ちゃんとしたい私たち

篠宮華

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関係

2.理由

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 暗い道を街灯が煌々と照らしている。

「どのくらい飲んだの?」
「んー?もう覚えてないなあ…でもまあ、結構飲んだかも」
「…どうしてそんなに飲んだの?」
「えー?うーん…まあ、いろいろあって…」

 私の適当な返事を聞きながら、宏隆は困ったように小さく溜息をついた。「俺に言えない話?」と、なんだか訝し気なを浮かべている。
 これといった隠し事もなくなんでも話している私が言い淀むのは、確かに珍しいのだろう。でも、お互いに社会人2年目の大人。「幼馴染みとはいえ、なんでもかんでも話す必要ないんじゃない?」とさっき七瀬に言われたばかりだ。
 でも。

「若菜がそういう飲み方するときは、何か悩みがあるときか、自暴自棄になってる時だから心配だよ」
「……そうなの?」
「そうだよ。それでその度にちゃんと俺が迎えに来てるでしょ」

 まるで自分のことのように自信満々にそう言い、「だから俺にも知る権利がある」と付け加えられて、うーん…と考え込む。
 面倒見のいい宏隆はいつも、そうするのが当たり前のように私の世話を焼いているけれど、確かによく考えてみればかなり迷惑ではある。知らせる義務は…あるような気がした。

「この間、久しぶりに実家に帰ったら、また親に、誰かいい人はいないのって結構しつこく聞かれて」
「…それで?」
「…アプリを、ね」
「え?」
「最近友達が、マッチングアプリで知り合った人と結婚したって聞いて、勧められて私もやってみたの。でも、気が合うなーって人にいざ会ってみたら、雰囲気全然違って」
「えっ、会ったの…!?」
「あ、うん。昨日…」
「何それ聞いてないんだけど」

 まあ言ってないし…。
 憮然とした態度の彼を横目に、地面に落ちていた小石を軽く蹴る。
 それにしても、メッセージのやりとりでは話しやすくて優しくて、礼儀正しいと思っていたのに、実際会ってみると、なんだか結構横柄な人だった。私が自分の仕事のことを話したら「結婚したら、奥さんには絶対に家に入ってほしいと思っていたけれど、そんな感じの働き方なら辞めても大丈夫そうだよね」なんて失礼過ぎる結婚観を語られて、なんだかがっくりきてしまったし、最近観て面白いと思った好きな映画のことを話したら「あの興行収入だけ高いやつね」などと言われ、自分の好みを否定されたようでもあって結構凹んだ。
 そのせいもあったのか、最後に何気なく手を繋がれそうになったときは鳥肌が立ってしまって、結局その場ですぐにお開き。もう二度とアプリは使わないことにしようと心に決めた。

 そんなことがあり、たまたま連絡を取り合っていた七瀬を誘って飲みに行ったのだ。
 しかし、結果的にまた宏隆に迷惑をかけることになってしまったのはよくなかった。現に本人は今、隣で黙りこくっているではないか。いよいよ呆れられたのかもしれない。

「…迷惑かけてごめんなさい」
「いや、謝ってほしいわけじゃないんだ。でも…」
「うん」
「……」
「宏隆?」

 何か言いかけて黙ってしまった彼の顔を覗き込もうとすると、きゅっと手を繋がれた。

「代わりと言ってはなんだけど、ちょっと試してみてほしいことがあって」

 手を繋ぐなんていつぶりだろうと、恥ずかしいような妙に落ち着かないような、変な気持ちになったけれど、マッチングアプリで会った人のような嫌悪感はなかった。むしろ何だかしっくりくるような。
 とはいえ、なんとなくいつもとは違う様子に見えて、逆に彼のことが心配になる。

「私でいいならなんでもするけど」
「うん、若菜じゃなきゃだめ」

 仕事のことかな?
 宏隆は本業以外に、趣味でスマホアプリの開発などもしている。また、テストプレイをしてみてほしいとか、使用感を教えてほしいとか、そんなところだろうか。よくわからなかったけれど、こんな遅い時間に迎えに来てもらったのだから、お安い御用だと思った。

