
胸回りを少し弄ればキーシャでも着られると思う。
「何を企んでんだか」
「ウチの引き篭もりネコを外に連れ出す算段付けてんだよ。お前に金返さにゃならんから新しいのも買えねーし」
「引き篭もりネコ?仔猫のお嬢ちゃんかい?」
「そそ。キーシャね」
適当な返事を返しつつ服の調整を仕上げる。
ん。こんなもんだろ。
「出来たー」
仕上がった服を広げてみる。
見た感じほつれや縫い目のズレも無さそうだ。これなら十分実用に足る。
「女の服を贈るのに、まさかその一着で済ますつもりじゃ無いだろうね?」
「それこそまさか。あいつが持ってた服まだあったろ?」
そう言いつつも勝手知ったるなんとやら、俺は部屋の隅にあるタンスを漁る。
おーおー、出るわ出るわ。ほんと、性癖は最悪だが服の趣味は悪かねぇな、あいつ。
「………仕様のないねぇ。あたしも手伝うよ」
「あ?………金は出さんぞ。ってか出せんぞ」
「アホ、ロハでいいよ。こんなに面白そうなこと、あたしも混ぜてもらわないとね」
そう言うギンは悪い顔をして笑った。
あ、こいつ俺と同じこと考えてるよ。
俺たちは真っ黒な笑顔を浮かべながらチクチクと一晩中針仕事に精を出す。
そして翌日、アルカ嬢を巻き込んで『青い猫と麦わら帽子大作戦』が決行された。
服の調整を終えた俺はギンを連れて宿に戻り、アルカ嬢達の部屋に向かった。
「嬢、ちょっといいかい?」
ドアをノックして部屋を覗くと、アルカ嬢はのんびりと安楽椅子に座って本を読んでいた。
うわー、優雅なひととき。
「ビットさん……と、ギンさん?どうしたのかしら?」
「うん、ちょっとな。ジャコは?」
部屋にお邪魔し、手で促されたので椅子に座ると、彼女に付き従うジャコの姿が見えない。
「ジャコなら食堂で給仕の手伝いをしてるわ」
「手伝いぃ?」
俺はややオーバーにリアクションし、肩を竦めて見せる。
それにクスクスと笑いながら嬢は言葉を続けた。
「ジャコは何かとじっとしてられない質だし、かなり格安でここに泊まらせてもらってるから申し訳ないんですって」
「へぇ。義理堅いのな」
ひゅう、と口笛を鳴らしてジャコの勤勉さを賞賛してみせる。
やや呆れ気味な嬢の様子から、生真面目なのは昔からなのだろう。
「それで、なんの用かしら?」
「あ、そうだそうだ。実はキーシャの事で相談があってな」
俺はキーシャの服飾問題と引き篭もって宿から出ないことを話し、それをどうにかしようと考えていることを話した。
「そう、あのキーシャが。……昔のジャコも似たようなものだったけど、その時はかなりの荒療治だったわね」
「俺もそっちの線で考えてたとこ。とりあえず服はこんなもんでどうだろうか」
そしてギンと共に持ってきた服を嬢に見せる。
両手で掲げた服を見て嬢の目が見開かれた。
「………物凄く可愛い」
「だろ?こいつをキーシャに着せたら似合うと思わねぇ?」
にやりと笑って問えば、嬢もまた笑みを返す。
「………悪い人」
「お褒めに預かり光栄です。あんたも似たような顔してるけどな」
「どっちもどっちさね」
お前が言うな。
俺とアルカ嬢とギンは悪い顔で、途中手伝いを終えたジャコを交えつつ、この服をキーシャに着せる為の計画を話し合う。
さて、それじゃあ作戦決行と行きますか。
「…………ごちそうさま」
「はぁー、食ったぁ食ったぁ」
昼時になってキーシャが部屋から食堂に降りて来たので、さくっと昼食を済ませる。
水を飲みながらそれとなくアルカ嬢に目配せすると、嬢はほんの僅かだけ頷いてみせた。
「ねぇ。キーシャ」
「む」
話しかけられたキーシャは周りの目を気にしながら嬢と目を合わせる。
どうやら自分達吸血種を見る好奇の目が煩わしいらしい。
そんなことを気にする様子もなく嬢は立ち上がった。
「なんだかんだで私達って話し合う機会が無かったじゃない?」
「そうだな。私はこの男に雇われる形に収まっているから、当然といえば当然だが」
親指で俺を指しながらキーシャは口元のパンくずを拭き取り、軽く頷いた。
「それじゃあいけないと思うの。仲間なんだからレクリエーションは大事よ」
「………話が見えないのだが」
その言葉を聞いた嬢は立ち上がり、ぱしんと両手を打った。
作戦開始の合図だ。
怪訝そうなキーシャの左右に素早くギンとジャコが立ち、彼女の両腕を掴んで立ち上がらせる。
