ちゃんとしたい私たち

篠宮華

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関係

4.変化

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 目が覚めたのは昼前だったけれど、なかなか食欲のわかない私に、宏隆は「それでも 少しお腹に入れた方がいいよ」と小さなおにぎりを作ってくれる。インスタントのスープまで用意されて、なんだか申し訳なくなるけれど、「俺がやりたくてやってるんだからいい」と返されたので、大人しくしていることにする。

 その後、天気がいいから、と久しぶりに一緒に出掛けることになった。
 さすがにこのままでは行けないので、一度自分の部屋に戻って準備をする。

「じゃあ、また後で」
「うん」

 これまでとさして変わらないやりとり。でも。

—宏隆って私のこと、好きだったんだ。

 一人になると、そのことが急に実感されて頬が熱くなる。

 誰よりも気を許している人物だ。嫌いか好きかと聞かれたら、間違いなく好きだ。おそらく…いや、結構、かなり。
 でも、正直気を許せる大事な存在だからこそ、そういう意味であまり意識しないように心がけてきたから、内心信じられない気持ちではある。

「夫婦なんだから、多分恋愛の方の好き、だよね…」

 呟いてみても、よくわからなかった。しかし、もう両親にも報告を済ませていて、何よりも彼自身があのテンションだということは、夫婦になるということは決定事項のようだった。
 誰かとそういうことになるとして、宏隆とならいいとも思う。しかしどうやって話が進んだのだろう。プロポーズの言葉すら覚えていないのが、我ながら酷い話だと思う。あんなに嬉しそうな本人に向かって「覚えていない」というのはちょっと気が引ける。少し落ち着いた頃に改めて詳しく聞いたら教えてくれるだろうか。

 それにしても最近、おしゃれをして街を歩くということをしていなかった。
 さすがに出勤する時はちょっと綺麗目な服を着ていたけれど、プライベートでは機能性重視な服ばかりを選んでいた。所謂、デート着的な物がないのだ。この間、アプリでマッチングした人と会ったときの服は流石に避けたい。
 シャワーを浴びながら悶々と考えに考え、どうしようもなくなって、結局、細身のデニムにオーバーサイズの白いブラウスを着た。いつもと変わらない、シンプルな服。
 よく考えると、急に可愛い格好を意識するのもなんだかちょっぴり恥ずかしい。でも少しは気にした方がいいような気も…。
 頭がぐるぐるしてきて、考えるのをやめる。とりあえずメイクはいつも通りにした。
 髪を緩くまとめて、そろそろ行けそうだと連絡しようかと思ったところで、インターホンが鳴る。

「…いつもタイミングばっちりなんだよね」

 私が靴を履きながら、玄関のドアを開けると、そこにはつい何時間か前に夫になったらしい彼が立っていた。

「そろそろ行けそう?」
「うん。いつものことながら完璧なタイミングです」
「タイミング?」
「んー、こっちの話」

 当たり前のように私の手をとる宏隆の大きな手を、こちらも握り返していいものか悩んでいると、指を絡めるようにがっちり握り込まれた。
 横目で隣を伺うと、彼はにっこりと笑う。
 しかもその格好は、デニムに、白いビッグTシャツ。

「なんか…お揃いみたい」
「確かに」

 ちょっと恥ずかしい。でも彼はどうということもないように言う。

「若菜のそういう格好、好きだよ。合わせやすいから」
「合わせやすい?」
「一緒に歩くときとかね。俺も似たような雰囲気の服多いから」
「…宏隆ってお揃いとかしたいタイプだったっけ?」
「うーん、若菜とならなんでもしたい」
「なんでも…」

 さらりと言われた言葉の急な甘さに、一瞬どきっとするけれど…深い意味はないだろう、多分。
 とりあえずゆっくり歩きながら、「なんでもは言い過ぎだよ」と茶化すように言うと「結構本気だけど」と返された。



 辿り着いたのはインテリア雑貨店。
 久しぶりに訪れたそこは、いつか訪れた時と同じように明るい雰囲気に包まれてきらきらしていた。可愛い家具や便利グッズを眺めながら店内をぶらつく。
 しかし、既に私の部屋には物が多い。今これを買うなら何かを捨てないといけないけれど、就職と共に住み始めたあの部屋にあるものはどれも結構お気に入りで…などと考えていると、まるで私の心を読んだように宏隆が言う。

「あの部屋には狭くて置けないね」
「うん、残念ながら」
「結婚したんだし、この際だから引っ越す?」

 さらりとそんなことを提案し、手に持っていたルームシューズのサイズを確認しながら、「これのサイズ、俺はLLだけど、若菜はSかMだよね?」などと尋ねてくる。

「引っ越すって…そんな簡単なことじゃないでしょ」
「んー。でも、夫婦なのに、会うためにいちいち毎回インターホン押したり鍵開けたりして出入りしなきゃいけないのはおかしいでしょ」

 そうだった。夫婦なんだった。
 いかんいかんと背筋を伸ばす。

「俺は荷物少ないし、いつでも引っ越せるよ。ちゃんと個人部屋も確保できる間取りのとこ探したらいいんじゃない?俺家事好きだから食事作るときは二人分作るようにするし。もちろん掃除もするよ」
「えっ!ご飯作ってくれるの?」
「うん。若菜の好きな親子丼も作る」
「ええー!それは…最高過ぎる…!」

 何を隠そう、私は彼お手製の親子丼が大好きなのだ。毎日それでもいいと思うほど。
 かなり魅力的な申し出に、提案が急に現実味を帯びてくる。

「一緒に美味しいもの食べて、同じ布団で眠ろうよ。仕事休みの時は二人で二度寝してさ」
「一緒に…」

 そこで気付く。
 私が思っているよりも、宏隆の「結婚」の形はちゃんとしている。
 私が言ったらしい(覚えてないけれど)結婚の約束をあんなに喜び、指輪や婚姻届まで用意してあるだけで既にもう十分過ぎるほどなのに、それだけでなく、言葉の端々から何かこう…溢れてくるような…。
 幼馴染みとして接してきた頃と大して変わらないような気がしていた私とは違って、夫婦らしく過ごそうという意欲を感じるのだ。

「…本当に私とでいいの?」

 彼の顔をまじまじと見つめながらそう問うと、頭をぐりぐりと撫でられた。

「若菜じゃなきゃだめ」

 昨日も言われたその言葉がじわじわと染み渡る。

「……そっか」
「こんなだけど俺、かなり浮かれてるからね」
「そうなの?」
「そう。結構やばい」

 まだ実感はわかないけれど、この人は、多分本当に、すごく私のことが好きなのだと思う。

 何も変わらず何かが大きく変化している。
 どうにか浮かれないようにしようとする私の臆病な気持ちを押し流してしまうような愛情表現を受けて、やや戸惑いながらも心がほんのり温かくなる。

 結局、そこでは色違いのマグカップを買った。
 「お揃いだね」と彼は嬉しそうに笑った。


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