 そんなこんなしているうちに、お互いの住むアパートに辿り着く。
 このアパートには就職してから住み始めた。築年数を重ねていて外観はあまり綺麗ではないし、単身者用だからあまり広くないけれど、部屋の中はリフォームされてすごく綺麗だ。穴場物件のようで気に入っている。
 繋いでいた手を一旦放して、ポケットから自室の鍵を取り出して開けた宏隆は、再び当然のように私の手をとった。

「え?今から?もう結構遅いよ」
「うーん、でも、早い方がいいんだ。結論出たら、途中で寝ちゃってもいいよ」
「何それ。映画でも見るの?」
「それもいいかも。面白いの配信されてるかな?」

 まるで何も決まっていないようなおかしな言い方をするからさすがに首を傾げつつ、彼の部屋に足を踏み入れる。

 久しぶりに入ったそこは相変わらず片付いていて、ベージュ色のカーテンは閉められていた。
 私の部屋と間取りはほぼ同じなのに、随分雰囲気が違うと訪れる度に思う。私の部屋は、どちらかというと小物が多い。

「で、試してほしいことって?」
「あ、えーと…じゃあ、とりあえずソファに座ってみてほしいんだ。新しく買ったばかりなんだよ、それ」
「ソファ?」

 一体何をさせられるのかと少し身構えていたので、やや拍子抜けしながら言われた通りにソファに座る。すると、キッチンへ向かった宏隆がグラスを2つと黒っぽいお酒の瓶を持って帰ってきて、ローテーブルに置く。

「飲み直さない?」
「え?」
「これ、この前仕事仲間が美味しいって教えてくれたんだ」

 普段あまり飲まないのに、珍しいなと思いながら差し出されたグラスを受け取ると、そこに綺麗な液体が注がれる。
 なんだかよくわからない展開だけど、お酒は好きなので、勧められるままに こくりと一口含む。

「うわぁ…美味しい…!」

 喉を抜けていった感じからすると結構アルコール度数は高そうだ。でも、口当たりはサラっとしていて、甘くて飲みやすい。…これは危険なお酒だ。
 …って。いやいや、さっきまで酔い潰れかけていた人間に飲ませるなら普通は水かお茶だろう。まあ、帰り道でだいぶ冷めてはいるけれど。
 でも、しっかり者の彼がこんなタイミングで出してくるお酒なのだからきっと本当に「とっておき」なのかもしれない。
 そう思うと、なんだかおかしくて。

 グラスの中のお酒を舐めるように飲みながら、部屋の中を見回す。この部屋にいるだけで、優しい彼に包まれるような気がして、心底安心する。マッチングアプリで出会ったあの人とは違う、なんてやっぱり無意識に比べてしまう。

「ねえ、この間一緒に見た映画覚えてる?」
「ああ、続編のやつ?」
「そう。あれ、どう思った?」
「え、めちゃくちゃ面白かったよね。今度企画展やるみたいだよ。一緒に行く?」
「……うん」

 マッチングアプリの相手に一刀両断されたお気に入りに対する彼の返答を聞いて、少し安心する。
 と、同時に、結局、いつだってここへ、彼の隣へ戻ってきてしまうような気がした。いろいろ重症だ。

 今まで誰ともお付き合いしたことがないのは、一番近くにいるこの人よりも心を許せる人がいないから。
 でも、そんな風に思っていることを伝えてしまって、もし気まずくなったら耐えられない。これまでに築き上げてきた信頼関係を棒に振るのは嫌だった。
 自分の狡さが情けなくなって、自嘲するように笑う。

「…ふふっ」
「ん?」
「こんなの飲んだら、もう帰れないよ。この新しいソファで、寝ちゃうかもしれない」
「いいよ」
「涎垂らさないように、気を付けなきゃ…ほんと私、宏隆いないと野垂れ死にそう……」

 話しながら、睡魔と戦う体が傾いていく。すかさず頭の下に入れられたクッションの優しさと柔らかさを味わう。
 彼が何やら穏やかに話しかけてくる声を耳に、私はいつの間にか眠りに落ちていった。

 

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