「………おい、何をするつもりだ」
「女同士水入らずでお風呂にしましょう!」
「というわけで、行きますよ化け猫」
「なんの脈絡も無い上に何がというわけなんだ化け提灯」
それとなく抗議の声を上げるが、無視されてずるずると引きずられていくキーシャ。
「おい、ビット・フェン、これをどうにかしろ!」
「雇い主命令だ。裸の付き合いってやつを楽しんでこい」
ぷらぷらと手を振って見送ると、俺達が結託しているのを察したらしく、キーシャはバタバタと暴れる。
「…………謀ったな!?」
「ジャコ」
「はい」
素早くジャコがキーシャを血晶魔法で拘束し、風呂場に引きずって行く。
「なあレイラちゃん」
「何?」
事の顛末を見ていたレイラちゃんにあることをお願いすると、かなり怪訝そうな顔をされたが一応引き受けてくれた。
仕込みは済んだ、後は実行部隊に任せるとしよう。
30分後。
「…………おい」
「おー、来た来た。そんで着た着た」
俺はキーシャの格好を見てパンパンと軽く拍手。
今の彼女は普段のぱっつんぱっつんなシャツと短パンではなく、青と白のベアトップワンピースの上に白いサマーパーカーを着ていた。
スカートの下は白いニーハイソックスとガーター、そしてサンダル。
思った通り、よく似合う。
「………風呂から上がったら私の服が消えて、この服が置かれていたのだが」
腹の底から響かせるように言葉を吐きながら、キーシャは俺に歩み寄る。
「ああ、お前の思った通り、俺の仕業」
やったのはレイラちゃんだが、頼んだのは俺だし。
「やはり貴様かァァァァァァ!!!!」
「だぁ!?酔う酔う!やめろォォォォォォ!?」
キレたキーシャは俺の肩を掴んでガックンガックン揺らす。
やはりこういう女の子らしい格好に慣れてない様だ。
……うっぷ、マジで酔う…。
「まあまあ、ビットも良かれと思ってやったんだから、そうカッカしなさんな」
「ニヤけながら言うな!大方貴様らも共犯だろうが!」
ギンが宥めようとするが、シャーシャー威嚇しながらメス猫キーシャは吠える。
だがギンの言うように俺も良かれと思って服を用意したのだ。
素材がいいだけに、モッサイ格好ばっかりさせるのは勿体無いというのが俺らの総意なのだよ。
「うっぷぅ…でも、ぶっちゃけこういう格好したかっただろ?」
「…ッ」
カリカリしていたキーシャは俺の言葉に息を呑んでたじろぐ。
傭兵生活が長すぎたんだろう。憧れはしても自分じゃ似合わないとか、そんな風に思っていたと容易に想像できる。
「ほい、仕上げ」
「う…」
俺は隠し持っていたつばの狭い麦わら帽子をキーシャの頭に被せる。
「それで耳は隠れるから、外に出られるだろ?」
「…そういう問題じゃ…」
ちっ。強情な。
ならば強硬手段じゃ。
「よーし、そんじゃ俺らで買い物デートにでも行こうか」
「……あ…」
「あらっ」
帽子のつばを摘んでいるキーシャの手を取る。
ついでに風呂あがりで鎧を外したラフな格好をしているアルカ嬢の手を取った。
「ちょっ…私は…というかデートって!?」
「まあまあ、これもいい経験じゃない?」
俺の提案に乗り気なアルカ嬢は空いている手でキーシャの背中を押す。
そのまま俺たちはバタバタと宿を出た。
「あ、そうだキーシャ。お前の格好、なんか気付かねぇ?」
俺は街を歩きながらキーシャに声を掛ける。
「……なんだ?」
「…あ。………くふふ」
客観的に見ていたアルカ嬢はいち早くその意味を理解したらしい。
俺のしょうもない洒落にクスクスと笑い出す。
「『麦わら帽子』と『青い猫』。宿の宣伝にもなるだろ?」
「…………」
俺の言葉にキーシャはぽかんと口を開ける。
「…………ぷっ、くくっ、ははは。……下らないな」
そしてすぐにクツクツと吹き出した。
「そうさ、世の中くだらねえ事ばっかりだ。だからこそ面白い」
漸くまともな笑顔を見せたキーシャに、俺はにやりと笑みを返した。
「そう言えば貴様、カネがないんじゃなかったのか?」
「『男の甲斐性くらい見せろ』ってギンに小遣い貰ったから問題ねぇよ」
「…………それ、言わなかった方がかっこ良かったのに」
最後の最後で締まらないのが俺であった。
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