ちゃんとしたい私たち

篠宮華

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関係

3.左手の薬指

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 柔らかくていい匂いのする毛布に包まれて目を覚ます。うっすらと目を開けると、見慣れた天井が飛び込んできたから、自室かと思ったけれど、整えられた部屋の様子と、手を広げても余りあるベッドの大きさに、そうではないことを実感する。
 何度も来たことがある。ここは…。

 …頭がズキズキする。
 昨日は結局、宏隆の家のソファで寝てしまった。美味しいお酒を出してもらって、そこまま寝落ちした…と、思われる。正直あんまり記憶にないから憶測でしかないけれど。
 ベッドにいるということは、運んでくれたということだろうか。
 でも、服はそのままだし、何かあったということもなさそうだ。
 …何かなんて、あるわけがないのだけど。

 横になったまま、考え込んでいると、コンコンとドアが2回ノックされてから、ミネラルウォーターのペットボトルを持った彼が入って来た。

「おはよう」
「…おはよ」
「気分どう?二日酔いみたいになってない?」
「んー…ちょっと頭痛い」
「大丈夫?水飲んで」

 私のことを背中から抱き起こし、ペットボトルのキャップを外して「落とさないようにね」と渡してくる。おまけに「一応メイクは落とさせてもらったよ。前に若菜が使ってるって言ってた化粧品でスキンケアもした。あれだけして起きなかったから、さすがにちょっと心配になったよ」などと言うから驚く。

「なんで…」
「ん?」
「なんでそこまでしてくれるの?」

 幼馴染みとはいえ、さすがに嫌になるだろう。逆に何の義務感でそんなに甲斐甲斐しく世話をしてくれるのだろう。
 優しくて、背が高くて、頭がよくて、清潔感があって以外とモテそうなのに、浮いた噂のひとつもない。
 でも、そうか。私の相手ばかりしているから、交友関係を築いて、広げて、深めていくタイミングがない。とするとそれは…もしや私のせい?

 しかし、眉間に寄った皺を伸ばそうと手を持ち上げたとき、見覚えのないものが左手に納められていることに気付く。

「え、これ…」

 左手…しかも、薬指。
 きらきらと光を放つそれは、どこからどう見ても結婚指輪的な何かで。
 普通のアクセサリーではないことは、素人目に見ても明らかだった。

 え、いつ?誰から…?

 ぽかんとそれを見つめる私に、宏隆は「どうかした?」と微笑みかける。

「…さっき『なんでそこまで』って言ったけど、奥さんを大切にするのは、当たり前のことじゃない?」
「お、奥さん…?」
「あれっ、俺たち、結婚するんでしょ?」
「え、私と宏隆が?」
「そう。昨日の夜、若菜が俺の提案を受けてくれたじゃない。ようやく念願叶った日だから一生忘れないよ」

 言った…のだろうか?
 言ったような言っていないような…定かではない。記憶にはないのだけど、だからこそ否定しようもない。
 それにしても念願叶ったって…。
 そんな私の微妙な困惑など全く気にしない様子で、彼は続ける。

「指輪は結構前に買った物で…あ、でも、当時も若菜に渡すつもりで買ったから大丈夫。今度改めて一緒に選びに行けたらいいんだけど」
「…結構前?」
「婚姻届も出しに行かないといけないね。証人欄のところ、両親に頼みたかったけどちょっと遠いから、誰かに頼もうか。一応報告はしたんだけど」
「ちょ……え?報告って誰に?」
「今朝、お互いの両親に。電話口だったけど、みんな喜んでくれたよ」
「け、今朝…!?」

 時計を見るとまもなく昼の12時になる。
 スマホを見てみると、何件かの不在着信と共に「宏隆くんとお付き合いしてたのね!それならそうと言ってくれればよかったのに!」と母からメッセージが送られてきていた。

 返ってくる答えがどれもこれもやや一方的でついていけない。
 でも…。

 宏隆は目を細めながらそんな私を見つめて、愛おしそうに頭を撫でてくる。

「好きで好きで仕方なかった相手と夫婦になれるなんて…幸せ過ぎて、今ならなんだってできそうな気がしてくる」
「え、待って」
「ん?」

 一番気になっていたことを尋ねる。

「宏隆って 私のこと…好きだったの?」

 物心つく頃からずっと一緒にいた幼馴染み。私のぐだぐだなところも、かっこ悪いところも、可愛くないところも、多分全部見せてきた。そんな私のことを意識することなんて…。
 それなのに、彼は蕩けそうな笑みを浮かべて私のことを抱き締める。

「…好きなんて言葉じゃ足りないよ」

 耳元で聞こえた声からは、ふざけているようには感じられなかった。
 むしろ、大きな体躯の彼の抱き締める力が若干強すぎるのが気になるくらい。

 両親や親戚に久しぶりに会うと、いい相手はいないのか、結婚はしないのかと圧をかけられ、正直うんざりしている面はあった。マッチングアプリに登録したのも、そういう諸々が煩わしかったから。
 でも、これまでずっと一緒に過ごしてきた彼となら、これまでと大きな変化はなく、ついでに余計な心配や口出しも跳ね除けることができる。というか、もう両親に報告してしまっているなら、否定するのも厄介だ。そう、もうそうするしかない。
 そんな打算的なことを考えて、自分にとって都合の良すぎる展開に浮かれないようにする。

 背中をぽんぽんと叩きながら、話しかけた。

「えっと…じゃあ、改めてこれからよろしくってことでいいのかな?」
「…うん、よろしくね。幸せにするよ」
「う…く、苦しいからちょっと力緩めて」

 包まれるというより若干潰されそうになりながらそう言うと、「ありがとう」と、再び頭を撫でられた。

 画して、私は幼馴染みと交際0日で夫婦になったのだった。


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